届かなかったラブレター
高校2年生になり、クラスは文系と理系に分かれることになった。
俺とよしのは理系に、けいはやはり文系に進んだ。
俺が理系を選んだのは、けいにすすめてもらった本の世界の影響、すなわちそこから天文部へ入ったという経緯が大きいと思う。
よしのが理系に進んだのは意外だった。いや、意外というより、けいのように将来何になりたいかなどといった話をしたこともなく、結局は何も知らないだけだったのだった。クラブは今も続けているのだろうか。
俺はふたりのクラスから教室も離れていて、学校では彼女たちとすれ違うことすらほとんどなくなっていた。中学の時以上に接点はなくなり、別々のクラスでそれぞれの高校生活を送っていた。
*
今年もまた秋の学園祭の季節になった。
天文部は教室をひとつ使って、天体の紹介をすることになった。太陽系のある天の川銀河を中心に、いろいろな銀河を紹介することにした。ひとくちに銀河といってもその成り立ちや成長の過程はさまざまで、形や色は変化に富み、見た目だけでも興味を持ってもらえるのではないかと思ったからだった。
学園祭用の資料を作るため、俺が図書室で本を探していると、ちょうど図書部の部活動中のけいに会った。
「あ、
「うん。けいは?」
「うちも相変わらずよ。ちょっと待っててね…」
彼女はそう言うと、図書室の奥の部屋に引っ込み、しばらくして俺の座っている机に来た。その手にはカバンを持っていた。
「部活、もう終わったのか?」
「うん。今日はもう終わりにした」
「ほんと久しぶりだな。よしのも元気?」
「元気よ。理系のクラスなのにあんまり会ってないん?」
「クラスが違ったらぜんぜん関係ないし、ほとんど会うこともないな。文系だってそうじゃないのか?」
「まあ、そんな感じじゃね」
けいはそう言うと、いたずらっぽく笑った。
「皆実くん、探しもの? 手伝おっか?」
「学園祭の出しものに使う資料を探しに来たんだけど、もうだいたい揃ったから大丈夫」
「だったらよかった。天文部はなにやるん?」
「銀河の紹介をするつもり」
「銀河? なんか難しそうじゃね」
「そんなことないよ。アンドロメダ銀河って知らない? 俺たちがいるこの太陽系も銀河の一部だし、色や形もいろんなのがあるから、写真を多く展示して、見るだけで楽しめるものにしようと思ってるんだ。けいも時間があったら見に来てよ」
「うん、ぜったい行く。ふーん、銀河ね…」
けいは何かを考えるような顔をした。
「図書部はなにやるか決まってるの?」
「え? ああ、それなんよね。さっきも話しとったんじゃけど、いつも通りに本の紹介にするか、思い切って喫茶店でもやろうかって話になっとるんよ」
「コーヒーとか飲みながら本を読んだりできるってこと?」
「さすがにコーヒーとかこぼされるかもしれんけえ、別々にせんといけんから、喫茶スペースには本の紹介文を置く程度かねえ…。読み聞かせでもやろっか? あははっ、冗談よ。皆実くんもうちらの出しもの来てね」
「うん。楽しみにしてるよ」
「……あっ」
「どうした?」
「さっきの話」
「さっきって?」
「天文部の話。どうもひっかかっとったんじゃけど、『銀河鉄道の夜』って銀河の話よね? 星の話?」
「宮澤賢治の?」
「そう」
「銀河というより星の話じゃない? というより、宇宙を鉄道で旅する話じゃない?」
「銀河は出てこんかったっけ?」
「どうだろう…」
「ねえ、皆実くん。天文部とうちらといっしょにコラボせん?」
「コラボ?」
「そう。うちらのとこに銀河とか星とかの載ってる本を置くスペースを作って天文部の紹介するけん、天文部でも図書部の紹介してよ。そんなに大げさじゃなくていいけん」
「本が好きな人に天文に興味を持ってもらって、天文が好きな人に本にも興味を持ってもらおうってこと?」
「そうそう。面白そうじゃない?」
「うん、いいかもね」
「じゃあ、来週にでも図書部と天文部とで話をせん?」
「先にクラブのみんなに相談してみるよ。たぶん大丈夫だと思うけど」
「わかった。うちも図書部で話してみる。決まったら教えてね。家に電話かけてもらってもいいけん」
*
学園祭で人気なのは、やはり喫茶店や軽食を出す店だった。
天文部の教室は3人も入っていればいいほうで、たまに来る人も教室の中に誰もいないのを見て申しわけなさそうに入ってきて、申しわけなさそうに出ていく。そんな教室にクラブの人が何人もいる必要はなく、俺は休憩を長めにもらって図書部の教室を訪ねた。
客の入りは4割程度といったところで、コーヒーの香りの漂う教室は、落ち着いた雰囲気で時間がゆっくりと流れているようだった。
片隅に作られた天文コーナーでは、星や星座の本に混じって、『銀河鉄道の夜』、『竹取物語』、『星の王子さま』、そして数冊のSF小説などが紹介されていた。
コーヒーを飲んでいると、外から教室に戻ってきたけいが俺に気付きそばに近寄ってきた。
「天文部はどう?」
「まあ、暇かな…」
俺はそう言って自虐的に笑った。
