第83話より、義の炎 〜劉備の誓い編〜
湊 マチ
第1話 大学の講義〜織田信長編〜
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東京大学文学部の広い講義室には、数百人の学生たちがぎっしりと詰めかけていた。教授台に立つ佐藤健一は、穏やかな笑みを浮かべながら、織田信長の生涯について情熱的に語っていた。
「織田信長、彼の名を知らぬ者はいないでしょう。戦国時代において、彼ほど革新的な政策を打ち出し、強力なリーダーシップを発揮した者はいません。」
スクリーンに映し出された信長の肖像画を指しながら、佐藤は学生たちの目を一つ一つ確認する。その目には、彼の話に引き込まれている様子がありありと見て取れた。
「信長の『楽市楽座』政策は、当時としては非常に斬新なもので、経済の自由化を促進し、市場経済の発展を後押ししました。そして、鉄砲隊の編成や西洋文化の受け入れなど、彼の先見性はまさに時代を超越していたのです。」
次のスライドには、信長が築いた城の図や戦略図が示される。佐藤はその一つ一つを丁寧に説明し、学生たちがノートを取る音が静かに響く。
「そして、忘れてはならないのが本能寺の変です。天正10年(1582年)、信長は明智光秀の謀反により命を落としました。この事件は、戦国時代の大きな転換点となり、豊臣秀吉の台頭へと繋がったのです。」
佐藤は教室を一望し、学生たちの真剣な眼差しを受けて満足感を覚える。彼の研究が、こうして若い世代に伝わり、彼らが歴史から学ぶ姿を見ることに大きな意義を感じていた。
「信長の死は、単なる個人の終焉ではなく、日本の歴史における重大なターニングポイントでした。彼の生涯とその業績から、私たちは多くのことを学ぶことができます。」
講義が終わると、学生たちは拍手を送りながら教室を後にする。佐藤はパソコンを閉じ、資料を片付けながら、次の講義の内容を頭の中で整理していた。
教室を出ると、廊下で同僚の教授たちと軽く挨拶を交わし、研究室へと向かう。研究室に入ると、デスクの上に積まれた書類と本の山が目に入る。佐藤はデスクに腰を下ろし、新しい歴史論文の執筆に取りかかる。
しかし、次第に頭が重くなり、視界がぼやけてくる。佐藤は手で額を押さえながら、深呼吸を試みるが、頭痛とめまいが増していく。不安を感じつつも、少し休もうと椅子に座り直す。
「今日は疲れてるのかな…。少し休めば良くなるだろう。」
佐藤は目を閉じ、深い呼吸を繰り返す。しかし、突然全身に強烈な倦怠感が襲い、意識が遠のいていく。最後に見たのは、デスクの上に置かれた信長の肖像画だった。
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佐藤健一の意識が薄れていく中、彼の周りの世界が次第に歪んでいった。まるで夢の中にいるかのように、彼の感覚は現実から徐々に切り離されていく。光と闇の境目が曖昧になり、体の重さがまるで雲の上を漂うかのように軽く感じられた。そして、何もかもが静まり返った瞬間、彼の視界に再び光が戻った。
しかし、その光景は見慣れた東京大学の研究室ではなかった。彼の目の前に広がっていたのは、畳とふすまで囲まれた和風の部屋。壁には日本刀が飾られ、外からは鳥のさえずりと人々のざわめきが微かに聞こえてくる。彼はゆっくりと体を起こし、自分が寝ていた場所を見つめた。それは質素な布団であり、彼の研究室の椅子とはまるで異なるものであった。
佐藤は立ち上がり、部屋の中を見渡す。そこで、ふすまが開き、侍のような装いをした男が現れた。その男は佐藤に対し、深々と頭を下げる。
「信長様、朝の支度が整いました。」
佐藤は一瞬、自分が何を聞かされているのか理解できなかった。しかし、その男の言葉と態度から、自分がただの佐藤健一ではないことを悟り始めた。彼はおそるおそる自分の姿を確認するため、部屋の隅にあった銅鏡に近づく。
鏡に映ったのは、佐藤健一の顔ではなく、歴史の教科書で何度も目にした、あの織田信長の顔だった。佐藤は驚きと混乱で息を飲んだ。どうして自分が信長の姿をしているのか、まるで理解できなかった。
「これは…一体…」
彼は混乱したまま口を開くが、言葉が出てこない。目の前の侍は佐藤の戸惑いを気に留めず、さらに話を続ける。
「信長様、本日は明智殿との会議がございます。お忘れなく。」
佐藤はその言葉を聞いて、血の気が引いた。明智光秀との会議――それは歴史の知識から察するに、本能寺の変が迫っていることを意味していた。自分が織田信長としてその場にいるということは、歴史上のあの悲劇的な瞬間がまさに目前に迫っているということを示していた。
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