第3話:ハンター
「大バカ者!」
ウストニュウエル・ニシアライ署中にチュージョー署長の怒号が響き渡る。
チュージョー署長はマギテラのゴブリン族出身だが、地道な捜査でコツコツと今の地位を築き上げたノンキャリアの努力家だ。
「いつもいつも勝手に突っ走っては町を破壊していくなど、お前は巨人族かドラゴン族か? いくら業務委託のバウンティハンターだと言っても、限度と言うものがあるだろうが!」
「し、始末書ならいつでも書きますよ、チュージョー署長」
「スピード違反の運転手を殴った件の始末書がまだ出ておらん!」
「しまった」
シーナは思わず舌を出して苦笑いする。
「よ、よく覚えていましたね、署長」
「わしをなめるなよ、シーナ! ああ、こんな恥さらしを輸出することになるとは……署の面目が丸つぶれにならなければいいが……ううう、アイズ君お茶、お茶をくれ……」
チュージョー署長の愚痴をそこまで聞いて、シーナは違和感をおぼえる。
「……? 輸出? 面目? 何の話ですか、署長?」
「転属だ」
「転属? 誰が?」
「お前だ」
「あ、あたし? あたしがですか? あたし、バウンティハンターですよ? 警官じゃないんですけど?」
「業務委託中は契約先の警察署の警官と同じ扱いだ。これが辞令だ」
署長は机の上に辞令書を叩きつける。シーナは思わず書類を手に取って目を通す。
「本庁?」
「そうだ、本庁だぞ! 本庁! こんな破壊神みたいなやつを転属などと、本庁は一体何を考えているのか……ううう、胃が、胃が痛い……いいか! 五月一日を以って、シーナ警部補(仮)に第十三魔法機動捜査班への異動を命じる! なお、この署内で起こした不祥事の始末書は、移動前にすべて提出しろ! これは絶対命令だ、解ったな! シーナ警部補(仮)!」
「えええええええ」
今度はシーナの泣き言が署内に響き渡った。
◇
その晩、シーナの送別会が開かれた。思った以上の署員と住民が参加し、ウストニュウエル・ニシアライの居酒屋は大いに盛り上がった。
「シーナさぁぁぁん、本庁行っても忘れないでくださいねぇぇぇ」
後輩の魔女たちが飲んだ勢いでからんでくるのをいなしながら、シーナは地球のオレンジジュースをグラスからグイッと飲み干す。
「マギテラの果実も良いけど、この〝おれんじ〟というのも最高ですね、隊長」
「それを言うなら、この〝にほんしゅ〟ってのも最高だぞ。しかも〝こんぴゅーたー〟っていうのか? それが使えなくなったこの世界じゃあ、ただでさえ難しい品質管理がもっと難しくなって、高い酒になっちまったらしいがな」
シーナは一升瓶からリドゲッタのグラスに、下の升にこぼれるほど酒を注ぎながらつぶやく。
「第十三魔法機動捜査班……聞かない部署ですね」
「なんでも、優秀な魔女を集めた部署だそうだ」
「魔女を集めた?」
「この世界じゃ車やバイクより、魔女のほうきの方が早く現場に到着できる。しかも車やバイクは貴重品だ」
「あたしたちのほうきだって、年を経た霊樹がないと簡単には作れないんですけどね」
「車やバイクよりはまだ手に入る」
「それ言われたら思い出した! そんな貴重なバイクを犯罪に使う〝銀弾〟! ホント頭に来るんですよね!」
「奴は何かがおかしい……かかわるなら覚悟しておけよ、シーナ」
「了解です、隊長」
グラスを上げて礼を言うシーナの耳に、悲鳴にも似た嘆きが聞こえた。
「うおおおおおん!」
シーナが驚いて見ると、署長が号泣している。
「ウチのシーナが、ウチのシーナが本庁に盗られたぁぁぁぁぁ!」
「署長……」
