幕間短編① 男性器、女子トイレですぐ勃って死ぬ
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ……!」
百合園女学園の理事長室が何度目か分からない嘆息で満ちる。
誰がどう見ても疲れていると言わんばかりに大きなため息を吐いてみせるご主人様こと百合園茉奈であるけれども、かくいう私も彼女に同調して盛大な嘆息を吐いてしまいたい想いにへと駆られてしまう。
私と彼女がこうなってしまった原因はつい先ほどまでこの部屋に嵐のように襲来してきては、そそくさと消え失せた変態お嬢様……下冷泉霧香が私に一目惚れした挙句、私たちの生活の拠点となっていた女子寮に入寮すると宣言してみせたのだ。
「……胃が痛い……」
涙を流しながら虚ろな表情を浮かべ、理事長室の机に座っている彼女の手が止まることなく下冷泉霧香の入寮への手続きをしており――本当に心底嫌そうな表情を浮かべながら――それへの現実逃避の為なのか、彼女の手元には大量の胃薬が詰まった瓶とそれらを苦痛なく一瞬で流し込む為の紅茶が用意されている。
「終わった……先輩の入寮手続き……終わった……私と唯の新婚生活もついでに終わった……なんで……? ……私なんか悪い事したかなぁ……?」
まるで死ぬ前の人間が口にするようなうめき声を出しながら、豪華絢爛な理事長専用の机の上に突っ伏しては戯けた言葉を口にしているが、行儀が悪いと咎める気分にはなれず、寧ろよく頑張ったと労いの言葉を投げたいのが正直なところ。
「ご主人様? まだ私とご主人様は結婚してませんよ? というか結婚するような間柄でもありませんよ? 大丈夫ですか? 頭の中が段々と下冷泉先輩になってますよ?」
「人生で1番言われたくない悪口だね。ねぇ、唯? 今だけは私を慰めてもいいんだよ? 見た目が凄く良くて血の繋がりのない異性の美少年と2人きりで1つ屋根の下で共同生活を送るという私の長年の夢が潰されたんだよ? 今の私は厳しい現実じゃなくて甘い夢を思わせるような、意味が全くなくて優しいだけの言葉が欲しい気分なの」
「現実逃避したい気持ちは分からなくもないですけど、そろそろ教室に向かわないと朝のホームルームに遅れますよ?」
「……うっ。もうそんな時間なの……?」
気怠そうにそう言ってのけたご主人様は机の上に散らばった資料を綺麗に整頓し、何回か円を書くように首を回しては骨の音をポキポキと鳴らしては、実に気持ち良さそうな表情を浮かべながら彼女は長く座っていた椅子から立ち上がる。
「んんっ……! 朝から疲れたぁ……! このまま女子寮に帰って二度寝したいなぁ……!」
「素が出るぐらいに疲れてますもんね。無理もありませんけれど」
「え? 素? ……あっ。……こほん。君は一体全体、何を言っている? 朝から寝ぼけているだなんて、これから様々な困難が待ち受けているであろう百合園女学園での生活を送る人間としては余りにも油断が多すぎるとしか言いようが無い。もっとシャキッとしろ、シャキッと」
若干ながら赤面しているであろうご主人様の表情を見ないように今現在の時間を確認するに、朝のホームルームが始まるまでの時間の猶予は10分弱。
私は彼女と同じ学年のクラスになるよう色々と手を回されているらしいので、学園の地図がまだ頭の中に入っていないが、ご主人様が案内してくれるのであれば迷子になる心配も皆無の筈、なのだが――。
「……うぅ……」
そう、何も心配はいらない。
いや、私は女装をしているという変質者ではあるけれども、幸いな事に自分は余りにも女顔だったし、今の今までの人生の中で数多くの人間たちに女性であると認識されてきた人生だったので、そんな人間に女子生徒の服を着せてしまおうものならば、それはもう完全に女子である。
だが、それはそれとして今の私はとある欲望のようなモノを鎮めようと必死になっていた。
意識をすればするほど下半身のアレに熱が籠り、身体が勝手に大きな動作を取ろうとしないように全神経を張り巡らせている始末。
そう――尿意だ。
断じて、性欲なんかじゃない。
本当にそういうのじゃないから。
「あ、あの……ご主人様?」
「ん? どうした唯」
「その、ですね。トイレって、どこにありますでしょうか……?」
「トイレか? そんなものそこら辺にあるに決まっているだろう」
「あの、その……出来れば、誰も使っていないようなトイレが望ましいんですけれども……」
冷静に考えれば当然であるのだが、ここは百合園女学園。
つまりは女子校で、男子学生という存在がいない。
それが意味するモノとして――ここには男子トイレがない。
もちろん、男性の教職員が利用できるトイレはもちろんあるけれども、今の私が扮している立ち場は4月に編入してきた女子高校2年生であり、男子生徒という立ち場ではない。
まぁ、女装したまま男子トイレを利用するという絵面がそれはもう酷いのは自覚はしているけれども。
だからと言って、女子トイレの中に入るのは流石に変態のやる事でしかなく、何なら捕まってもおかしくないような変質行為そのものだ。
「……あぁ、なるほど。うん、理解した。そう言えば君は男の子だった」
「そう言えばで済ませてはいけませんっ!」
「別に気にしなくていいだろうに。知らないだろうから教えておくが女子トイレは個室だぞ? 男子トイレにあるようなストール小便器はついていない。つまり、だ。個室なのだから別に男性器を露出しても何の問題もない」
「問題ありまくりですっ! 女子トイレに入るのはどうしても駄目ですっ! そんなの変態がやる事ですっ! 私はまだ下冷泉先輩みたいな変態なんかになりたくないんですっ!」
「見られないのだから心配する必要なぞ不要だと思ったのだが……困ったな。あぁ、困った。困りすぎたな」
あぁ!
