それぞれの思惑
「突然じゃけど、
久しぶりに部活が休みだったのに、こういうときに限って日直の仕事が回ってきてしまい、ほんとについてないと思う。
職員室に日誌を届け、がらんとした廊下を歩いていると、なんだか居残りをさせられたような気になったが、下駄箱を出たところでちょうど同じように日直だったけいと一緒になり、ふたり並んで色付き始めた街路樹の下を歩いていた。
「秋? 秋の宮島?」
「それを言うなら、
僕は本気で答えていたので笑ってごまかすしかなかった。
「そうじゃなくて、何とかの秋ってあるでしょ?」
「ああ、そういうやつね。じゃあ、スポーツの秋」
「他には?」
「食欲の秋」
「それと?」
「勉強の秋?」
「どれもはずれじゃないけど、読書の秋を出して欲しかったな。ねえ、読書週間って知っとる?」
「読書週間?」
「やっぱり普通は知らんよね…。気候もいいし本を読みましょうというイベント?的なのがあるんよ」
「へー、そんなのがあるんだ」
「もうすぐ文化祭もあるじゃろ? 読書週間に合わせて部活でまたおすすめの本を紹介するつもりなんよ。あ、そういえば、夏休みの読書感想文の本どうじゃった?」
それは中学生が主人公の少しいびつな男女の友情を描いた本だったけど、まるで探偵小説のようなスリルのある内容で、本を読むのが遅い僕にしてはめずらしく3日で読み終えた。
「まあまあ面白かったかな」
「まあまあか…。あの本、続きがあるけん読んでみん? それで感想を書いてもらえたらうれしいんじゃけど」
「感想?」
「うん。図書部のおすすめの文章だけじゃなくて、他の人の感想も紹介したらいいんじゃないかと思っとるんよ。真剣に読まんでもいいけん、簡単な感想をお願いできん?」
「簡単ってどれくらい?」
「そうじゃね…原稿用紙1枚くらいかねぇ」
「それくらいだったら書けそうかな…」
「ほんと? やった! じゃあ今度教室に本持っていくね」
その本は男女が少し成長したあとの話で、いびつだったふたりの友情は恋愛へと発展し、とても感動的な終わり方だった。これも3日で読み終え、手書きで書いた感想文を手に放課後の図書室へ向かった。
引き戸を開けると、すぐ脇に置かれているテーブルに、けいたちの図書部の何人かと、それに混じって
「あ、皆実くん。ちょうどいいところに来た。今話をしていたとこなんよ」
「読書感想文のこと?」
「そうそう。どんな感じ?」
「書いてきたよ。はい、これ。僕もちょうどこれを渡しに来たんだ」
僕は原稿用紙をけいに渡した。
「ありがと! あ、あとね、今年の読書週間は新聞部も一緒にやることになったんよ」
「新聞部と一緒に? それで
「そう。
横川さんはちょっと恥ずかしそうに、けれどきっぱりとした表情でうなずいた。
「図書室にも面白い本はたくさんあるから、みんなにももっと知ってもらいたいなって思ってたの。それで、
「最初は正直言って乗り気じゃなかったけど、横川さんの話を聞いてたらすごく面白そうに思えてきて、ちょっと力を入れてやろうかと思ってね」
横川さんの横にいた湊が補足した。
「ね? ほら、横川さん交渉上手じゃろ? それで皆実くん、感想文なんじゃけど、学校新聞に載せてもいい?」
「え、学校新聞に? それはちょっと恥ずかしいなあ…」
「本名は出さずにイニシャルにするけん。ね、江波くん?」
「そうそう。実際読んだ人の感想は文章が下手でも参考になるから、いいよな?」
「下手っていうのが余計だけど、湊のことだから、どうせ、だめって言っても勝手に載せるんだろ?」
「まあ、そういうこと」
「はいはい、じゃあどうぞご勝手に」
「皆実くん、ありがと! 横川さん、他にも感想文集めんとね」
「うん、何人かお願いしてみる。みんなも頼めそうな人がいたら声掛けてみて」
横川さんは他の部員に向かって言った。
僕はけいと横川さんのそんなやり取りを見て、どうやらうまくやっているようでちょっと安心した。
「そういえば、湊? うちのクラスって文化祭で何やるか決まったんだっけ?」
