34話 宣誓

一瞬だけ。瑛士が捕まればそれで終わると思った。向こうが疑ってるのはあくまでも瑛士で、疑った理由もテストの解答という些細なもの。そこから俺疑いを向けられることはたぶんない。


あるとしたら捕まった瑛士が俺のことを言った時だけだけど、こいつは友人を売るようなやつじゃない。拷問とかそういうどうしようもない状況を除き、言わないだろう。


だから瑛士が捕まれば、俺は普通に暮らせる。そう思った。


けれど、瑛士だって同じダンジョンマスターなんだ。マスターになって性格が変わってて、俺のことを普通に言う可能性だってある。同じ状況になったら、たぶん俺は平気で友人を売るだろうから。


そこまで考えて、ふと俺はこんなに非常なやつだっただろうかと思った。


やっぱり、ダンジョンマスターになってから自分は変わってしまっている。


でも、それを理由に友人を見捨てたり、売るようになるなんてなんだか癪だったから、俺の思考に反して庇おうと思った。



「どうせなら楽しいことをやりたいだろ?瑛士はダンジョンの攻略をやりたくて、俺はダンジョンの運営が楽しいと思ってる。ダンジョンマスターを名乗るのは苦じゃない。適材適所ってやつだよ」


「うーん……蒼斗がやりたくてやる、ってことだよね?」


「まぁそうなるな。でも結局は瑛士の問題だから、ダンジョンマスター名乗って周囲の視線や国の意向なんて関係なしに、やりたいようにやって、ダンジョン攻略もするって言うのも無しではないと思う」


「わかった!じゃあ2人で名乗り出よう!」



いや、お前がやるなら俺は表に出る意味ないんだけど。……まぁ、表に出ても出なくても、どうせ人類に殺されるかもしれない可能性は変わらないし。表に出ることのメリットが無いわけじゃない。


それに、やりたくてやるって言っちゃったしな。


今後の方針が決まったので、1階層と最初の部屋に人が居ないのを確認してから、隠し部屋を出て、家に帰る。


名乗り出る方法はあの女と同じく動画を撮ってネットにあげるだけ。捕まる前に全部終わらせる。


そういえば、ゴタゴタしてて忘れてたけどあの女から話がしたいって言われてたっけ。


素性を隠す必要なくなったし、普通に俺のスマホから電話かけるか。でも向こうから電話かけて来られるのはまだ嫌だし非通知にはしとこう。


部屋にいる瑛士には静かにしとくよう伝えて、電話をかける。数コールした後、相手が出た。



「久しぶり。で、要件は?」


『まさか……町田の?』


「そっちが話したいって紙に書いたんじゃん」


『まさか本当に電話が来ると思ってなかったんです。それに紙入れてからもう数日経つし』


「こっちにも色々事情があるんだよ。で?そっちの用は?」


『あの、相談に乗って欲しくて……』



この女は馬鹿なのだろうか。


いくら世間に公表してよってお願いしたのは俺だとしても、俺は女が嫌う筈のダンジョンマスターなんだけど。


俺も小嵜麻夢にお願いしたいことあったし、話は聞くけどさ。









女の長々とした話をまとめると、思っていたよりあっさり家族に受け入れられ、世間にも受け入れられ、人類と敵対しないで済みそうだけど、今後はどう動いていったらいいかという内容だった。


敵対しないで済むんだったらもうそれでいいだろうに、テレビに何回か出るうちに自分のやりたいことはこれだっただろうかと方向性を見失ったらしい。


そして伝えたいことは全部伝え終わってしまって、いよいよどうするか分からなくなったと。


なんとも贅沢な悩みである。


てかこんなことで俺のダンジョンに来ないで欲しい。タイミング的にもう少し重い内容だと思ってたんだけど、全然違った。



「話はわかった。やりたいことわかんなくなってるなら一旦俺のこと手伝ってもらいたいんだけど、どう?」


『手伝うって何をですか』


「小嵜さんの動画を見て勇気を貰ったんだ。理由はそれだけじゃないけど、俺も人類の味方ですって宣言しようと思って。投稿した動画を拡散するのを手伝って欲しいんだ。小嵜さんはこの動画は本物のダンジョンマスターですって言ってくれるだけでいい」


『それくらいなら構いません』


「それと、俺以外のダンジョンマスターも動画撮って名乗り出る予定だ。それを見てどうするかは小嵜さんに任せるよ」


『それってどういう……』


「俺と違って人類の味方をするかはわからないからさ。まぁ、数日中にダンジョンマスターが2人も名乗り出るんだ。やる事は増えると思うよ」


『わかりました。動画の内容を見て考えてみます』



それで電話を切った。


これで拡散力も確保できたな。



「蒼斗って小嵜さんと知り合いだったの!?」


「ダンジョンを攻略されたことがあるだけ。別に仲良くはない」



そんなことより動画だ。



「俺は内容だいたい考えてるけど瑛士は?」


「ダンジョンマスターだからってコソコソ生きるのは嫌だから、名乗ることにしました!って言うつもり」


「悪くないんじゃないか。ついでに他のダンジョンマスターも名乗り出やすくしてくれると嬉しい」


「それはいいけど、どういう文にしたらいいかな……俺国語苦手なんだよね」



国語どころか全教科苦手だろ、という言葉を飲み込む。


最初から瑛士1人で動画の内容を考えられると思っていないし、瑛士の意思とは反しない程度に盛り込んでもらいたいこともあるので、俺も一緒に内容考えて文章化させた。


文章化と言っても、台本みたいなものではなく、何を言うか箇条書きにしたものだ。



「じゃあ撮るぞ」


「えっ、もう!?」


「急いだ方がいいだろ」


「それはそうなんだけど。ちょっと待って、髪だけ整える」



今後も半永久的に残る予定の動画だから外見は大切か。


瑛士の準備が整うのを待って、スマホのカメラを向けた。



「初めまして。俺は梅田のダンジョンマスターをしている品谷瑛士です!この間友達のところに防衛省の……特殊建造物対策局の人たちが来て、俺がダンジョンマスターなんじゃないかって聞いて回ってたみたいです」



