ある存在の数奇な旅路
@Youryu777
第1話
風は吹く。
時に強く、時に弱く、暖かくもあり冷たくもある、たくさんの表情を出しながら、今日も吹いている。
鳥は飛ぶ。
一羽が、つがいが、大群が、様々な種類の鳥が、青々とした空や灰色の曇天の空を、時にのんびりと、時に忙しなく思い思いに飛んでいく。
雲は流れる。
小さい雲、大きい雲、雪のように真っ白なものや、どんよりと黒く染まったものが、風に流されながら気ままに流れていく。
子供は行く。
男の子、女の子、赤ん坊を背負っていたり、手を繋いでいたり、遊びながら、話しながら、時には喧嘩しながら、目指す場所へと様々な早さで行く。
木々は揺れる。
気ままな風につられて、時に小さく、時に大きく、囁くように、耳障りなほどの大きな音を発しながら、今日も揺れている。
風や鳥、雲や子供達、遠くの木々やさらに遠くにそびえる山々。
近くならば、野原や田畑、小川にあぜ道。
所々に建っている、人々の家屋。
私の見る景色は、全くとして同じ顔を出すことは無い。
だが、似たような顔は、何度も何度も見てきた。
のどかで些細な変化しかない景色を、延々と、そう延々と見続けてきた。
見続けてきたのだ。
「おんぎゃあ!おんぎゃあ!」
赤ん坊の泣き声が聞こえる。
またお姫様が、癇癪を起こしたようだ。
そら、使用人達が大慌てで、お姫様の所に向かう足音が聞こえる。
色々と指示を出す声も聞こえる。
その内、あやす様な優しい声や歌声が響き、泣き声は次第に小さくなり、やがて消えた。
赤ん坊の笑い声が聞こえない辺り、眠ってしまったのだろう。
これもまた、私がいつも見ている景色の一つ。
癇癪声が響いた大屋敷は、私が見える範囲では一番の大きさで、この地域ではかなりの力を持った地主だ。
時折、身なりの良い人々が、お供を引き連れて挨拶に伺うのをよく見ていた。
夏や冬の節目節目の時期は、それはもうひっきりなしに来るくらいだ。
そして、この村の人々も同様に来るのを見て、その財力や権力に胡座をかかず、しっかり治めているのがよく分かる。
この景色、何度目だろう。
長閑な光景、朗らかに笑う人々、幸せそうな屋敷の人々、新たに生まれた命が発する声。
これを見た殆どの者が、まず平和だと感じるだろう。
だが、私はそう感じる事が出来ない。
長い長い、気の遠くなるような時間、ずっと見続けてきた。
挙句の果てに、何かのきっかけで、ここら一帯を一変してほしい。
そう感じた事も、千回を超えた辺りで数えることを止めた。
そして、それが現実になる事は無い。
これも同様に、千回を超えた辺りで止めた。
今出来ることは、ただ目の前の景色をジッと見続けるか、眠りにつく位だ。
一眠りするか。
目が覚めても、変わらない景色が私を出迎えてくれる。
分かり切った未来に、もはや何も感じることなく、すぅっと意識を手放す。
こうして、私の意識は色鮮やかな世界から、漆黒の世界へと沈んでいく。
私は楠。
この小さな村が出来た頃から、変わらない景色をずっと見続けてきた、ただの楠。
これからも、延々と変わらない景色を見る事を義務付けられた、哀れな木偶の坊。
そんな私に、もし神が願いを叶えてくれるなら。
この景色を、変えてほしい……
ある存在の数奇な旅路 @Youryu777
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