「喫茶店をやるとか言ってたけど、まだ決まってないんじゃないか? どっちにしても僕は生徒会と新聞部で忙しいから残った人たちで頑張って」
「そっか、湊はクラスの出し物はやらないのか」
「残念だけどね。皆実、もう少し学校新聞の話をしないといけないから、先にこっちを終わらせてもいい?」
「あ、ごめんごめん。その相談中だったんだよね」
「皆実くんも聞いていく?」
「いや、いいよ。聞いたって仕方ないし、先帰るよ。じゃあね」
*
文化祭のクラスの出し物は、結局他にアイデアもなく喫茶店をやることになった。
文化部の生徒はそれぞれの部活の出し物の展示や案内をやっているから、喫茶店の店員役は運動部の生徒が中心だった。
甘いインスタントコーヒー、またはティーバッグの紅茶。お菓子はビスケットを2枚。
喫茶店は意外と盛況で、よしのが何人かと一緒に来てくれたが、僕は他のテーブルの対応をしていたのもあり、ちょっと目が合っただけで、あいさつすらできなかった。
そんな状況だったので図書部の出し物を見に行く暇もなかったのだけれど、文化祭の後に配られた学校新聞の本の紹介記事は、文化祭のまとめの記事と並んでなかなか評判がいいみたいだった。
僕の感想文も新聞にしっかり載っていた。けれどそれはとてもとても短くなっていて、しかしだんぜん読みやすくなっていた。新聞に記事が載るとはこういうことをいうのかと、このとき初めて知った。
そんなある日、またけいと下校が同じになった。
学校新聞では10冊ほどの本が紹介されていたが、図書館でこれらの本の予約がいくつも入っていると得意げに教えてくれた。
「今まではせっかく新刊を入れてもらっても、予約待ちなんてことなかったけんね。それに、けっこう古い本もおすすめしたんじゃけど、さっき見たらその本も貸出中だったんよ」
「へえ、すごいね。学校新聞って効果あるんだ。それとも記事がよかったから?」
「記事がよかったんならいいんじゃけど。うちらけっこうがんばって書いたし。皆実くんに感想書いてもらった本も、なかなか人気なんよ。それでね、学校新聞にコーナーを作ってもらって、毎回記事を載せることになったんよ」
「毎回?」
「うん。小さいコーナーになると思うけど、横川さんのおかげよね…。あ、そうそう。それで横川さんね、最近、新聞部も手伝っとるんよ」
けいはあたりを見回すと、続けて内緒話をするように声をひそめて話した。
「それに、江波くんとなんだかいい感じなんよ」
「いい感じって?」
「江波くんが生徒会の用事が終わったあとに図書館に呼びに来て、一緒に新聞部に行ったりしとるし、なんか仲がいいっていうか、相性がよさそうっていうか。最近部活でも、いっつも江波くんの話ばっかりなんよね」
けいは上目づかいで言った。
「ふーん、そうなんだ」
「そうなんよ………。あー、横川さんうらやましいな」
彼女は背伸びをしながら言った。
「皆実くん、バスケ部ってずっと練習やるん?」
「ずっとって?」
「冬休みとか、春休みとか」
「全部じゃないけど、練習はあると思うよ」
「そうなんじゃね…。あ、そういえば、バスケ部の
「本川さん? 1年の時からクラスも一緒だけど、どんな人って言われると…」
「仲いいん?」
「どうだろう…。普通にしゃべるけど、特に仲がいいとかはないかな」
「ふーん、そうなんじゃ…」
けいは安心したような表情をした。
「本川さんがどうかした?」
「え? ううん。横川さんと本川さんって幼なじみだって言ってたから、どんな人なんかなーと思って聞いてみただけ」
「
「うちに?」
街路樹には赤く色づいた小さな実がたくさんなっていた。
小さな鳥がそのひとつをついばんだかと思うと、チチッと鳴きながら次の木へ飛び移っていく。
「ふーん」
けいは何かを考えているかのように小さく呟いた。
空には高く、トンビが輪を描いて舞っていた。
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