第4話 : 舞台探訪 [4]
およそ半時間、彼の尻を見ながら必死に走り回っていた。 息切れして止まりたい気持ちもあるが、少しでも足を緩めると彼は視界から消えてしまい、捕まえる機会が二度とないかもしれない。
相手が走るのが速いのか、それとも距離がかなり開いているせいなのか分からないが、追いつけない。からかうように逃げながら目の前でちらつく様子が、ただただいらいらさせるだけだ。
すぐに信号機が見える。揺れる視界に入るのは、今にも変わりそうな緑色の点滅する光だ。
大変だ。今渡らなければ彼を逃してしまう。
弘はスリが横断歩道を渡るのを見て歯を食いしばって走るが、彼が到達する数秒前に赤信号が点灯する。スリが通りの向こう側の路地に入るのをじっと見ているしかない。 切羽詰まった気持ちでその場で足をバタバタさせる。道路を行き来する自動車に遮られるのが情けない。できれば、空を飛んででも行きたいと思う。
信号が変わるやいなや素早く道を渡って路地に行ってみたが、すでに彼の姿は消えていた。
無駄な苦労をしたという思いで力が抜ける。仕方なく祐希のところに戻ろうとしたが、足の力が抜けてその場にどっかり座り込んでしまう。
「はぁ… 大変だな。横浜でスリに遭うとは。小説では主人公がスリに遭って泥棒と競走する内容はなかったのに。」
虚しい心を少しでも慰めようとしきりに嘆いても、何も変わらなかった。膝にできた傷と同じくらい苦い現実を自分自身ではっきりと認識するだけだ。
くらくらして揺れる弘の視界に、祐希が急いで走ってくる姿が見えた。
「えっと…どうして分かったんですか?」
「ずっと待っていたのに来ないから、公園を通りすがりの人たちに聞いてみたんだ。すると、足を引きずりながらこっちに急いで走っている男を見たという人が何人かいた。ただ、不吉な予感がして。それが君のような気がしてね。」
祐希は真っ赤な顔に汗まみれになった弘を見て、緊迫した声で尋ねる。
「それが…大変です。スリに遭いました。」
まだ心臓がドキドキして落ち着かず、まともに話せない。ただ息を切らしているだけだ。
「スリ?どうなったの?捕まえたの?」
「いいえ。捕まえようとしましたが、信号が変わって逃げられました。幸運の女神が私の味方になってくれなかったようです。」
いざ切実に望む時には何の知らせもなかったが、全て終わった後に来て大騒ぎする。
「とりあえず警察署に連絡してください。詳しい話は後でします。」
弘は祐希に電話を渡す。言いたいことは多いが、何もまともに言えない。
「ああ、わかった。」
祐希は電話を受け取り、警察署に連絡する。
「実は、警察を呼ぼうと思ったんですが、電話に出なかったんです。」
「それが…私が電話の電源を切っておいた。本当にごめん。」
「いいえ、それでは仕方ありません。実は、あの時警察を呼んでも逃してしまったと思います。先輩のせいにしたからといって解決できる問題でもありません。」
「ところで…どこか痛いの? ずっと足を引きずっていたようだけど。」
「実は、スリに押されて転んだんですよ。膝が痛くてまともに歩くのが大変なんです。」
「そう?一度見てみよう。」
祐希が弘のズボンをそっとまくり上げ、膝を見て眉をひそめる。
「これ、結構痛そうだけど…」
その瞬間、祐希は弘がスリにあったことを警察に通報する。
二人は近くのベンチに座り、しばらく待つことにする。
やがて、警察が到着する。
「こんにちは。」
「こんにちは。スリに遭ったとのことを聞いてきました。詳しい状況とスリ犯の特徴を教えていただけますか?」
「はい。」
弘は簡単に答えた後、事件の経緯やスリ犯の特徴を詳しく説明する。
「はい、ありがとうございます。断言はできませんが、最善を尽くします。」
「はい、よろしくお願いします。」
「ところで、どこか怪我はありませんか?」
「大丈夫です。転んで膝を少し怪我しただけです。」
「それでは、一応交番に行ってみてはどうですか?救急セットがあるはずです。」
「それが…そこまで行くのは少し遠くて面倒なので、大丈夫です。」
「本当に大丈夫ですか?」
「はい。ただ流水で一度洗って、近くの薬局で軟膏を買って塗ればいいと思います。」
「はい…本当にそうならいいですが。」
「それよりも、スリをしっかり捕まえてほしいです。」
「もしかして、その中に重要なものが入っていましたか?」
「それが…」
弘が何と答えたらいいか分からず戸惑っていると、祐希が口を開く。
「実は、特に重要なものはありませんでした。現金が少し入っていただけですが、彼には一番の収穫物だったでしょう。」
お金を何銭も失ったのはそれなりに済ますことができるが、楽しい気持ちで旅行に来て、このようにスリに遭って怪我をし、時間も浪費したという事実に心乱され、気分を癒す方法がない。
「残念だけど、今できることは信じて任せるしかないと思う。私たちも旅行に来ている立場なのに、大切な時間をスリを捕まえるのに浪費するわけにはいかない。」
祐希もやはり弘の気持ちが分かるので、今すぐ言えることは残った時間を楽しもうということしかない。
「とても悔しくて気になるのは当然ですが、信じて任せていただきたいです。ここに来た目的があると思いますので、その目的に忠実でいてください。旅行をできるだけ楽しんでください。」
「はい、分かりました。」
弘はどうしようもない気持ちでそれを受け入れる。
「そうだね。私たちはスリを捕まえに来たわけではないから。」
祐希も罪悪感と申し訳ない気持ちを抱えたまま、暗い表情をしている弘を慰めようとする。
「そうです、私も実はそう思います。ひとまず、同じような事件が近くで再発したり、スリが捕まったりした場合は連絡します。」
警察官がその場を離れたところ、近くを散歩している栞奈と偶然出会う。
失礼します。少しお時間をいただけますか?