思わず感動するシーナだったが、続いて出た言葉に唖然とした。
「ノルマが! 交通取り締まりのノルマが達成できないぃぃぃぃぃ! うおおおおおん!」
「それが本音かい!」
怒涛の宴会は朝まで続いた。
◇
ウストニュウエル・ニシアライの朝は早い。
惑星合体後、地形が変化し、外環自動車道の周りを取り囲むように土地が隆起、江戸川から環七辺りまでは〝アウターリング〟と呼ばれる首都〝エスサァリイ・トウキョウ〟への他の地域からの侵入を阻む城壁の一部と化した。
各地方自治体の農林水産業の生産品の販売が重要な産業になったこの時代、正規で流通する食物には高い関税が掛けられ、庶民の口には入り難いものになってしまった。
しかし、どんな世界にも裏道はある。〝ロードランナー〟と呼ばれる運び屋が各州の検問を突破し、違法な闇取引が行われていた。〝アウターリング〟周辺は外界と〝セントラル〟との境界にあたる為、その闇取引が頻繁に行われている地域である。
ここウストニュウエル・ニシアライ・テンプルの参道は、朝早くからそんな各地方から持ち込まれた食材の闇市が立ち、盛大に賑わっていた。
「シーナ、転勤しちまうんだって?」
「おい、本当かよシーナ?」
闇市の連中が気さくに声を掛ける。
「ああ、世話になったな」
法を守る警官としては本来闇市などもっての外であろうが、地域住民には大事な生活の場である。自分の管轄外でもあったが、シーナや他の警官たちも闇市には不可侵を貫いた。
ウストニュウエル・ニシアライ・テンプルはもともと地球に在ったお寺と、同じ位置にあったマギテラのウストニュウエル大聖堂が奇跡的に隣り合って顕現し、双方の信者を集めることによって一大宗教施設と化していた。
もともとウストニュウエル大聖堂に来ていたシーナは地球の寺院の雰囲気も気に入って、ウストニュウエル聖堂で祝福を受け、ニシアライ大師でお参りをする。
「どうかこの地の人々に、平穏な日々が続きますように」
シーナは5マギ円を賽銭箱に納め、静かに手を合わせると踵を返した。
◇
荒川を望む川岸にある、ウストニュウエル・ニシアライ・サウサンジュ高校。種々雑多な人種や種族、生物が通う高校の一室で、シーナは机に突っ伏して眠りこけていた。
惑星融合後、学校という概念が無かったマギテラの住人達に対し、地球側は学校を開放した。だが、融合後能力が限定されたとは云え、人間に比してはるかに寿命に長いマギテラの住人を通常の学生のように一律に十二歳まで小学生・十五歳まで中学生・高校生・大学と当て嵌めることは難しかった。
そこで学校に通いたいと思ったマギテラの住民は、何歳であろうと小学生から始まることになった。例え二百歳を超える魔女であろうと、六百歳を超えるドラゴンであろうと、学校に通いたいと思ったら小学校一年生からのスタートとなったのである。
その代わりに学校に通うようになったマギテラの住民は住んでいる地域の地球の法律に従って、酒・たばこ・風俗などは取り締まりを受けることになる。つまり卒業するまでは禁酒・禁煙・禁風俗を強いられるのである。
それを嫌がるマギテラの住民も多かったが、新しい文化や教育に出会った多くのマギテラの住民たちが学校卒業後、多くの新しい学問や文化・芸術を生み出していくことになる。
「起きなよシーナ、ブシ・警視庁、行くんでしょ?」
「う、うん?」
マギ二年M組教室で眠りこけていたシーナは、ウェイクアップコールに目をこすりながら反応する。
「……あ、お早う麗羅。何もう授業終わり?」
