第29話 穏やかなそよ風
「フェルエンデ。来たぞ」
フクロウを模した金属製のドアノッカーを叩き、トゥルーザが呼びかけると、扉が直ぐに開いた。
「はーい。どうぞー」
白い服に羽の形をした金の耳飾りを付けたフェンが、顔を出す。
トゥルーザは外で待機し、ベレクトは中へと入った。
広い部屋の内装は豪華さよりも機能性を重視されている。ティーテーブルと椅子二脚、ゆったりと身体を預けられるソファ、使い込まれた勉強机の横の本棚にはびっしりと本が収められている。別の棚には、薬草を栽培している鉢植えや、乾燥させた薬草の入った瓶、神鉱石が置かれている。高級な木材を使用した家具の角は全て丸く滑らかに加工され、リュザミーネが目の見えない息子の為に、特注で誂たのが伺える。
部屋の中には扉があり、寝室と繋がっているようだ。
「それじゃ、計画通り君は外に出て、馬車に乗ってくれ」
フェンと一緒にいたのは、ベレクトと全く同じ背格好と服装の男性だ。手には、白い布で包まれた青い礼服を持っている。
「この人が俺の護衛兼従者。ベレクトと同じ青い礼服でここまで来てもらって、その後白い服に着替えたんだ」
「影武者をしてくれて、ありがとう」
頭巾と面布を取りベレクトは従者へ礼を言うと、彼は深々と頭を下げた。
「昼過ぎ位にもう一度白い服で彼に来てもらって、ベレクトと入れ替わってもらう算段」
回りくどい様に見えるが、聖騎士だけでなく第三者が複数回目撃している状況をあえて作っている。フェルエンデと誓約者の床入りの嘘を事実にするためだ。
またベレクトの住んでいるアパートの一室の状況を従者に確認させ、荷物を運び出す為でもある。
「トゥルーザさんから話は聞いていると思うけど、一から説明するぞ。ベレクトには〈心労を患ったΩが湯治に来た〉として、新しい家が見つかるまでは公共の湯場の一室を提供する。荷物は、一旦神殿内にある俺の倉庫に入れる。外殻のアトリエは老朽化で一度壊すから、一時的に荷物をこっちで保管するとか言い訳付けるておくから、安心してくれ」
「何から何まで、すまない。」
「謝る必要な無いって。ベレクトが1人で解決できる問題じゃないんだから、頼ってよ」
「……ありがとう」
微笑むフェンにベレクトは礼を言う。
従者は外へ出ると、別の聖騎士と共に馬車まで向かって行った。
「それじゃ、ベレクトはここに座って」
ベレクトフェンに促され、ティーテーブルとセットで置かれている椅子へと座った。
テーブルと椅子の傍らに置かれたワゴンの上には、水差しと白磁の湯飲み、クッキーの乗った皿とガラス製のティーセットが置かれている。
「まず、抑制剤を渡す」
テーブルの上に最初に置かれたのは、白い錠剤が入った小瓶だ。Ωであれば薬局で簡単に手に入る部類の抑制剤であり、ベレクトの勤める診療所でも取り扱っている。ベレクトも独り暮らしを始めた当初は使っていた。これを飲んだ所で体に拒否反応が出るわけでも、重い副作用が出るわけでも無く、きちんと症状は緩和される。単に今の抑制剤の方が体に合っていたので変えたのだ。
「念のため。お茶の後に飲んでくれ」
「そうだな。ありがたくもらっておく」
カモメ絵が描かれたラベルの小瓶。これを使っていたのは、1人暮らしを始めたばかりの時だ。ベレクトは静かに懐かしみながら、受け取った。
それと同時に、水差しとガラスのコップがある理由に気付き、フェンの気配りに感心した。
「これは、ハーブティーか?」
フェンが手に持ったガラスのティーポットの中で、お湯に浸かるハーブが揺らめいている。
「そう。薬の原料になる薬草で作ったんだ。このまま口に含んでも問題ない薬草を使ってるから、安全性は保障する」
ベレクトは薬剤師なので加工済みの薬を扱うが、原料についての知識もある程度は備わっている。薬草と一まとめに呼んではいるが、千差万別だ。薬となる成分を持つ猛毒の種もあれば、毒性はないがえぐみや辛みが強すぎて食べられない種もある。
ガラスのティーポットを見せてもらうと、お湯で鮮やかな緑色になっている葉っぱの中に、いくつか見覚えのある種類があった。
「確か抑制剤の成分が含まれている薬草だな」
ハート形の小さな葉が目に留まる。
「そうそう。薬剤ほどではないけど、これを定期的に飲むと発情期の辛さが緩和されるんだ」
「神力が放出されるのか?」
テーブルにクッキーの盛られた皿を置き、お茶をガラスのティーカップへ注ごうとしたフェンの手が止まる。
「促す効果があるけど、えっ、もしかして俺の論文読んだの?」
「読んだ。昨日図書館で借りた本に、記載されていたんだ。フェンと同一人物とは思っていなかったから、驚いたよ。あれの周知させる為にも、神鉱石が必要なんだな」
「そうなんだよ。信仰を守るのも大事だけど、医学の為には解明する必要があると思ってさ。最近は認めてくれる人も増えて来て、軌道に乗ってきた感じがする」
照れ臭そうにしながら、お茶をティーカップへと注いだ。
「うまいな」
味は、レモンティーに近い。
僅かに苦みを感じるが、レモンに似た香りと酸味が良く調和している。
初めて飲んだとは思えないような、どこか懐かしさを感じた。
「気に入ってもらえてよかった」
フェンも嬉しそうに飲んだ。
「実はこれを日持ちするよう加工して、外殻向けに販売しようと思っているんだ」
「いいんじゃないか? αやβにもきっと売れるぞ」
神力の制御と排出を担う宝玉のあるαとβだが、中には機能不全や老化によって上手くは出来ずに体調を崩す場合がある。これに関しては研究が進んでいるお陰で薬はあるが、日々の生活で緩和できることに越したことはない。
「紅茶味のお菓子みたいに、広く食べてもらえるようになるのが理想かな」
「効能をちゃんと発揮すると良いな」
食材によっては栄養素を取る為の最適な食べ方や食べ合わせがある。薬になる薬草なので火を入れる分には問題ないが、どれが最良か未知数だ。
「そこなんだよねぇ。俺は専門外だから、料理人と栄養士の人にお願いしてんだけど、検証する必要あるし結構に苦労しているって聞いてる」
真面目な会話の中にも、穏やかに時間がゆっくりと流れる。小さく開けられた窓からそよ風が吹き、薄手のカーテンがひらひらと揺れている。
銀の髪が差し込む日差しで輝き、白い輪郭を際立たせ、ベレクトは思わず見惚れた。
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