高等部3年生の教室は魔鏡
昼休みの間に葛城さんと他愛のない会話に勤しんだ後、私は高等部3年生の教室の方にへと赴くべく、弁当を片手に廊下をすたすたと歩いていた。
ここ百合園女学園は小等部と中等部に高等部を抱えた学園であり、高等部3年生は文字通り学生たちにとっては――学生同士という注意書きを添えておくが――1番偉い存在である。
これに関してはどこの学校でも共通するような事例であるかもしれないが、私はそんな高等部3年生たちが日常生活を送る上で絶対に通る廊下を歩いていただけだというのに……やはりと言うべきか、想像通りに邪な視線を向ける先輩が多いこと多いこと。
「……ご覧になられて……! あれが高等部2年生に編入なさったという唯お姉様……! か、顔がマジで良すぎておファックですわ……!」
「……初めて唯お姉様という概念を知った時、自分よりも年下の人間をお姉様呼びするだなんてお頭に虫が湧いていらっしゃると思ったのですが、そう考えている私の頭の方が虫がうじゃうじゃしていて実に愚かでしたわぁ……! 私の身体という身体が唯お姉様の妹になりたがっているのですわ……! 身体がぁ……! 身体が勝手に唯お姉様の妹に作り変えられる事の幸せを全人類は知るべきですわ……!」
「目が、目がぁ……! 唯お姉様を見たが為に私の網膜という処女膜が破かれて妊娠しましたわぁ……! これは涙ではなく愛液……! 私の目からドピュドピュと熱いモノが出ちゃいますわぁ……!」
流石は百合園女学園高等部3年生。
これが高等部3年生の中では普通だという事実に私は驚きと失望を隠す事が出来なかったけれども、常日頃からあんな口だけで行動を絶対に起こさない『なんちゃって変態』と違って、とんでもない程の行動力を併せ持つ変態である下冷泉霧香と1つ屋根の下で暮らす事になった私にとって、それほど彼女たち変態雑魚は驚異ではなかった。
(そんなに最低な好意を向けるぐらいなら女子寮に来ればいいのに。いや、本音を言えば来ないで欲しいんだけど。でも、そう考えたら下冷泉先輩って私に一目惚れしたっていう理由だけで入寮してくるし、いくら私とご主人様が罵倒してもへこたれないんだから根性はあるよね、うん。変態なのが玉に瑕すぎて玉が崩壊してるけど)
何だかんだで百合園女学園1番の美人にして変態である下冷泉先輩への好感度が上がっていた私ではあるけれども、だからと言って毎日毎日、私の寮の部屋の前で正座待機していたり、顔を合わせれば最低最悪なセクハラの嵐を浴びせてくるので、素直に好感度が上がったという事実に目を向けたくないのが正直なところ。
とはいえ、彼女が私の幼馴染であり、彼女が幼い私に恋心を抱えていて、同じ孤児院で苦楽を共にしたという過去を知ってしまうと何だかんだで嫌えないというのも正直なところ。
だけど、あの日の出来事は本当に朧気でとても思い出せない。
確かに『きりか』という少女の名前は何となく聞き覚えはあるけれども、そういう事があったという事実がないと逆算して思い出す事すらも難しいぐらい、自分の事なのにまるで他人事のように扱ってしまうぐらいに遠い過去の出来事。
良くも悪くも、幸か不幸か、私は当時の記憶が余りにも無い物だから、そういう意味においてでも彼女を騙せているのかもしれない。
「…………」
思い出すべき、なのだろうか。
私と先輩がいた幼少の時の記憶を。
いや……今の私はその案件に対して真摯に向き合えるだけの余裕がない。
週末の金曜日には私の女装事情の障害である身体測定があって、それまでの間に何としてでも解決の糸口を掴まなければならない以上、下冷泉先輩への初恋事情に思考を割けるだけの余裕が本当にない。
私は人として最低だと自覚しながらも、それでも自分の事を優先しようとする自分自身に対しての失望と情け無さが溜まりに溜まった嘆息が自身の口から勝手に零れ――。
「……唯お姉様?」
そんな言葉が自分の目の前から聞こえてきたのと同時に、自然と自身の足元に向けていた視線を声がした方向に向けてみる。
そこに佇んでいたのはいつもいつも人を喰うような不敵な笑みを浮かべる下冷泉霧香その人。