「うちらもそうよ。今はたまたま人がおるけど、さっきまで誰もおらんかったもん。喫茶店をやるって宣伝が足らんかったんかと話しとったとこ。ねえ、天文コーナー見てくれた?」
「見たよ。『竹取物語』ってあんな話だったって初めて知ったよ」
「そうなんよ。ほとんどSFよね。天文コーナーは我ながらよくできたけん、もっとみんなに見てもらいたいんじゃけどね…。ま、ゆっくりしていきんさい」
「ありがと」
「皆実くん、ちょっと待って!」
俺はコーヒーを飲み終え、時計を見て教室を出ると、けいが追い掛けてきた。
「これ、よっちゃんから…」
けいはそう言うと、手にした封筒を渡してきた。
「ん? よしのから?」
「うん。皆実くんに渡してって」
「なんだろ」
「あ、うちのいないところで開けてね」
「ああ、わかった。ありがと」
俺はそのまま自分の教室に戻った。机の中に置き忘れていた参考書のことを思い出したからだった。
教室には当然ながら誰の姿もなく、椅子に座って机の中から参考書を引っ張り出した。そしてそのついでに、よしのからの手紙の封を開けてみた。
便箋には、大人びた綺麗な字が並んでいた。
『皆実くん
突然のお手紙ごめんなさい。
最近、あんまり会えないけれど、いかがお過ごしでしょうか。
皆実くんと初めて会った日から、もう何年経ったでしょうか。ずいぶんいろいろなことがあった気がするけれど、初めて会った日のことは憶えていますか?……………』
その手紙は、言ってしまえば、ラブレターだった。彼女が抱いている素直な思いがしたためられ、そして俺がどう思っているのかちゃんと話がしたい、そんなことも書いてあった。
まったく想像すらしていなかった手紙だったので、どうしたものだろうかと正直言って困ってしまった。
けいはこの手紙の内容を知っているのだろうか。わざわざけいから渡してきたってことは、知っているんだろう。あのふたりのことだ、お互い隠しごとなんてしないだろう。そして決心のつかないよしのに、けいが、うちが渡してあげるなどと言ったのではないか。
ふいに廊下を歩く人の気配がして、俺はあわてて手紙を参考書の間に挟み、音を立てて椅子から立ち上がった。
*
学園祭が終わり、しばらくして行われた体育祭。
リレーや綱引き、騎馬戦をやる程度で、あまり力は入れられていなかったが、ここでも最後にフォークダンスが行われた。俺たちは中学ですでにやっているので、あまり練習も行われず、親兄弟などの観客に見せる余興のようなものだった。
それぞれの学年で大きな輪を作る。
校庭中に響き渡る音楽に合わせてステップを踏む。
何人かと踊ったところで、すぐそばによしのの姿があった。
手を取りお互いお辞儀をする。なんだか恥ずかしかった。
「前にもこんなことがあったよね」
よしのの方から声を掛けてきた。
「うん、中学の頃ね」
「元気?」
「うん。よしのも元気そうだね。あのさ…」
「あの…」
言葉が重なり、俺は苦笑いをし、よしのはくすりと笑った。
「あのさ、また星を見に行かない? 流れ星」
「わたしもそれを思い出してたとこ。けいちゃんにも聞いてみるね」
俺が高く上げた腕の下でよしのはくるりと円を描いて回った。
体育祭のあと、俺とよしの、そしてけいは下校が一緒になり、お互いこの久しぶりの時間を噛みしめるように、高校の坂道を時には立ち止まりながら、ゆっくりと下っていた。
「皆実くん、家遠くなったのに大丈夫なん?」
俺は丘の上の街から引っ越して、もう一年あまり経っているのだった。そのことはすでにふたりに話していた。
「天文部でたまに夜に集まって天体観測会をやってるし、土曜日だったら大丈夫。夜中までに帰ればいいし」
「夜中って…自転車でしょ? 危なくないん?」
「大丈夫だって。もしどうしてもだめそうだったら、親に頼んで迎えに来てもらうよ。バスでも帰れるかもしれないし」
「じゃったら、また行ってみようかな。よっちゃんは行くって決めたんでしょ?」
「うん」
「じゃあ、うち、またてるてる坊主でも作ろうかね」
*
そして流星群の日、それはとてもよく晴れた土曜日だった。
肌をなでる風は、すでに晩秋を通り越し、冬がもう間近に迫っていることを感じさせる。
昼を過ぎて電話が鳴った。
『もしもし。
俺はその夜、ひとり家の近くの暗がりに行った。
マフラーを巻いて、手袋をはめて。
夜空を眺めた。
あの時と同じように星がきらめいていた。
ひとつ、星が流れた。
目では流れ星を追いながらも、頭ではしきりにふたりの姿を思い浮かべていた。
ふたりがいたらどんなことを話しただろう。
いくつも星が流れていた。
けれどその光は、もう俺の目には入ってこなかった。
家に帰ると猫のこはくが出迎えてくれた。性格はずいぶんと落ち着いて、体は貫禄が出てきていた。
部屋までとことこと付いてきたかと思うと、明かりすらつけず床へ座り込んだ俺に向かって、ひとこと小さくにゃーんと鳴き、喉を鳴らしながらいつまでもそばを離れようとしなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます