新大陸を開拓するため、幼女型モンスターに魂を転送した魔女は、後に邪神と崇められる(自力で幼女になりたかっただけやのに!

椎名富比路@ツクールゲーム原案コン大賞

第一章 魔女は二度死に、二度転生する。二度目の転生は、魔物幼女(幼女←ここ重要やで!)

第1話 未踏の地で、魔女は幼女に生まれ変わりたい

「アトキン様。あれが新大陸、【テネブライ】ですよ~」


 弟子のメガネっ子、カニエ・ゴズリングが、窓際のベッドに横になっているウチを起こした。


 ウチが乗っているのは、飛空艇である。侯爵家ゴズリング一族の、所有物である。

 ゴズリング家はウチのスポンサーで、この『葡萄酒の魔女』アトキン・ネドログを支えてくれていた。


 黒い森が、窓の向こうに見える。

 今は、夜でもない。森が放つ瘴気によって、森が黒く見えるわけでもなかった。森で育っている木の葉が、炭のように黒いのである。


 あれが、未踏の地【テネブライ】だ。

 魔物しか住んでおらず、人類は誰も踏み込んだことはない。最強軍事国家の兵隊ですら、三分で逃げ帰った。


「よかったで。もう一回この森を見られて」


 ウチを抱き起こしてくれたカニエに、ウチはお礼をいう。

 

 

 だが、ウチには誰にも明かしていない秘密がある。

 

――ウチの二度目の人生、なんやったんやろう?

 

――せっかく女神様から「二度目の人生を歩んでみないか」と言われて、魔女として第二の人生を歩み始めたばかりやのに。


 頭の中で、ひとりごつ。


 

 いわゆる「前世の記憶」ってやつが、ウチにはある。


 ウチの正体は、普通のOLだ。

 五〇過ぎても、未婚。職場で誰もいじめたことがないのに、お局扱いされて過ごしていた。


 過労でダウンしたとき、女神様いう存在が現れて、ウチを生まれ変わらせてくれたのである。


 前世になんの未練もないから、名前も変えた。

 

 ウチの名前『アトキン』は、昔見た『NIKITAニキータ』って映画の逆さ読みである。ネドログは『CHILDチャイルド』の逆さ読みだ。


「魔法使いに生まれ変わりたい」と願ったが、気がつけば、そこでももう三〇歳。

 魔女として生まれたのはよかった。スポンサーも、弟子もいる。

 この世界で、ウチは数々の奇跡を起こした。

 紫の髪が印象的だったのか、ウチは【葡萄酒の魔女ソーマタージ・オブ・ヴィティス】と呼ばれるように。

 知り合った侯爵と話し合って、「娘を一人前の魔法使いとして鍛える代わりに、研究費をやる」と言われた。で、侯爵の娘を特訓したのである。


 だが凝り性が祟り、研究に明け暮れていたらいつのまにか三〇過ぎに。

 また婚期を逃した。そもそも、婚期なんていらんのだが。


 



 

 とはいえ、問題は歳を重ねたことではない。

 

「ゴホゴホ! まさかこんなトラップがあったとは、知らんかったで」


 ウチは、飛空艇内に設置した研究台に目を向けた。試験管に入った魔物の破片に。淡い紫色をした物体を、ウチは見つめる。


 コイツを捕まえたせいで、ウチは病に伏していた。


 


【テネブライ】は、未開の新大陸である。一度足を踏み入れたら、瘴気を吸って身体がぼろぼろになってしまう場所だ。


 ウチは「異世界転生系のネット小説やと簡単に調査してるから、いけるっしょ!」と、軽い気持ちで潜入を試みた。


 で、この魔物の一部を手に入れたのである。破片みたいなのに、生きていた。培養したら、いい感じの魔物に育つのでは、とまた研究を重ねる。

 とはいえ、瘴気がエゲツなさすぎた。秒で大陸を抜けて、自室へと引き返す。


 帰宅して鏡を見ると、まだ三〇過ぎたばかりだというのに、自分の顔がシワだらけになっていた。

 瘴気の吸いすぎで、寿命が縮んだのである。


 それも、この肉片を持った魔物と戦って。


 こいつを倒すため、ウチは一二分、あの大陸にいた。軍隊の四倍も。

 

 異世界に来て、テンション上がりすぎて、ついついやりすぎてしまった。

 


――慣れへんことは、するもんやなかったわ。


 