ご主人様が実に愉快だと言わんばかりの笑顔を浮かべていらっしゃるっ……!
「こうなるならトイレのやり方も私自らの手で調教しておけば良かったかな?」
「それに何といいますかね⁉ ほ、ほらっ! あるじゃないですか! 男性と女性のトイレの使い方の違いって! 女子トイレに行き慣れていない私が女子トイレに行った挙句に正体がバレたら本末転倒じゃないですかっ! ねっ? ねっ⁉ お願いです……! 後生ですから女子トイレだけは勘弁してくださいっ……! 何でもしますからぁ……! 私、ご主人様に何でもされますからぁ……!」
「とても魅力的な提案だが却下だ。今後の生活の為にもこの調教は必要だ」
「そ、そんなっ……!」
「というか、君が男子トイレを利用する事自体が犯罪としか思えないのだが」
「そ、そんな訳ありませんっ! 私は男子なので堂々と男子トイレが利用できるんですよっ⁉」
「君は男子トイレの中で痴漢されたらしいな?」
「……されました……」
怖かった。
本当にあの時は怖かった。
私は男の子の筈なのに、どうして自分の性別と向き合える筈の聖域で知らない年上の男性に痴漢されそうになったのだろう。
「全く。君が涙目でそこまで言うのなら仕方ない」
「お、お嬢様っ……!」
「一緒に行くぞ。連れションだ連れション。さっさと出すぞ」
「お、お嬢様っ――――⁉ やっ! やだぁっ……!」
ニマニマと底意地の悪そうな笑みを浮かべたご主人様はぐいぐいと僕の腕を引っ張ってくる。
男性としてここは断固拒否するべきかも知れないけれど、尿意もそろそろ限界で力が出ないし、無理に力もうとするものであれば恥ずかしい瞬間を目の前の女の子に見られてしまいそうだから、身体が逆らえないっ……!
