第3話

 さて、よく考えよう。


 愛理はイケメン騎士団長にお姫様抱っこで運ばれながら、状況を整理した。イケメンなのは分かっているが見えないので照れる必要はない。それにすれ違うお城の使用人たちからはおばあちゃんを介護している騎士団長にしか見えないようで、皆微笑ましいものを見るような生暖かい視線を感じる。嫉妬の視線ビシビシではないので助かった。


 異世界に来たらおばあちゃんになりました!

 情報整理終了である。王子たちは「黒魔術がー!」と騒いでいたがそのあたりはどうなんだろうか、あれはどう見ても黒魔術師らしくない半裸のハリウッドスターみたいなお姉さんだった。


 一人で使うには広すぎるお部屋に案内されて「楽な服に着替えを」と促される。

 おばあちゃんになったのに服だけはスーツだった。夏だったからジャケットは着ていないもののおかしな感じだ。スーツを着ているおばあちゃんを見たことがないせいだろうか。


 腰が痛いので着替えを手伝ってもらいながら鏡を眺める。

 鏡の中には白髪で緋色の目をした老婆が立っていた。目の色と髪の色が違うだけでこんなに自分の印象が変わるのか。もちろん、年も取っているけど。でも、ほくろの位置は毎朝見ていた自分の顔と同じであるし……輪郭なんかも間違いなく加賀美愛理だ。


 異世界召喚で老婆にするなら、ついでに体型をいじってくれたらよかったのに。「若さの秘訣かい?」って言いそうなイケイケおばあちゃんにするとか。魔法学校の先生みたいなとんがり帽子の似合うおばあちゃんにするとかさ。今の愛理の姿は、とある超有名アニメーション映画の魔女が美魔女じゃなくなったバージョンだ。もうちょっと輪郭はすっきりしているけど、人が良さそうだ。


 肌触りの良いすとんとしたワンピースに着替え終わると、イケメン騎士団長ホームズじゃなかった、ホルムズときびきびした金髪ポニーテールの女性騎士が入って来る。


「彼女は副団長のレイラ・ワトスンだ」


 ワトスン、なんと女性だった件! でもちゃんと相棒!

 愛理はしばらく目を激しくパシパシさせて二人を交互に見た。いや、待てよ。これならまさかのホルムズとワトスンがくっつくという夢の小説が誕生するではないか。


 愛理の頭が若干邪な想像で占められていることなどつゆ知らず、ホルムズは国の内情を説明してくれた。


 どうも、この国、グレートバルディア王国というらしい。御大層な名前だ、もうちょっと短くしてほしい。

 

 この国では、というかこの異世界では黒魔術師たちが台頭してきているのだそうだ。聖女を召喚したら普通魔王がセットじゃない? 敵は黒魔術師なのか。捻りのきいた原作だな。この小説あったら読みたいんだけど。


 今は武力とその他魔法と魔道具で対抗しているが、黒魔術師に本当の意味で対抗できるのは白魔術師のみ。しかし、白魔術師たちは黒魔術師たちとの戦闘によってその数を減らし続けてきた。しかも私利私欲のために使えない魔術であるため、術者も元々少なかった。


 黒魔術は悪魔の力を借りて自分のために行使する邪悪な魔術だ。しかもやり方さえ分かれば誰でも悪魔を召喚できるらしい。近年では災害も多く、不安から一気に黒魔術は広まったのだという。もう黒魔術師がどこに潜んでいるか分からないレベルらしい。


 気持ちは分かる。愛理だって毎日ニュースを見ていたら、年取って年金もらえるか不安になる。それなのに物価は高騰、税金いっぱい取られる。やってられない。


 話が逸れた。


「白魔術師はいるにはいるのですが、ほとんど高齢で力も弱い。そのため、藁にもすがる思いで今回聖女召喚を行ったのです。伝承によれば、召喚される聖女様はどなたも圧倒的な魔力量を持つ白魔術師であったためです」


 なるほど、この国での聖女の定義は白魔術師ってところなのね。


「私、白魔術に関しては全く知らないんです。聖女じゃないかもしれない」


 あの半裸のハリウッドスターみたいな女性もおばあちゃんを狙ったはずって言ってたもんね。まさかの召喚ミスの可能性。


「聖女様は皆、緋色の目と髪をお持ちでした」


 私はさっと自分の髪を見る。見間違えようもない白髪。染めたのかというくらい綺麗な白髪だ。


「お年を召された聖女様の髪はそのようになったと聞いています。しかし、聖女様はどのお方も緋色の目をお持ちでした。アイリーン・アードラー様は間違いなく聖女様です」


 そうだった、愛理は詐欺や隷属を警戒して「アイリーン・アードラー」なんていうこっぱずかしい偽名を使ったのだ。


「召喚されたら元の世界には戻れません……しかし、図々しいお願いなのですが、我々に力をお貸しいただけないでしょうか。黒魔術師たちの組織はどんどん強大になり、黒魔術で国を支配しようとしているのです。今でも各地で黒魔術師による事件は起きています」


 おぉ、事件とは少しミステリーらしくなってきた。

 いや待って、ミステリーに聖女要らなくない?


「やはり、元の世界には帰れないんですね」

「元の世界から強制的に切り離してしまって大変申し訳ないのですが……どうか」


 ホルムズは悪くないのに謝ってくれる。こういう謝罪がなかったらそれはそれで考え物だ。謝って気遣ってくれるの大事。王子はそれどころじゃないみたいだったけど、丁寧な物腰だった。


 ひとまず、愛理の頭の中にあるのは「明日から仕事行かなくていいな」ということと「可燃ごみを今朝出しといて良かった」という二点であった。部屋が生ごみの腐った臭いするの嫌じゃない?


「でも私、本当に白魔術なんて使えないんですよ」


 元の世界でも聞いたことないけどな。白魔術ってまだあるのかな。


「伝承では聖女様は皆召喚されてすぐ白魔術を使えたとなっていましたので……そこはまた詳しい者に……」


 ホルムズ・ワトスンコンビからはこのくらいの話しか聞けなかった。

 一人になってから異世界の定番「ステータスオープン」を唱えてみる。これで画面が出たりするんでしょう?


 しかし、いくら待っても何も出ない。

 まさかのステータスオープンは使えなかった。まさかこの原作小説、ナビゲーションケチった?

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