だがしかし、そんな彼女の表情は困惑していると言わんばかりに私を眺めており、いつもであれば1度で3回はするはずのセクハラを不思議としてこなかったのが気になったが……そんな彼女の様子は一瞬で消え失せた。
「フ。ホイホイと3年生の教室があるところに来るだなんて、随分と良い度胸と貧乳をしているわね唯お姉様。確かに唯お姉様はお姉様ではあるけれど、年下というのも確定事項。年下のお姉様に可愛がられたいだけの人生を送りたいと夜な夜な悩みながら自慰行為に耽っていたあの夜にお会いしたのが唯お姉様! そういう訳で……結婚しましょう。私に犯されて妊娠してください」
先ほど何か心配そうな眼でこちらを見ていたのは自分の錯覚であるに違いないと自分自身の理性に怒られては殴られそうになるぐらいの勢いでいつものセクハラをしてくる彼女であった。
取りあえず、変態らしい手つきで私の胸と尻に唇に下半身を触れようとしてきたので、慣れたくもないのに無理やりに慣れさせられた対変質者の動きで無駄なく避けてみる。
「フ。どうして妹の愛の抱擁を避けるのしら。余りの酷さに興奮してしまうじゃないの」
「自称年上の妹だなんていう不審者からセクハラされる趣味はないんです」
「フ。あらやだ随分と狭い性癖の守備範囲ね。でも、それだけ狭いとまるで男性器を
「開発はされませんけれど、先輩と一緒に過ごしたいと思っていました。宜しければ一緒に弁当を食べませんか?」
「フ。予想通りの否定の言葉どうもありがとう。お姉様から自身の尊厳を破壊される事で私は更に至上の快楽を享受でき――え?」
きょとん、とした顔で。
まるで私が言った言葉が信じられないと言わんばかりに何度も何度も瞼の開け閉めを繰り返す彼女の姿は、何だかとっても可愛い感じがして、いつもであれば絶対に下冷泉霧香という存在に向ける感想ではないなと自分でも思いながらも、それでもそんな思いに囚われる。
これが世間で言うところのギャップ萌えか。
「……言い間違い? フ。唯お姉様にしては珍しい」
「言い間違いじゃありませんよ」
「……………………本当?」
「本当です」
「ちょっと待って。一生のお願いだから1分だけ時間を頂戴。ちょっと前髪を整えてから仕切り直させて。教科書を読む為に頭を下げていたから前髪の位置がちょっと可愛くない事になっているのよ、私」
彼女の要望に何とはなしに頷いてみると、下冷泉霧香は光よりも早い速度で彼女の所属するクラスの教室と思われる部屋に入り、1分が経過するよりも早くに教室から出てきては廊下で待機していた私の前に再び姿を現した。
「フ。ごめんなさい、お待たせ。女性器がぐちょぐちょ濡れるぐらい放置された? いきなりの放置プレイ、誠にごめんなさいね。そういう訳で私はいつでも詫び性行為OKよ」
前髪の位置が変わったと本人が口にするが……言われてみれば確かに気がつくような些細な変化としか言い様がなくて、現に前髪を弄ったと彼女が申告してくれないと気がつかないレベルの変化だった。
とはいえ、黒曜石を思わせるぐらい綺麗な黒い瞳が先ほどよりも綺麗に輝いている事から、実は男である私なんかじゃ到底分からないぐらいの大きな変化なのだろう……女の子は本当によく分からない。色々と。
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「フ。そういう訳で唯お姉様に屋上で犯される事になったわ」
「なってません」
「青姦を彷彿とさせるぐらいに青い空! 精液みたいに白い雲! 絶頂する瞬間の脳内みたいに輝く太陽! 唯お姉様の女性器みたいに湿っている湿度! 性行をした後のカップルを思わせるような人肌のような温度! そして私たち2人だけしかいない空間! まさに絶好のセックス日和!」
「先輩って物事を性的な物で例えないと死ぬ類の病気だったりするんですか?」
「フ。まさかそんな奇病である訳がない。仮にあるとしても私は唯お姉様の事を考えないと死んでしまう恋という名の病に全身という全身を毎日毎時間毎分毎秒犯されているの! 毎日毎日インフルエンザを思わせるような淫らな熱が私の女体を包んで自分がメスだって事を
