七夕の夜に星の祝福を

「さて、もうそろそろ6月もなかばだな。それで、だ。生徒会からあるお知らせがあるそうだ。そうだな、江波えば?」

 朝のホームルームで担任がこんなことを言い出した。

 名前を呼ばれたみなとは立ち上がり、教室の前に進み出た。さすが生徒会の副会長。その姿はとても堂々としている。

「はい。生徒会からのお知らせです。今年は七夕たなばたをやることになりました。今日の昼には中央廊下に七夕用の笹が用意されます。これから短冊を配りますので、それぞれ願い事を書いて金曜日までに吊るすようにしてください」

「そういうことだ。今から短冊を配る。1枚ずつ取って後ろに回してくれ。あと、短冊を吊るすためのこよりも1本ずつ取るように。日直、これ向こうの列から配ってくれ」

 何色かの細長い短冊。色紙いろがみを切って作ってあるようだった。前の席からそれぞれ好きな色を取っていく。ピンクが残って「げっ」と口に出している後ろの席の男子もいた。

「短冊、なに書こう」

「願い事なんて恥ずかしいよな」

「やっぱ世界平和だろ」

 そんな声が聞こえてきた。

「もらってないやつはいるか? 大丈夫だな。江波、金曜日までだな?」

「はい、そうです」

「みんな忘れないように早めにやっとけ。それから、七夕の話はみんな知ってるよな? 織姫と彦星が年に一度会うというやつだ。詳しく知りたいやつは図書館へ行ってみろ。ちょうど図書部が七夕のコーナーを作ってるはずだ」

『七夕かあ。七夕なんて、子供じゃあるまいし…』

 僕は内心そんなことを思っていた。


 次の日の放課後、部活へ行こうと中央廊下を通りかかったとき、七夕の笹の前にいた女子数名のうちのひとりに呼び止められた。

 その声の主はけいだった。

「あ、皆実くん。皆実くんはもう短冊下げたん?」

「ううん、まだ」

「そうなんだ。うちもまだなんよね」

 ふたりで話を始めたちょうどその時、よしのが通りかかった。

「ねえ、よっちゃんはもう短冊書いたん?」

「まだ書いていないよ」

「そっかー。なに書こうか悩むんよね…」

 けいはそう言いながら誰かが書いて吊るした短冊をめくって見ていた。

「家族が元気で…、部活で活躍できるように…、こっちは、期末テストでいい点を…。うーん、なんか違うんよね。これだったら初詣はつもうでと変わらんよね?」

 他人の願い事を読んで好き勝手言っている。

「そうだけど、でも、そんなもんじゃない?」

 よしのがたしなめるように言った。

「なんかこう、いかにも七夕っていうのはないんかねえ」

 けいはわざとらしく腕組みをして考える格好をしていた。

「いかにもって?」

「七夕ならではっていうか、そういうやつよ」


『バスケがうまくなりますように』

 僕はほんとはもう書いていたけれど、見られるのが恥ずかしいから、吊るすのは最後の日にしようと思っていた。

 それに、今のけいみたいに、みんなが見る短冊にはこんな無難なものしか書けないだろ、と僕もよしのと同じように思っていたけれど、いまさら言い出しにくかったので、違う話題を振ってみた。

「でもなんで七夕なんだろう。七夕なんて子供がやるもんだと思ってたんだけど」

「そう? 季節を感じられてうちは好きよ。それに七夕たなばたってなんだかいい言葉の響きだと思わん?」

「そうかなぁ。よくわからないけど」

織姫おりひめ彦星ひこぼしの話も、ロマンがあっていいよね」

 よしのがそういうとほんとにそんな気がする。

「そうそう。一年に一度だけ、離れ離れになった男女が出会うことのできる日なんよね。うちもこないだ部活でやってて初めてちゃんと知ったんよ」

 てっきりけいはこういうことが好きじゃないのではないかと想像していたので、ちょっと驚いた。女子はこういう催し物が好きなのだろうか。

「そういえば、図書館に七夕コーナーがあるって先生が言ってた」

「そう、それよ。うちらで一生懸命作ったから見といてよ」

「図書館に行ったら見てみる」

「行ったらじゃなくて、ちゃんと行ってよ。七夕が終わったらすぐに片付けるけんね」

「う、うん。わかった」

「まだ時間もあるし、うちゆっくり考えてみよ」

「そうね。わたしももうちょっと考えよ。金曜日までって言ってたよね」

「適当でいいんじゃないの?」

「だめよ、こういうことはちゃんとやらんと。みんなちゃんと考えるんよ」

「う、うん…あ、僕そろそろ部活行かないと」

「あ、わたしも」

「じゃあね」

 こんな会話を交わし、3人は別れそれぞれの部活へと向かった。


 そして金曜日の昼休憩、僕は中央廊下に置かれた笹に短冊を吊るしに行った。

 笹には、こないだけいが「なんか違う」と言っていた言葉がずらり並んでいた。そういう僕の短冊も、なんか違う願い事のひとつなんだけど…。

 短冊にこよりを通し枝に結んでいると、記憶の中に刻まれた、かわいいけれどすこし大人びた丁寧な文字が目に入ってきた。

 その文字は、淡い水色の短冊にこう刻んでいた。

『七夕の夜、空が晴れてふたりがちゃんと出逢えますように。そんなふたりに星々の祝福がありますように。可愛川えのかわけい』

 僕の頭の中には、天の川と満天の星空のイメージが浮かんできた。

 星々の白い川の流れをはさむように強く輝く、ベガとアルタイルの星の光。

 その織姫と彦星が見つめる空を、青とオレンジの美しい宝石を頭に頂いた白鳥が羽を大きく広げ、さやかにきらめく星くずを舞い散らせているようだった。

 七夕の夜、彼女のためにも晴れてほしいと、僕は心からそう願った。

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