「うぅ……分かりました……優しく……教えてください……」
「教えてください、ではないだろう?」
「……私が立派な女の子になれるよう……ご主人様好みに調教してください……」
「宜しい」
頼れるけれど余り頼りたくないお嬢様に腕を引っ張られ、僕は泣く泣く人生初の女子トイレへと拉致誘拐されていったのであった。
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突然だが、男性器は膨らむモノだ。
いきなりどうしてそんな話をするのかと言うと『男性器が膨らむ=エッチな事を考えているに違いない』という世論のようなモノがこの世に跋扈しているからである。
そんな世の中だからこそ、私は口を大にして言いたい。
私の下半身のアレが膨らんでいるのは、多分、絶対に、尿意が原因なのだと。
「……こ、ここが……女子トイレ……」
「先んじてトイレの中は確認したが無人だ。また、授業が始まる前だから他の生徒が慌てて入り込むような事もないだろう。さて、何か他に質問は?」
「い、いえっ……! 今のところは特に何もないですっ……! 本当に何もないですからっ……! い、いやらしい事は全然してませんし思ってませんからねっ……⁉ ほ、本当ですってばぁ……⁉」
「やれやれ。壁越しだっていうのに君の挙動不審っぷりが手に取るように分かってしまうな。もう少し堂々としたらどうだ、堂々と。男の子らしく、なぁ?」
「堂々としたらそれこそ変態ですっ!」
「そうかな? 逆に挙動不審の方が手遅れな変態のように思えてならないが。そういう訳で君が挙動不審な変態のような立ち振る舞いをする理由を聞いてもいいかな?」
「だって便座がまだ温かいんですっ……! さっき使用したであろう女の子の肌の温度がまだ残っているんですっ……! こんなの意識するなって言われても、そんなのっ……! む、無理ですっ……!」
「何だ。興奮でもしたのか?」
「……っぅ⁉ い、いや、そんな訳っ……!」
「したのか」
「違うんですっ……! 不可抗力なんですっ……! 私の本能と身体が勝手に男の子になってっ……! うぅっ……! ごめんなさいっ……! 本当にごめんなさいっ……!」
トイレの個室に僕を無理やりに押し込み、隣の個室から壁越しに話しかけてくる女性の声の正体はご主人様。
まだ朝のホームルームが始まっていない時間帯だという事も関係してか、幸いにも他の個室は誰もいないようであり、こうして話していても今のところは問題は無さそうであったが……それはそれとして、私の背に静かに罪悪感が昇ってくる。
「御託はいいからさっさと用を足せ。こうしている間にも朝のホームルームの時間が差し迫っているんだぞ。まさか転校初日から遅刻する気か君?」
「そ、そうですよね、ごめんなさ……ひゃんっ⁉」
「今度は何だ」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ……! ご主人様の衣擦れの音が聞こえてしまって……!」
「それが何だと言うんだ」
「そ、その、ご主人様が服を脱ぐ音を、聞いてしまい、ました……!」
「脱ぐだろう。トイレだぞ。脱がないでどうトイレをするんだ君」
「う、うぅ……! それはっ、そうなのですがっ……!」
こちとら絶賛思春期の男だぞ⁉
女性が服を脱ぐ音を聞いてしまえば、頭が勝手に脳内補完してはご主人様の綺麗な裸体をイメージさせてくるんだぞ⁉
そ、そんなの……色々と無理に決まっているのでは⁉
「ごめんなさいごめんなさい本当にごめんなさい……! どうしようもないぐらいに私がえっちでごめんなさい……!」
「別に気にしなくていいだろうに。考えすぎだぞ君。そんな事を考える暇があるのなら出せ。ほら出せ。すぐ出せ。さっさと出せ」
「というかどうしてお嬢様は私と一緒に女子トイレに入りやがるのでしょうか⁉ 気にしてくださいよ⁉ それともアレですか⁉ 私はそんな事をする度胸もない人だと思われていらっしゃるのですか⁉」
「何だ。君は私を襲いたいのか?」
「っ……⁉ ち、違っ……! 今のは言葉の綾でっ……! ご、ごめんなさいっ……! 本当にごめんなさいっ……! そういうつもりは本当にないんですっ……! そんな最低な事をするつもりなんて、本当にっ……!」
「謝るぐらいならさっさと排尿しろ。こうなれば取るに足らない雑談で緊張を揉み解してやろう。そうだな……女子トイレと男子トイレって何か違ったりするのか?」
「ありまくるから分けるに決まっているじゃないですかっ⁉」
ちょっと不思議そうに、隠しきれない好奇心が声色になって尋ねてくるご主人様に対してやや乱暴な言葉を吐いてしまったが、私の緊張を少しでもマシにする為という彼女の心遣いがあるというのは流石に分かる。
だからこそ、私は余りやりたくはなかったけれども女子トイレの個室の中をきょろきょろと見渡してみる。
「えっと……何か謎のゴミ箱がありますね? 使用したトイレットペーパー入れ……? いや、それでしたらトイレに流せばいいだけですよね……?」
「あぁ、それか。それは生理用品を入れる為のゴミ箱だ。生理用品は流したら詰まるんだ。知らなかったのか?」
