最後に君と話したい

小花し

君は僕と出会った時のことを憶えているかい?

 君は僕と出会った時のことを憶えているかい?

 勿論僕は憶えているよ

 今日はその時の話をしようか

 あれは大学二年生の春

 正確には四月十日の水曜日だったね

 本当さ

 カレンダーに残してあるもの

 見るかい?

 なんてね

 あれからちょうど三か月か

 僕の人生でもっとも短い三か月だったよ

 夢中になっていると時を忘れるものだね

 君と会った時の話だったね

 あの時僕は色々とうまくいってなくてね

 その時付き合っていた女の子ともさよならしなきゃいけなかったりしてね

 とにかく不幸の絶頂だったんだよ

 そんな時だった

 芸術論の授業で隣の席になった僕に君は

「これからよろしく」

 と言ったんだ

 僕はその時に君の声を聴き、顔を見て「この子に決めた」って思ったんだ

 鬱屈して、寒々しかった僕の心に春風が吹いたんだよ

 なんだかうまく言えないな

 君はどう思ってくれてたんだろう

 恥ずかしいから言わなくていいよ

 それからは楽しかったな

 僕は君合うためだけに授業に行ってたんだよ

 だってその時は君こそが最高の芸術だって思っていたからね

 授業中は君に好かれるために、賢い振りなんてしたりしてね

 一か月くらいかな

 そうやって好感度稼ぎにいそしんでいた僕だったけれど、とうとう君をデートに誘った

 あの時は緊張したな

 もし断られたりしていたら僕はどうなってしまっていたんだろうか

 想像するだけで身の毛がよだつよ

 本当にうまくいって良かった

 二人でカフェに行って、少しおしゃべりして、それでまたねって

 ほとんど話した内容は憶えてないけど、でも君の楽しそうな顔は忘れられないよ

 そんなデートを四回して、僕は君に告白したんだ

 きっと君は僕の気持ちに応えてくれると思っていたけれど、やっぱり緊張したよ

 その後は順調で、同棲もして、あの時が僕の人生の幸せの絶頂だったね

 本当に楽しかった

 でもだめだった

 家に帰ると君は怒っていて、ろくに話もできなかった

 その時思ったんだ

 まただめだ、ってね

 そんな顔をしないでくれよ

 もう怒ってないさ

 君の怒る気持もわかるよ

 でも僕の気持も理解してくれ

 別にちょっと仲の良い女の子と遊んで、一晩一緒に寝ただけだろう

 特別は君だけだったさ

 でも君はそんな僕の説明をちゃんと聞いてくれなかった

 怒鳴り散らして、物を壊して、挙句の果てには僕のことを殴った

 あの時は最悪の気分だった

 だからそんな顔をしないでくれよ

 君には笑顔が一番似合うんだからさ

 ほら、これでいい

 大丈夫、あれは君じゃない

 そこには君じゃなくて別の人がいたんだ

 だから僕は君を取り戻さなくちゃいけなかった

 それからは大変だった

 とりあえず落ち着かせて

 周りをかたづけて

 その後も一苦労だったよ

 使えなくなったものは捨てなくちゃいけないし

 僕は片付けが苦手なんだよ

 知っているだろう?

 もう君とはお別れするしかないとも考えたけれど、やっぱり君のあの笑顔が忘れられなくてね

 色々試したものさ

 でもやっぱり元通りって訳にはいかなかった

 だから今日でお別れだ

 少し悲しいけれどね

 でも僕も切り替えていかなくちゃいけない

 いつまでも悲しんではいられないからね

 本当は顔だけでも残しておきたかったんだけれど、未練が残っているみたいでなんだか嫌だし、それに置く場所もないからね


 おっと早くしないとお迎えの車が行ってしまう。

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最後に君と話したい 小花し @kobanash1

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