今、特殊建造物対策局ってすぐに読めなかったな。めちゃくちゃ棒読みだった。



「それで、友達に迷惑をかけてコソコソ生きるくらいなら、堂々と生きようって思って名乗り出ることにしました!俺は小嵜麻夢さんみたいに人類と仲良くなりたいって思いはありません。俺は友達と楽しく生きていければそれでいいと思ってます。だからダンジョンは今まで通り運営し続けるし、探索者として友達と一緒に他のダンジョンを攻略する予定です」



ここまでが瑛士が本当に言いたかったこと。そしてここからが俺がお願いした内容だ。



「まだ表に出てきていない9人のダンジョンマスターも、影に隠れて生きる必要ないと思う。表に出て、小嵜さんみたいに人類の味方をするのも、俺みたいにダンジョン運営と探索者どっちもやるのも、人類と敵対するのも自由!せっかくダンジョンマスターになったんだから、自分の生きたいように生きよう!」



要するに、リスク分散のために表に出てくるダンジョンマスターが増えたらいいなと思って動画の内容に入れてもらった。


特殊建造物対策局の人が来たと最初に言ってるし、隠れてる方が危険だと思って何人かは出てくるんじゃないだろうか。



「あ、そうだ。俺が梅田のダンジョンマスターだって信じてくれないかもしれないから、証拠として1週間1階層のモンスターからドロップするのは初級の回復薬だけにしとくね!最後に、相手が誰であっても俺の家族とか友達に手を出したら絶対に許さないから。そこんところ、よろしくお願いします!」



動画の内容は以上だ。



「ちょっと怪しいところはあったけど、噛んでるところはなかったしこれでいいんじゃないか」


「よかった!じゃあ次は俺が蒼斗を撮る番だね」


「よろしく」


「任せて!」



スマホを向けられる。


俺はあの女と対峙する時用に買ったサングラスとマスクをして動画を撮ることにした。


それでも流石にちょっと緊張するな。


一回深呼吸をして、話し出す。



「皆さん初めまして。町田のダンジョンマスターをしている者です。俺が誰かは伝わる人にだけ伝わればいいので、あえて名乗りませんし、恥ずかしいから顔も隠させてもらいます。俺は友人がダンジョンマスターだってバレちゃったから、ついでに動画出そうかなと思ってこれを撮ってます」



ダンジョンマスターとして表に出てきた理由が2人とも"友人のため"だったら胡散臭すぎる。


だから俺はそのついでに表に出てきたってことにした。

そっちの方がまだ人間味を感じさせられると思うんだよな。



「探索者ライセンス試験の座学テストの解答からダンジョンマスターを割り出すんだから、政府の人たち、というか自衛隊の特殊部隊の人たちもすごいですよね。素直なあいつは罠に引っかかっちゃって、見事に表に引きずり出された結果になりました。まぁその近くにもう1人ダンジョンマスターがいるとは思ってなかっただろうけど……雑談はこれくらいにしておいて、本題に入りましょう」



この動画の1番の目的は特殊建造物対策局の事情はだいたい把握しているんだという政府の人たちへの牽制。


向こうは俺が宮吉と筒口とした会話内容を録音していることを知っているはずなので、機密事項をなるべく機密のままにしておくために下手に接触してこなくなる筈だ。てかそうならないと困る。


そして2番目の目的は……



「俺はこの動画で、町田のダンジョンを人類の味方となるダンジョンにする事を誓います。ただ、こちらもあっさり完全攻略されて死にたくはないので、最低限の防衛はさせてもらいますが……それでも下層以外の階層は人類がなるべく死なずに利益を得れる構造にします」



町田ダンジョンは人類の味方だと宣誓することで、人類側の味方も作りたい。

人類全員にダンジョンマスターは裁くべき悪だと思われたら終わりだからな。



「俺がダンジョンマスターだっていう証明はどうしようかな。俺のダンジョンに来てくれる人たちは6階層までのスキップを望んでるようなんですけど……今回はとりあえず1週間1階層から4階層までのモンスターから50%の確率で追尾式映像記録機、通称カメラがドロップするようにしておきますね」



さっさと進みたい探索者にとっては嫌がらせでしかない証明方法だ。でもドロップアイテムを人気のカメラにすることで、悪意を持たれないギリギリを攻めてみた。


それと、探索者にこうなった原因は政府がダンジョンマスターに余計なちょっかいを出したからだと認識してくれないかなという僅かな可能性にもかけてる。


瑛士と違って仲の良い人に手を出すなとかそういう事は言わず、最後に質問があればコメントしてと伝えて動画を終わらせた。


あとは動画投稿サイトに自分のチャンネルを作って撮った動画を投稿するだけだ。

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