能登ウォーズ

逢巳花堂

第1話 気多大社防衛戦1

「はい……僕だけど」

 押し殺した声で光鳴みつなりは電話に出た。スマートフォンのスピーカーから母の声が聞こえる。


『みっちゃん! あんたどこにいるの!』

「ごめん、ごめんよ、母さん。それどころじゃないんだ」

『何が、それどころじゃない、よ。受験生の分際で、夏休みに旅行するような呑気な遊び人のど・こ・に、それどころじゃない理由なんかあるっていうのよ』

「もちろん、悪かったよ。連絡も取らないで」


 必死で弁明しつつ、光鳴は周りの人々の様子を見た。


 みんな目が血走っている。何をこんな時に母親とのんびり電話なんかしてやがるんだアホウ、と言わんばかりに殺気立って、光鳴のことを睨んでいる。


 時刻は夕刻六時。夜の帳が訪れつつある、夏の夕暮れ時。ひぐらしの鳴き声も聞こえて、実に風情のあるひと時。縁側に座って夕涼みでもしていたらさぞかし気持ちよかろう。


 が、ここは野外。


 蚊に食われようと汗だくになろうと構わず、ボロボロに擦り切れた衣服をまとい、男の中には「上半身裸、アンドねじり鉢巻き」の者までいる。光鳴の頭の中に、意味もなく「怒りのアフガン」というサブタイトルが浮かんできた。


『で、いまどこにいるのよ』

「んー、気多けた大社」

『能登のほうね。いつ帰ってくるの』

「えっと、それが」


「おい、もう電話やめろ! 動き出したぞ!」


 年配のヒゲ面男が小声で怒る。と同時に、地響きが足もとから伝わってきた。誰かがゴクリと唾を飲みこむ。男たちはみな、怯えた目で森の入り口のほうを凝視する。


 何かが風を切って飛んできた。


 カンッ、とよく透る音を立てて、太い樹の幹に、それは突き刺さった。


 矢、だ。


 おおおおお!! と雄叫び。陣太鼓に、パオーと法螺貝。


『な、なに? やけにうるさいわね。どうしたの? みっちゃん、いま何してるの』


 ただならぬ雰囲気を察してか、母が心配そうな声で問いかけてくる。細かい事情を説明したいところだが、そんな時間はない。


 だから、光鳴は、ただ簡潔に言った。




「ごめん母さん! いま戦争中だから、切るね!」




 電話の通話終了ボタンを押すのと同時に。


 甲冑を着た騎馬武者の軍団が、怒号を上げながら森の中へと突入してきた。

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