「え?」
栞奈は首をかしげて尋ねる。
「この辺でスリ事件が発生しました。」
「スリですか?」
「はい。怪しい人を見かけたことはありますか?」
「いいえ、そんなことはなかったと思います。実は私もちょうどここに着いたところです。」
「そうですか。それでも、気をつけたほうがいいと思います。もし近くで怪しい人を見かけたら、ぜひ連絡してください。」
「はい、分かりました。」
「それでは、ご協力ありがとうございます。」
彼女は短い言葉を残して立ち去る相手をしばらく見つめ、訳もなく自分も同じ目に遭うのではないかと不安になる。
一方、みなとみらいにいる結城と弘もスリ事件の影響が心に残っているが、潮風を浴びながら気持ちを静めようと努めている。
「とりあえず宿に戻ったほうがいいと思います。お金が必要なので、私の財布を取りに行かなければなりません。スリに遭って、事がこじれてしまいました。」
「そうだね。」
「本当にごめんなさい。私のせいです。」
「いや、大丈夫。仕方なかったよ。このようになるとは誰も思わなかった。」
「はい…」
結局、二人は宿舎に戻り、弘の財布を取りに行く。祐希は今日だけで三回目の訪問だ。
「財布はちゃんと持ってきた?」
「はい。」
「これからどこに行こうか?」
「それが…少し悩んでいます。元々、新横浜にあるラーメン博物館に行こうと考えていたのですが、あきらめなければならないようです。 日程がかなりずれてしまいましたし、気分もあまり良くなさそうです。たとえ行っても、夕方の花火大会に間に合うようにみなとみらいに戻るには、予定していた場所をゆっくり見回ることもできないでしょう。焦って時間に追われるくらいなら、いっそ行かないほうがいいと思います。遠くまで行き来する時間がもったいないです。もう十分に浪費しましたし、楽しむことができずに物足りなさだけが残るのは明らかです。」
「じゃあ、どこに行こうか?」
「チャイナタウンはいかがですか?みなとみらいから特に遠くもないし、花火大会が始まる前に全部見回せると思います。」
「そうですね、そうしましょう。」
結局、計画を変更することに決める。
二人の決定は交錯し、お互いに会うことはまた避けられているようだ。
一方、栞奈はラーメン博物館に到着する。あらゆるラーメンの香りが栞奈の空腹を刺激する。夕焼け色の灯りが照らす昔の街並みが印象的だ。訪問客の騒がしい雰囲気も、この懐かしい風景にぴったりだ。ざわめく群衆に混じりながら街を少し見回し、あるラーメン屋に入る。メニューを開いて、すぐに店員を呼ぶ。
「はい、何になさいますか?」
店員は注文を取りに栞奈に近づいてくる。
「ここで一番辛いラーメンはどれですか?」
メニューの写真を一つずつ目を通してめくる。
「これです。」
店員は七味たっぷりのラーメンを指さす。
「はい、それをください。」
店内をきょろきょろして、しばらくするとラーメンが出てくる。 清潔な器に麺が盛られており、汁が器の半分以上浸かっている。 もやし、チャーシュー、卵のようなものが山積みになっているのを見ると、口に唾が自然に溜まる。 器に顔を近づけてモヤモヤする湯気を大きく吸い込むと、強烈な七味のにおいが鼻先を刺してはジーンとする。 これが思い出の香りなのか懐かしさに涙がにじむ。 汁を一口すくって飲む。 やはり辛さが舌を刺激しながら食欲をそそる。 チャーシューと一緒に麺を一口大きくすくって口の中に押し込む。 ひりひりするが、どうしても麺をすくい上げる箸の使い方を止めることはできない。
一方、結城と博は日が暮れようとした頃、ラーメン通りとは全く違う雰囲気の場所に到着する。 新横浜からかなり離れた極めてエキゾチックな感じがする街である。 華やかな中国風の建物が目を引くと、まさにチャイナタウンだということが実感できる。
道をたどって関帝廟に到着する。 官友を祀ったところだという。 色とりどりの瓦で見事に飾られた正門を通ると、祠堂が歓迎してくれる。 祠堂に小さな香炉の前ですでに多くの人が目を閉じて手を合わせたまま願い事をしている。
「ここで願い事をすればいいんですか?」
サンタや信じる幼い子供でもなく、この年を取ってこういう迷信に従うというのがバカな気もするが、他の人のように自分も何かしなければならないようだ。 こうしたからといって実現するわけではないが、一種の群衆心理のようだ。 訳もなく真剣に願い事をする雰囲気にプレッシャーを感じ、ゆっくりと近づいていく。 きょろきょろしてばかりいるのがぎこちないだけだ。
「何の願いを祈るの?」
ぐずぐずしている弘にまず祐希が言い出す。
「それは一つだけじゃないですか?」
弘もやはり財布を取り戻したい気持ちだ。 訳もなくこのようなことが恥ずかしくては、努めてより堂々と香炉に近づく。 切実な祈りが財運を呼ぶという。 考えてみれば、ここまで来て敢えてやってみない理由がない。 数分余りの間祈るだけで、特別な代価を払う必要もないので、駄目で元元。
「そのスリを捕まえること?」
「言えば願いが叶わないそうです。」
弘は他の人がするように自分も目をぎゅっと閉じて両手を合わせる。 弘はこれが自分の財布ではなく祐希の財布だからもっと切実になる。
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