番外編
なんでもしますって言ったの忘れてないわよね?
「で? なんで、あんたがここにいるのかしら?」
「見てわからない? 護衛だよ。彼の」
レムは嫉妬しない。そんなものは無意味だと思っているし、する必要もないと感じているからだ。
氷と雪と冬の国エルムトにて、イヴァンはとにかく女の子にモテた。
ラブレターやプレゼントを断り切れずに受け取っても、ちゃんとあとでお返しするし、返事もちゃんと届ける。そこで振られても、女の子たちはイヴァンを恨んだり憎んだりするどころか、ますますファンが増えていく。それが、エルムトでの日常だった。
では、イヴァンの一番近くにいるレムが嫉妬の対象になるかといえば、そうではない。
レムもイヴァンに負けず劣らず、女の子たちの猛烈なアタックを受けている身だ。
イヴァンほど真面目ではないと、レムは自覚しているので真剣に取り合ったりしないのだが、しかしちゃんと礼を言うだけで女の子たちの顔がもっと赤くなる。
とはいえ、そういう日常にもすこしずつ変化が現れている。
エルムトの女の子たちがイヴァンやレムに向ける視線は、相変わらず熱いものの、以前とちがってそれほど真剣ではなくなったのだ。
それは当然かもしれないと、レムは思う。
イサヴェルの侵攻を食い止めたあと、イヴァンは
エルムトという国は、男よりも女の数が圧倒的に多いためか、女たちは結婚相手を捕まえるのに必死だ。
しかし、そうであっても最低条件くらいは付けたいもの。まずは健康であること、次に甲斐性があること、顔の良さはその次くらいだろう。
マルティンの遺児アストリッドはとても良い子だ。
人見知りもしないし、聞き分けも良いし、癇癪も起こさなければ我が儘も言わない。元気いっぱいの三歳の女の子は、レムのことも先生と慕ってくれている。
だとしても、だ。
イヴァンと結婚したら、いきなり子持ちという現実が待っている。それは結婚の条件がどんなに良くても、候補から外れてしまっても仕方のないことかもしれない。
とまあ、そんな話をしてみたら、エリサとユハにはむずかしい顔をされてしまったのだけれども。
とにかく、エルムトでは嫉妬という言葉とは無縁のレムが、どういうわけかその感情を自分で認めてしまったのには理由がある。
はじめは悪ふざけだとか、冗談のひとつくらいにしか思っていなかったレムも、クロエがけっこう本気なのだと気付いてからは警戒するようになった。
なにしろクロエはレムの目の前で、イヴァンに熱いベーゼを見せつけてくるような女である。
あのとき感じた胸のざわつきは、けっして気のせいではなかったと、レムはそう思う。と同時に、自分にもそういった感情があったのかとびっくりしたのだった。
「あらぁ? イヴァンってば元とはいえ、
「イヴァンの怪我は君も見たでしょ。そもそも、二度も毒をもらってこうして生きている方がおかしいんだ。
「ふうん。でもそれって、あんたじゃなくてもいいわけでしょ?」
「お生憎様。僕以上に適任者はいないよ。だいたい、軍神はもう他にいないんだし」
「でもあんたって、裏組織の暗殺一味だったわよね?
「さあ? そんな昔のこと、覚えてないけど。そもそも、これは
広いベッドで頬杖を付きながら寝そべって、あれやこれやと口撃してくる
「相変わらず賢しらな子どもね、あんたって。ほんっとムカつく!」
「それはどうも。でも、僕はそんなに子どもじゃないし、あなたともそこまで歳が離れていないけど?」
「うるっさいわね! どうだっていいのよ、そんなの」
いきなり枕を投げつけられたものの、レムは上手く躱した。そのまま床へと転がった枕をにこにこしながら拾うのは、栗毛の少年セサルだ。
「姉さんとレムさんは、仲が良いですねえ」
「そ、そうなのか? 俺には喧嘩しているようにしか見えないんだが……」
バッチバチに火花を飛ばし合うレムと
「……で? あんたたちがわざわざケルムトに来た理由は、ただあたしに礼を言うためだけじゃないわよね?」
「そうだけど?」
「あんた、このあたしに一体いくつ借りがあると思ってるの?」
「イヴァンの解毒と、エルムトに侵攻したイサヴェルへの牽制。このふたつでしょ?」
しれっと言い返すレムに、
「よくわかってるじゃない。だいたいあんた、なんでもしますって言ったの忘れてないわよね?」
レムは微笑する。それはもう時効になったとばかりに思っていたが、そうはいかなかったようだ。
(仕方ない。なんでも言うことを聞くしかないか。もちろん、するのはイヴァンだけど)
と言いたいところだが、
「レム、いいんだ」
二人のバトルをやや離れたところで見守っていたイヴァンだが、彼は彼でちゃんと覚悟を決めていたらしい。
美しい者が好きと豪語する
イヴァンが彼女に一晩付き合えば、あっという間に機嫌も直るだろうし、これから先もケルムトはエルムトに協力的であってくれるだろう。
(でも、僕はやっぱり……)
本音を口にしようとして、しかしイヴァンは迷いのない足取りで
思わず目を背けようとして、それもなんだか癪だと思ったレムはイヴァンをまじまじと見た。
イヴァンは嘘を吐かない。一緒に暮らそうと、そう言ってくれたイヴァンを思い出す。あれは、彼なりのプロポーズだったのだ。
そんな彼が、
どうにも処理できない気持ちを抱えながらも、レムはイヴァンと
そろそろ部屋から追い出される頃だ。イヴァンは
「……これが、俺に出来る精一杯の気持ちです。受け取ってはいただけませんか?」
ふた呼吸のあいだ息を忘れていたのは、レムも
はっと我に返った
「嫌だわ、イヴァンったら。すっごくキザね。でも、そこがいいのだけれど」
「お許しいただけますか?」
「いいわよ。あなたの頼みなら、なんだって聞いてあげる」
拍手喝采するセサルの横で、レムはなんだかイヴァンを殴りたくなった。
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