第28話 彼の部屋へ (修正)
謁見後に帰宅。
神殿に来た当初のベレクトはそう思っていた。
しかし、誓約に関する式典を簡略させたものであるとすれば、そう簡単には帰れない。聖徒のαを産んでもらうために番ではないΩを守るための奇蹟、それが誓約だ。
「なぁ、フェン」
「ん? どうした?」
着替えるために部屋へと戻る際中、再び面布を被ったベレクトはフェンに問いかけた。
「誓約したΩとαは式典の後に、床入りするのか?」
「はぁああ!?」
廊下に響くほどの大きな声を出して、フェンは驚き、思わず顔を赤くした。
「い、いいい、いや、ちがっ……いや、本当の流れはそうだけど、でも、いや、う、うん」
「ど、どうした? 落ち着け」
あまりの慌てように、ベレクトは目を丸くする。
感情とは裏腹に理性が強く働いたのかフェンは大きく深呼吸をすると、脱力したように肩を落とす。
「あー……その、聖徒同士の誓約のお祝いって、両家が一堂に会して昼から夕方までやって、夜は2人きりって流れだから、これは全然違うと思っていたから……その言葉が飛び出してくるとは考えてなくて、凄い動揺した」
「そ、そうか。まだ昼は遠いからな」
身体を重ねるのは間違いないと判明してしまい、ベレクトの中でじわじわと恥ずかしさが込上げた。
気まずくなりながらも、2人は歩くのを再開した。
「言われてみれば、親父達が俺らをさっさと帰してくれたのは、その意味合いもあったのかもしれない」
「陛下って朝っぱらからやるのか」
冗談めかしにベレクトが言うと、フェンは軽く笑った。
「俺の前だから良いけどさ、不敬って怒られるぞ。まぁ、話には聞いた事あるけど」
「あるのかよ」
「しょうがないだろ。発情期になる時間帯は、人それぞれだし」
「それもそうだな」
発情期が起きる日にちを予想で来ても、時間帯までは分からない。
性被害への危機感は持てても、子供を授かるために性交をする事への実感が薄いせいだろう。発情期の知識として当たり前であったが、思い出したようにベレクトは納得した。
「表向きはってことで、念のため俺の部屋で休憩していく? 今後の話もしたいからさ」
「そう……だな。従者の人達に見られているし、もうしばらく一緒に居よう」
信頼できる従者、とバルガディンは言っていたが、何処から情報が洩れて貴族の元へ届くか分からない。
普段は外殻で過ごし、白衣の医療団で活動しているフェルエンデが神殿へと戻り、誓約者を連れて来た。
そうバレてしまっていたら、賛否両論の嵐が繰り広げられる。さらに誓約者でありながら床入りしないとなったら、より一層物議を醸す。着て来た私服が乾き、帰宅の準備が整うまで共に過ごすのが最善だ。
「それじゃ、部屋で待ってる」
「あぁ、またな」
着替えの部屋まで到着すると、2人はそこで別れた。
2人の背後で一部始終を聞いていたトゥルーザは、着替え担当の従者にそれとなく伝え、ベレクトに白い服を用意させる。
「本来は床入りの為に装飾を外すだけなのですが、これに着替えてください」
頭巾に面布、上下の服に靴、手袋まで、全てが白だ。見た目は、白衣の医療団の防護服に近い。
髪と顔を隠すのは理解できるが、青い礼服を白に変更したような服装を思い描いていたベレクトは戸惑う。
「どうしてこの服に?」
誓約者がフェルエンデと共に部屋に入る事実を作るなら、この格好は不相応ではないか。ベレクトはトゥルーザに訊いた。
「作戦ですよ」
「作戦?」
「ベレクト様には、昨夜の一件から保護対象となりました。湯場の一室を提供する予定です。その移動のためにも、周囲の目を騙す必要があります」
「影武者を立てるのですね」
ベレクトもそこで理解をした。
「その通りです。お持ちになられているのは、白衣の医療団が神殿に入る際に着る服です。医療団関係者といっても、神殿に入れるのは厚い信頼を寄せられている人物に限られます。着る際には今回のように必ず従者と聖騎士が立ち会いますので、不正は発生しません。これを着れば事情を知らない従者達であっても、おかしな考えを起こさないでしょう」
神殿に外殻の人間が入れるのは初耳であったが、従者たちがそれ程驚いていなかった理由がわかり、ベレクトは納得をする。
神殿だけでなく、外殻の医師達も日々研究を行っている。中には、神殿よりも先に治療法や病原体を発見した事例もある。医療に関する学会や研究発表会など、お互いの情報交換は必要だ。白衣の医療団から代表者や有望な人材が神殿へ定期的に赴き、交流を行っているのだ。
「お心遣いありがとうございます」
受け取ってみれば、ベレクトの勤める診療所の主治医エンリの服に比べて、厚みはそれほど無く、光沢のある生地が使われている。
装飾を外し、青い礼服を脱いだベレクトは、白の服へと着替えた。服は見た目よりも軽く、通気性がありとても着心地が良かった。
「しばらくお待ちください。頃合いを見て、移動します」
青い服を白い布で包んで隠し、従者の1人が隣の部屋で待機する影武者の元へ運んで行った。
しばらくして、先程の従者が戻って来るのを見計らい、トゥルーザは扉を大きく開ける。
「ご案内します」
「よろしくお願いします」
再び長い距離を歩いて行く。
バルガディンとリュザミーネの元へ行った時とは違い、廊下を通る従者の数が増えていく。神殿の中でも生活圏に入った証だ。聖騎士であるトゥルーザを前にすると、自然と彼らは道を譲ってくれる。ベレクトへ興味を持つ者もいたが、〈白衣の医療団に所属するフェルエンデ様の元へ行くのよ〉〈仕事の要件だろう。詮索するな〉等と誰かが制止していた。
「ここです」
トゥルーザの前には重厚のある白塗りの扉がある。
小鳥が羽ばたく彫刻が施された扉は、羽の形をした金の耳飾りを連想させ、誰が主であるかを静かに物語っている。
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