そういう訳でこの奇天烈で愉快な変人と一緒に食事を採る事になってしまったが、先ほどの3年生教室の前で彼女が見せてくれた少女らしさはものの見事に霧散した。
取り敢えず、2人きりとはいえ食事の場で性に関する事を聞きたくはなかったのだけれども、この先輩と一緒に行動をする時点でセクハラをされに行っているのと同意義なのだから仕方ないと言えば仕方ないのかもしれない。
何はともあれ、今日の弁当の中身は私が作ったものであるので、私の弁当と先輩の弁当は全く同じ。
そんな弁当を互いに膝の上に乗せながら、私たちは百合園女学園の屋上のベンチに座りながら食前の軽い雑談を楽しんでいた。
「フ。それにしてもあの唯お姉様がわざわざ3年生のところに来るだなんて本当に理解に苦しむ。私は妹よ? 唯お姉様の妹なのよ? 唯お姉様にご足労を掛けさせるだなんて唯お姉様が許しても私が許せない。お手元のスマホか何かで私を呼び出せば良かったのに。そういう訳で交換しましょう。互いの連絡先を! 互いの愛液を!」
「今の今までお互いの連絡先を交換していませんでしたね。愛液云々は駄目ですけれど、連絡先の交換なら喜んで」
「…………へ?」
「どうしたんですか、そんな素っ頓狂な声を出して。連絡先の交換ぐらい同性同士なら当たり前ですよね?」
「え、えぇ、そうよね。うん、そうね」
先ほどからあの下冷泉霧香が下冷泉霧香らしくない。
もしかして、女の子は女の子と連絡先を交換して当たり前という私の常識は見当外れのモノだったのだろうか……そう自省していると、彼女はおっかなびっくりと言った様子で、どうした訳か赤面している顔を俯かせながら、携帯機器を取り出した。
「フ。フフフのフ。唯お姉様と連絡先の交換……! これで毎日毎日私のイヤらしい画像を爆撃する事で唯お姉様の好感度を更に稼げるわ……!」
「そんな事をしたら速攻ブロックしますからね」
「フ。酷い」
そんな他愛のないようないつも通りの彼女とのやり取りを挟みながら、私と彼女の間で連絡先のやり取りを終える。
「これでお互いの連絡先を交換できたわね。何か学園生活で困った事があったらすぐに言いなさい。これでも私は唯お姉様よりも年上の頼れる先輩なのだから」
いつもの言動から到底信じてはいけないような言葉であったが……不思議なことに、この言葉だけは信じてもいいのではないのかと思わせる謎の説得力があって、その言葉はきっと本当なのだと確信している自分が心の奥底にいた。
彼女と同じ屋根の下で、同じ食卓を囲みながら1週間近く過ごした所為か、何だかんだで私は先輩に対しての理解が深まっているのかもしれない。
「フ。そう言えば。困った事で思い出したのだけど、唯お姉様は今朝大変そうだったわよね?」
「……まぁ、大変と言えば現在進行形で大変ではあるのですが」
「フ。差し支えなければこの頼れる下冷泉先輩に頼っていいのよ?」
「まぁ、確かに下冷泉先輩は頼れますね。それだけの実績がありますからね」
「フ? あれ、私何かやったかしら? 記憶にないのだけど?」
「あはは、先輩って嘘をつくのが随分と下手なんですね」
そういう訳で先ほどの時間で葛城さんから聞きたかった疑問――下冷泉霧香の入寮と共に百合園女学園の生徒たちが私に対してのセクハラが嘘のようにしなくなった件について尋ねてみる。
「……フ。あぁ、それ。私は特に覚えはないけれど葛城が秘密裏に何かをしているのは知ってる」
「じゃあ、早速ですしその事について色々と聞きたいんですけれど……一体全体、どのようにして、あの百合園女学園の生徒たちのセクハラを止めさせたんですか?」
「フ。それは……唯お姉様が作って下さた弁当を全て美味しく食べ終えてから言う事にする」
演技がかった口調でそう言うと彼女は見惚れるような動作で両の手を合わせては「いただきます」という言葉を口にして、私が作った昼食に箸を伸ばすのであった。
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