「勝手に見てごめんなさいっ! 死にますっ!」
「死ななくていい。一応、理事長代理と女子生徒の代表として言わせて貰うが、今後から興味本位でそのゴミ箱を漁って話題にするのは止めるように。同性相手とはいえ嫌がる子もいるからな。そういう事をするのは下冷泉先輩ぐらいだ」
「……されたんですか……?」
「いや、まだされてないが。だが恐らく君はされるだろう。うん。あのぞっこん振りを見るとそれはもう確実にされるかもしれないな」
自分の女性に対する知識の無さに辟易しつつ、女装をして女学園に潜入するのであればそっち系の知識ももう少しちゃんと勉強するべきだったなと今更ながら猛省もしつつ、下冷泉霧香という変態の存在に対して改めて女装バレをしないようにと気を引き締める。
「ところで前々から気になっていたんだが……男性は立って用を足すと聞いたがそれは本当か?」
「い、いますね。でも流石に個室トイレは座ってやる人が多いかと。私は基本的に座ってやります」
「本当に立ってやれるのか。驚いた。とても想像がつかないな……だが、今後も座って用を足せ。いいか、絶対にだぞ?」
「理由を聞いても?」
「座ってやらないと恐らく隣室で利用している女子生徒に音で違和感を感じさせるかもしれない。弟の世話をしているような生徒相手だと一発でバレる可能性が極めて高い」
「なるほど。それなら今後も必ず座ってするようにします」
これに関しては、まぁ、頷ける話だし納得が出来る話でもある。
どちらにせよ、今後から女子トイレを利用する際には周囲に女子生徒がいない事を祈りたい。
「そうしてくれ。もしかしたら下冷泉先輩が天上に張り付いて君のトイレを盗み見するかもしれないからな」
「さっきから何なんですかその例え。ご主人様は下冷泉先輩をバケモノか何かだと思っていらっしゃるんです?」
とはいえ、あの変態先輩ならばやりかねないかもしれないから怖い。
それに男性器を露出した状態で、個室で四方を隔離された環境下であったとしても、それでも女性に生えてはならないモノが出てしまっているという状況を自分から作るのは喜ばしい事だとは口が避けても言えないし、こうして隣の個室から用を現在進行形で足して水滴が落ちる音が聞こえてきてもなるべく気にしないように努めるべきで――。
「――ってぇ! ごごご、ご主人様⁉ どうしてトイレをなさっているんですかっ⁉」
「……んっ……」
「あわ、あわわわわわわ……⁉」
「……ふぅ……。どうしてって、ここはトイレだろう?」
「そういう事を聞いている訳じゃないんですよ⁉ 常識ないんですか常識⁉ 常識も一緒に排尿されちゃったんですかっ⁉」
「常識を君が説くのか」
「そうですねっ! 女装しながら女学園に行っている私が言う立場なんて最初からありませんでしたねっ! 本当にごめんなさいっ!」
というかだ!
今まで考えないように必死に理性を総動員させて意識しないようにしたけれども、今ので私の理性は崩壊寸前!
トイレの個室という1枚の!
たった1枚だけの壁の隣には上の女性器ではなく下の女性器を出していらっしゃる女の子が私の隣にいる!
何で私は今の今までにそれに気づかなかったのか⁉
いいや! 気づいてはいた!
だけど! 気づけないように頭が勝手に修正を掛けていたのだ!
その修正が途絶えた今、私の頭の中には隣の美少女のあられもない姿が展開されているのであった!
「っ、うっ……⁉ ば、馬鹿っ……! 抑えてよ、私の身体っ……! これから授業なのにっ……! こんなの、女の子に見せたらっ……! 絶対に疑われちゃうのにっ……! なんで勝手にっ……! お願いだから言う事を聞いてよっ……!」
私はどう見ても女の子かもしれないけれど、身体と心は立派な男の子なので、そういう事は当然ながら想像してしまう。
そして、男という生き物は実に馬鹿なものでそういう事を1度でも頭の隅に置いてしまうと、否応なしに身体が反応してしまうようにデザインされていて、その妄想を綺麗に無かった事に出来ないようにも作られている。
というか、私は隣の美少女の全裸姿を風呂場で見ている!
何度もそういった調教をさせられた所為でとっても想像がしやすいよ私の身体っ! この馬鹿っ! この変態っ! この馬鹿っ!
「んんっ……! だ、だめっ……! これから学校なのにっ……! こんなの見られたらっ……! バ、バレちゃうっ……!」
おかげ様で今の私は尿意と性欲が入り混じった事で下半身がそれはもうヤバい事になっていて、半ば強制的に自分が男の子なんだって事を自分自身に無理やりに教えられていた。
だけど、今の私は女の子の真似をしないといけない訳で――!
「わ、私は男の子だけど、えっちな男の子じゃないですっ……!」
そう言い訳しないと、本当に駄目だった。
結果から言うと、朝のホームルームは私だけが遅刻した。
私が教室に行ったのは1時間目が終わった後で、それまでの間、私はずっと女子トイレの中で1人、男性器を露出させた状態で悶々としていて、とても人に見せられない醜態を個室トイレという密閉空間の中で隠し続けたのだった。
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