 また、脳内でひとりごつ。


「気が済みましたか、アトキン様? では、引き返しますよ」


 飛空艇が、方向転換を始めた。このまま、侯爵家へ帰るつもりだ。


「待ってーな。適当なところで下ろしてや」


「なにをおっしゃるのです! もう十分でしょう!」


「魔女たるもの、畳の上で死にたくないんや」


「……【タタミ】とは? そこも新大陸ですか?」


 そうだった。この世界にはタタミなんてない。


「家のベッドの上なんかで、魔女は死にたくないねん」


 ウソだ。まだウチは死にたくない。その方法も、考えてある。


「ここで降ろしてくれ、カニエ。ウチは今から新大陸に行って、【転魂テンコンの儀】をやるで」


「転魂の儀!? あれは、まだ未完成だったのでは!?」


 カニエが驚くのも、ムリはない。


 ウチはさる研究で、「魔物に自分の意識を転送する方法」を編み出したのだ。

 魂を他の生物に転換するなど、邪教もいいところだが。

 

「第一、転生するための肉体が……まさか!」


「その、まさかや!」


 魔物の一部を、ウチは見つめ続ける。


「ムリです! あんな化け物と同化なんてしたら、あなたの精神は持ちませんよ!」


「せやけど、あれだけの研究資料がある中で、人間や、ってだけで入られへんのは、魔女のプライドに関わる! ウチは、もっと研究がしたいんや。まだ誰も知らん世界を、もっと見続けるために!」


 ある意味、二度目の死。二度目の転生になるのかな。


 いや。ウチは魔女である。

 自分で転生してこそ、魔女だろ。

 ウチは、転生してみせる。もう一度。



「何事だ!? 舵が取れない!」

 

 飛空艇を運転している侯爵が、慌てふためく。

 そりゃあそうだ。新大陸の側に、飛空艇が勝手に向かっているのだから。


「心配ない。ちょっと寄り道するだけや」


 今、飛空艇の進路は、ウチが握っている。

 

「魔女、冗談はやめてくれ。テネブライの近くになんて降りないぞ!」


「途中まででええ。あとは、勝手に行くさかい」


「魔女!」


「ええから。今までありがとうな。ゴズリング侯爵。ウチの魔法道具は、カニエに必要なもん以外はお金に替えてな」


 あれを売れば、踏み倒していた研究費くらいにはなるはずだ。

 それでも、スポンサーとして世話になった感謝には足りないが。

 前世の記憶で飛空艇を作ってあげたんだから、それで勘弁してもらいたい。


「不可能です、転生なんて! 魔女にもしものことがあったら」


「もしものことなんてな、もうウチには起きてるんや」


 ウチはもう、長くない。せめて、自分の研究のために死にたいのだ。

 たしか、昔読んだ漫画に載ってたっけ。「強者とは、ワガママを押し通す力がある者だ」と。


「最期のわがまま、聞いてえな。カニエ」


「イヤです! 葡萄酒の魔女を失うって、この世界でどれだけの損失なのか、ご自覚なさいませ!」


 ベッドを倒す勢いで、カニエがウチの肩を揺さぶる。


「おおきに。そない思ってくれる弟子がおるから、ウチは安心して転生できるんや」


「魔女!」


 葡萄酒の魔女……人を安心させる代名詞だ、同時に人を狂わせてしまう。


「なにが葡萄酒の魔女や。研究にのめり込みすぎて、自分が葡萄酒に酔うてしもうたなんてな」


 笑い話にすら、ならない。

 

「あんた、二代目を頼むで」


 ウチは起き上がった、自分のローブを、カニエに託す。


 小さい魔物の入った試験管を、指で摘んだ。


 飛空艇が、大陸の近くにある草原に着陸した。

 ここなら、瘴気も吸わない。


「ほな。元気でな」


「魔女さ――」


 カニエが、ウチの後を追いかけようとしてくる。

 

 問答無用で、ウチは念力魔法でドアを閉めた。

 

 ドンドンとドアを叩いているが、飛空艇は虚しく大地を離れていく。


「さて。ここからは、好き勝手させてもらうで」


 ウチは、瘴気を放つ森のすぐ近くにある、一本の樹に向かった。


「よっしゃ。無事やな」


 大樹に、手をかざす。


 大きな木が、一件の小屋に変わった。

 これは、現地で研究するための小屋である。カモフラージュのために、大木に擬態させていた。

 

 小屋に入って、さっそく実験を開始する。



 今度こそ、幼女に生まれ変わるための!


 ウチが女神に伝えたかった本当の願いは、「永遠に幼女として生き続ける」ことだった。

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