ツケ

エチレンが扉を開けるとじゅーじゅーふぁあああという肉が焼ける音が耳に届き、それに伴い煙が上がった。香ばしさが鼻を駆け抜ける感覚を尻鼻に目当ての人物を見つけた。金髪でしかも体が小学生くらいだから

「おはよー、朝もう食べた?」

目が合うとキンケアの方から先にエチレンに話しかけた。

「カツサンド食べた、アイドリンの皮脂が含まれていたから元気いっぱい」

「お前気持ち悪いな、才能あるよ」

てへへと照れながらキンケアの向かいに座った。目の前で焼きたてのチキンをはむはむと食べるのを見るとまた腹がへってきた。

「俺も食お、親父ぃ!牛肉!なんかテキトーなやつ!」

「お前まだ食うのか?俺も食おー、親父!ペッパーランチ!」

遅れてきた青龍がエチレンの隣に座りながら店主に叫んだ。

「うるせぇクソガキどもが!失せろ!」

騒がしい中で応答があり他の席からも注文の声が挙がる。

「赤いの、そんなきっちりした服で今回はどこに冒険に行くんだ?」

後ろの席の酔っぱらいが話しかけてきた。何度かこのタテガミ屋で見かけた顔だ。

「高校受験だよ、正装で受けないとだから。あんたはなんだってこんな朝から飲んでるんだ?」

「かかか、朝から?いいやぁ夜から飲んでるっつーの!かかかかか!」

ゲロ臭い口から笑い声を出しながら男は言った。そうかと思ったら身を乗り出しながらぶっ倒れた。

"ずっと酒を飲んでたらそうなる"前に向き直ったエチレンは青龍が運んできてくれた水に口をつけた。エチレンはうるさくてアホしかいないこの店の雰囲気が好きだった。

「あれ、キンケアお前制服は?」

「もう送ってる。制服着たまま移動とかやだ。窮屈やん」

小さい口で鶏とポテトをもとゃもちゃ口に運び答える。

「なに、そんなのできんの?」

「ちゃんと要項読めって、これだから赤髪は!」

わざとらしく両手を広げて呆れた態度を示すキンケア。小さいくせに生意気だ。小生意気という言葉はこいつのために生まれた言葉だと思う。

「まあ貴族しかできないんだけどね。フィルターは怪しいかも荷物ズタズタになって渡されそう」

エチレンの叔父が現当主を務めるフィルター家は前の当主がやらかして国中の人からめちゃめちゃ嫌われている。

「ちょっとありそうだからやめろよ、てかパンピーの人かわいそーだね」

「まあ高校行く庶民なんてみんなシールド家だろうし頑張れば行けるんじゃない?」

高等学校はリバースロープ王国の中でも教育に力を入れているシールド家の持つ領地にある。そして通える人間は希望した貴族とシールド領の平民で受験を乗り越えた者の二通りだ。

エチレンとキンケアは貴族だが希望する学科が特殊なため受験が必要なのだ。青龍は庶民なので必要だ。

「あーよかったー貴族でー!落ちても普通科行けるもんなー!」

「お前可哀想だな」

エチレンは青龍を煽るつもりが憐れまれた。普通に屈辱だった。

「ぐぅ、……いけそうなの?」

「よゆー」

"こんちくしょうむかつく"

「朱雀は?」

キンケアが聞いた。今日は青龍の父親である朱雀に送ってもらう予定なのだ。

「多分もうそろ下につくと思うよ。というわけではやく食うぞ」

ちょうどペッパーランチとステーキとチーズケーキが来た。

「キンケアはまあいいとして、エテンはだいじょぶなのか?お前あんまり勉強頑張れるほうじゃねーだろ」

3人の成績を紹介するとキンケアが全教科満点、青龍が90点、エチレンが64〜89点といった具合だ。国語と英語と社会科と道徳と体育は好きだが理系科目は終わっている。

「いやまじそれな、貴族でよかったわ。受かった後のことはその時考えればいい」

エチレンは貴族であるから筆記試験が免除された。そのため明日の実技試験で合否が決まる。

「駆動騎士科の勉強って大変らしいよ、エテンが泣きついてくる想像がもうできるもん」

キンケアもエチレンに勉強を期待していない。

「いやまぢでどーしよー!もっと練習しとけばよかったー!あーーーーーーーーー!うまい」

ステーキの味付けは塩、大根おろしダレの2種の味付けで確実な塩味とガリガリとした食感が肉を噛み潰す合間に歯茎を刺激する塩、酸味と柔らかな風味を口内に広がらせ飲み込む時の心地よさがまぢ感無量。

カツサンドを食べて腹が満たされていたのでインパクトこそ薄いものの肉単体であることから自分の血肉となった充足を深く感じられる。

「俺もデザート頼んじゃおっかなー」

ステーキを食べ終えた後キンケアのチーズケーキがものすごく美味そうに見えた。

「太るぞ、キンケアもよく丸々1個食えるな」

キンケアが食べているケーキは1ピースではなく直径15cmの1台全てだ。いったいこの小さな体になぜこれだけよ量が入るのか。

「僕のケーキはやらんぞ!受かってからまた来ようぜ」

「……だな、えーそれフラグじゃんもうームリー!コワイー!ヤダーーーー!……ふぅ、行くか」

「行きましょか」

きれいに平らげた皿を置いて席を立った。もちろん支払いなんてしない。あくまでクールに去るのだ。

「おいクソガキども!今日という今日は払いやがれ!金払わねぇくせにばかすか食いやがって!もう馬が三頭買えるぞ!」

"まったくうるさいなこのおっさんは"

「人聞きの悪いこと言わないでくれよ、いつも言ってるだろ?出世払いだよ、それも色を付けてね。結果的にはあんたは儲かるんだ。分かるか?」

無論将来お金をたくさん稼げるアテなんてない。

「ふざけんな!受験だぁ?金もまともに払えねぇやつがまともに勉強なんてできるわけねぇだろ!」

親父の大声がびりびりと耳と店に響く。そう叫びながら店主の男は店の入口をそのでかい体で塞いだ。

ちなみにキンケアと青龍はとっくに出ていってしまった。

「んー、と」

エチレンはくるり周ってと辺りを見た。南側の窓、距離はあるが広く、換気のためにわずかに開かれている。体当りすればそのまま開くだろう。

「あばよ」

多分今の自分は今世紀最大かっこいいとエチレンは思った。

体を回転させてその大きな窓へ全速力で駆け出す。

「そうはさせるか!モモ!」

厨房からさっと飛び出した女性はエチレンの行く手を塞いだ。その体はエチレンよりも大きく威圧的だった。

"そー来るよな!"

捕まる寸前で魔法術式を展開、方向を書き換えて速さはそのまま東側へ方向転換した。東側にも窓はある、ただ小さく閉まっているだけだ。

「開けろクソども!」

エチレンが叫ぶ前にそこらで飲み食いしてた連中は窓を全て開けた、楽に通り抜けられるだけの大きさではない。

"なれば!"

エチレンは跳んだ。

ハードルを飛び越えるように体を横に伸ばし、ひねる。速度と回転を保ったまま開かれた窓から外の世界へ体を放り投げた。

二階からの落下、ただでは済まない。しかしエチレンの緻密な作戦によってその身は走行中の馬車の荷台、それも柔らかい荷物の上へと落ちた。

「朱雀、おはよー」

「おはようさん、またぶっ飛んだ乗り方だったな」

「ナイスコンビネーション!」

前から荷台に乗っていた青龍とキンケアに親指を立てた。二人との連携によってタイミングを合わせられた。

そのまま馬車は走り抜けてタテガミ亭から離れていく。

「じゃーなー!美味かったよ、ご馳走様でした!」

離れていくタテガミ亭へと叫んだ。

「ふざけんなこのクソガキ!いつかぶっ殺してやる!」

ガタガタと揺れる荷台にマットを敷き寝っ転がる。

キンケアも隣で同じように転がり青龍は荷台な骨組みを取り付けて上からカバーをした。ランプをつけて暖を取り寝っ転がった。

ぬくぬくと籠もる気温と隙間から入る冷たい風が心地よい。

「あ〜」

「しみるね〜」

「……」

エチレンが唱えてキンケアが続いた。

青龍は長い脚を邪魔そうにたたみ単語帳を開いた。

「しりとりしようぜ!水筒、たんたん」

「うずら、たんたん」

「……」

終わってしまったしりとり、そして少しの沈黙。

「青龍」

「なんだ」

「「語彙力、持ってなくない?うぉうを?」」

「……勉強してるんすけど」

この中で筆記試験を受けるのは青龍とキンケアだ。キンケアは基本余裕だ。エチレンは実技しかなく暇だ。

「てーれれーてーれーてーれーてててん!」

「てーれれーてーれーてーれーじゃっじゃーん!」

その道中、エチレンとキンケアは全力で青龍の邪魔をして、飽きると寝た。




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