碧雲物語 ~女のおれが霊法界の男子校に入ったら~

紅猫老君/富士見L文庫

第一章 始まりの時 ー1ー

──1──

 古代東方大陸、れいほうかい

 ようげんじゅうが住み、もうりょうばっするこの世界では、特殊な能力を持ち、法術を操るしゅうたちが活躍していた。


 彼らは派閥を作ってしゅうを興し、各地で領地を築いては、術の鍛錬と自家の繁栄にしのぎを削っていた。その数、大小千を超す。

 何世紀にも亘る血塗られた勢力争いが続いた後、五十年前に、ちょう家・家・こう家・そう家・家の五大術家によって、しゅうもん千家の統一が達成された。それが、この国「じゅん」の始まりである。

 豊かな自然と広大な領地に恵まれた絢は、国内に戦乱のざんを残しつつも、新たな国として繁栄の時をおうしていた。


 絢の中央に位置する、この国の首都はてんあんと呼ばれる。

 三方を山に囲まれ、一方に川を臨むこの京は、王家の大宮殿をいただく人口数十万人の大都市だ。


 碁盤の目に延びる華やかな通りを抜けて、郊外を北に少し進むと、緑青の屋根が連なる荘厳な学院が姿を現す。絢で一番の名声を誇る三年制の男子法術学校、「そうてんだんがくいん」だ。

 緑あふれる広々とした校内では、絢各地から厳しい試験を通って入学してきた十六歳から十八歳の術士見習いたちが、学を深め、術を磨き、交友を広げるために寮生活を行っていた。



 爽やかに晴れ上がった四月のある日のこと。新入生の入学式を控えて美しく飾られた学院のしき内を、一人の生徒が駆けていく。

 ほっそりとした体を真新しい白と水色の制服に包み、腰には金色の筆と白玉の匕首あいくちが光る。大きなすいいろの瞳は太陽の光を受けてさんぜんと輝き、白い頬は上気して、つやつやとした唇から荒い吐息がこぼれる。その人物が大きく腕を振って、つま先が反り上がった靴で力強く地面を蹴るたび、頭の高い位置でキュッと結ばれた漆黒の髪がサラサラと宙に踊った。


「ここだ……!」


 その生徒は、「蒼天男士学院 白虎組学生寮」と書かれた門の前で立ち止まった。門の先には、緑青の屋根に雄々しい虎の像を載せた二階建ての建物がそびえている。その生徒は、肩で大きく息をしながら、門に掲げられたへんがくを見上げて、うれしそうに口角をあげた。

 そして門を潜って建物の脇に回り込むと、側に立っていた満開の桃の大木の枝にひょいと飛び乗り、小猿の様にスルスルと登り始めた。


「……ランにい! 嵐兄! ねぇってば! えんらん!」


 名前を呼ばれ、白虎寮の二階の自室で式典参加の準備をしていた短髪長身の青年は、男らしいキリリとした眉をあげて窓の方を振り向いた。そこにありえない人物の姿を見て、思わず腰を抜かしそうになる。


へきりんしん……!? うそだろ……!?」


 窓の外に揺れる桃の木の上に、金の筆を腰に下げた一人の生徒が立っている。「碧凛心」と呼ばれた翡翠色の瞳の生徒は、ひらりと枝から部屋の中へ飛び移ると、嬉しそうな顔をして焔嵐に抱きついた。緑のくみひもで一つにまとめ上げられた長い黒髪が、子犬の尻尾のように揺れる。


「嵐兄、久しぶり! おれがいなくて寂しくなかった?」


 ぎゅうっと力を込めて抱きしめられ、焔嵐の浅黒い頬にサッと朱が上る。


「凛心……! ど、どうしてお前がここにいるんだ?」

「どうしてって、この学院の生徒だからに決まってるだろ?」

「生徒だって!? 馬鹿言うな、お前が入学できるはずがないだろうが!」


 焔嵐の言葉に、凛心は気分を害したように唇をとがらせた。


「もう、嵐兄ってば。いくらおれが嵐兄の師弟だからって、人の能力をみくびるようなこと言わないでよ。おれ、いちおう状元(主席合格者)だぞ」

「い、いや、能力がどうとかいう問題じゃないだろ!」


 焔嵐は強く頭を振ると、凛心の体をガバッと引き離した。その顔を幽霊でも見たかのようにまじまじと見つめる。



「ここは男子校だぞ! そしてお前は……お前は……女じゃないか!!」



 大きな声で発せられた言葉に、凛心は慌てて焔嵐の口を塞いだ。

 そして窓の外を見渡して誰も聞いていないことを確かめると、懐から春の空のように美しい青色の封筒を取り出し、事のてんまつを語り始めた。

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