「『もう終わり?』じゃないわよ、もう四時間目が終わったの。今日ほとんど寝てたじゃない、先生たち呆れて起こしもしないよ」
シーナの机の横に立つのは同級生の塩崎麗羅である。綺麗に切りそろえたセミロングに、少しウェーブを掛けた前髪と、上品ながらも人懐っこい笑顔がトレードマークで男子生徒の憧れの的だ。
何といっても〝ミスコン荒らし〟と呼ばれるほどの美女であり、賞金の高いミスコンには必ず参加して優勝し、賞金をもぎ取っている。
「……面目ない、帰ってきたら謝りに行く」
シーナは机に掛けてあったカバンを持ち上げ、教室を出て行く。
「あ、待ってよ」
麗羅が後に続いた。周囲の男子が、麗羅を憧れのまなざしで見つめるのが判る。クール・アンド・ビューティの美女二人が、人ごみを聖書の預言者のごとく割って進んでゆく。
「何でそんなに疲れてるの?」
校舎の正面玄関に向かう階段の途中で、麗羅が尋ねてきた。
「本庁に栄転って云う事で、きのうの夜、署の連中が送別会をしてくれたんだけど、誰かが面白半分でオレにドクターポッパーを飲ましやがったんだ!」
「それ、一大事じゃない! 酔っぱらっちゃったでしょ!」
そう、地球の一部の飲み物は、例えアルコールが入ってなくともマギテラの住人にとって酒と同じ効果があるのだ。
「ほうき隊の連中は泣き喚くわ、チュージョー署長の説教は始まるわ、隊長は面白がってドクターポッパーを飲ませようとするわで、駅前の居酒屋は大混乱だったよ。また出禁にならなきゃいいけど……」
麗羅は呆れた顔ながらも、クスクス笑う。
「大丈夫でしょ。この辺の人たちには日常茶飯事よ」
「ならいいけどなぁ」
下駄箱に到達したシーナは上履きから黒のローファーに履き替え校舎の外に出ようとした時、嬌声が聞こえた。
「きゃあああああ、恵瑠様!」
「恵瑠さま!」
肩より長い黒髪を何かの紋様の付いたヘアピンで留め、高貴な中に何か異様な雰囲気のオーラを醸し出す一人の女子高生が、十人ほどの配下らしい生徒を従え、数十人の取り巻きを引き連れて正面玄関から校内に入って来た。
シーナと麗羅は横を通り過ぎていく集団を見つめる。
「流通大手=流鬼富のお嬢様、
「セントラルのキーオー女子高等学校と二重在籍しているんだとよ。こっちには〝影〟=分身が登校しているらしいぜ」
麗羅の怪訝そうな呟きに、シーナはうんざりした様に返した。
「よく知ってるね、シーナ。何だ、隠れファン?」
「ちげーよ、アイツはムシが好かねえ」
「えっ? そうなの?」
シーナは麗羅の問いに応えず、スタスタと校舎外に向かう。
「待ってよ、シーナ」
麗羅は慌てて追いすがる。校舎の外に出たシーナは呪文を短く詠唱しほうきを取り出すと、宙に浮かせてまたがる。
「じゃあな麗羅。当分、登校が不安定になるかも」
「正義の味方はつらいわね」
「正義の味方は、内履きで校外に出ることを許さないのだ」
「あ」
麗羅が下を向いた瞬間、シーナは魔法力を全開にしてほうきを発進させる。膨れ上がった魔法力の衝撃波で、麗羅の短いスカートがめくれあがった。
「きゃあ!」
麗羅は慌ててスカートを抑えるが、周囲の男子学生から「おお~」と歓声が上がる。
「麗羅、そんな派手なの履いてると、素行が疑われるぜ!」
「うるせー! 馬鹿シーナ、逮捕されちまえ!」
捨てゼリフを吐いてカッ飛んで行くシーナに、麗羅は悪態で返す。そんな二人を、足を止めた流鬼富・恵瑠・ミストラルが鋭い眼差しで見つめていた。
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