第2話:ザ・クラッカー
AD(アシスタント・ディレクター)の掛け声とともに、カメラが記録を開始した。
カメラと言ってもそれは機械ではなく、巨大な目玉を持った使い魔が自在に動く台車に載せられ、それを人間が動かすのだ。使い魔の後頭部にはいくつものケーブルが接続されたヘルメットが装着されて、視覚した風景を映像信号に変換して編集室に送られるようになっている。
編集室では袖を縛ったカーディガンを肩に掛けた人間のディレクターやゴブリンのエディターが、真剣な表情でスタジオ内を見守っている。
「皆さまこんにちわ。MGTBS、〝お昼でもいいとも!〟 司会のフィルミド・ルーツリーです。マギテラ・地球、双方の世界の皆さん、惑星合体後の世界には慣れましたか? 私は昨日。まだ交換していなかったマギ硬貨を出して、お店の御主人に変な顔をされちゃいました」
カチッとしたスーツに身を包んだエルフが、〝テヘッ〟といった表情をして舌を出した。
「今から約一年前、私たちの惑星マギ・レノグラス・テラと地球は、尽きかけていた生命体としての惑星の活動を一新するため合体しました」
ルーツリーの後ろに手書きのボードが移動して来る。二つの天体と、間に矢印が行き来するかのように描かれている。
「その結果、われわれマギ・レノグラス・テラ……通称マギテラの住民は魔法力やその能力が大幅に低下し、また地球ではICを使った電子制御機器の使用が出来なくなるといった、大きな変化がもたらされました。今日は合体によって生み出された新しい世界と、それに伴う問題点を歴史学者の刈谷先生にお尋ねします。刈谷先生、こんにちは。既に惑星の合体から1年以上が経過しているのですが、世界はまだ混沌としているように見えます。その原因はどこにあるのでしょうか?」
古めかしい黒ブチ眼鏡を掛けて、頭の真ん中だけが禿げ上がった小太りの評論家が、もっさりとした動きで体を起こすと、咥えていたパイプを手に持って話し始めた。
「……そうやね、なんでこんな変化が起こったかいうんやと、やはり惑星の合体によってある種の『均質化』と言える力が働いたため、と言えるやろね」
「均質化……ですか?」
「そうや。マギテラの人たちが元の力を持ったままやと、ヒトの世界は簡単に駆逐されてしまう。高度に電子化が進んだ世界ではマギテラの人たちが馴染めない……そやからお互いに歩み寄れる世界を作れるように、均質化が図られたんと違うんかな。今はまだ混乱しとるけど、じきに落ち着くと思うわ。現にルーツリーさんのように、地球側の文化に順応してまう人……あ、ちゃうか、エルフもおるしな。だけど、最終的にどんな世界になるかはよう判らん。だがまあ今のところは確かに混乱しとるわな。経済取引は現金が中心に逆戻りしてもうたさかい、犯罪も暴力中心に前時代化してしまったんやからな」
刈谷氏がそこまで言ったとたん、スタジオ内がざわつき、アシスタント・ディレクターがアナウンサーのエルフに慌ただしくメモを届ける。
「お話の途中ですが、今ニュースが入りました。ウストニュウェル・ニシアライの信用金庫で強盗がありました! 犯人はあの〝銀弾〟のようです!」
◇
ズガァァァァァン!
ど派手な音を響かせて信用金庫の入り口が破壊され、一台の大型バイクが銀行内に侵入してきた。
バイクと言っても、正面にライトがあってタイヤが二本、横に飛び出したハンドルのおかげでバイクと判るが、本体は滑らかな銀色のカウル(外装)に覆われて、どこのメーカーのバイクなのか見当もつかない。
轟く排気音が重く低いため、750cc以上の大排気量のバイクではないかと推測出来るだけだ。乗っているライダーも、バイク本体と繋がったような銀色のプロテクターに覆われている。
ドウゥン!
ライダーが取り出した散弾銃を天井に向けて発砲した。
「ミンナ、ウゴクナ! ゴウトウダ!」
どこから声を出しているのかハッキリしない、機械のような声が響く。ライダーは持っていたスポーツバッグをカウンターの女子行員に放り投げる。
「コノフクロニ、ウケツケニアルカネ、ゼンブイレロ」
女子行員が唖然としていると、ライダーは散弾銃を向けた。
「シニタイカ?」
黒々としたバカデカい銃口を見て、受付の女子行員たちは争う様に目の前の袋に現金を詰め込む。その時、構内に機械的なベルの音が鳴り響く、誰かが非常ベルのボタンを押したのだ。
「イソゲ!」
遠くから警察のサイレンの音が響くころ、女子行員たちはあるだけの札束をバッグに詰め込み終えた。
「ナゲロ!」
女子行員のひとりがライダーに懸命に「エイッ!」とバッグを投げるが、あまりに重いのでバッグはドスンとライダーの手前1メートルに落ちた。ライダーはショットガンを放し脇にぶら下げ、つま先でギアを一速に入れてハデなスキル音を響かせてターンを決めるとバイクをバッグに寄せる。乗ったままバッグを拾って背負う。
キュキュキュキュキュ!
タイヤをリノウムの床に押し付けるように急加速し、ライダーはバイクを発車させた。
「うわわわ!」
「きゃああああ!」
信用金庫の入り口に押しかけた野次馬たちを蹴散らすようにして、〝銀弾〟は逃走に移った。
◇
惑星合体に拠って、IC機器が使用不可能になったため動かなくなった自動車たちが、路上に多数放置されている。それらの横を、多くの馬車や牛車・魔法のほうきや乗り合いじゅうたんに混じって数少ない車やバイクが埋もれて走る……エスサァリイ・トウキョウ=旧名・東京の街の見慣れた光景だ。
ピィッピピピ!
街の喧騒を遮って笛の音が轟く。
「そこのポルシェ! 左に寄りなさい!」
白いポルシェカレラが車体を路肩に寄せた。
「あーあ、ツいてないよなぁ」
いかにも金持ちのボンボン風の運転手が嘆く。バックミラーを見ると、後ろで白いとんがり帽子を被り、交通警官の制服に白いマントを羽織った、いかにもな魔女が荷車を引いた牛鬼を取り調べている。
「魔女……白ほうき隊か……」
惑星合体後の魔力の半減した世界において魔法力の小さい魔女は、ほうきを高く速く飛ばせることが出来ない。しかし車やバイクの性能には匹敵するため、多くの魔女が地球の多くの交通の担い手になっている。そして一部の魔女はその才覚を活かし警官になった――それも交通警官に、である。
「うん?」
ポルシェの運転手がガッカリしていると、見慣れないものが目に入る。
とんがり帽子ではなく白バイ警官用白ヘルメットを被った魔女が、魔力で赤いライトを点滅させた白いほうきから降りて近付いてくる。
ほうきにはバイクのハンドルやヘッドライトが装備され、まるで白バイのようなほうきに見える。
よく眺めると、どうも普通の白ほうき隊ではない。女子高生の制服を着て、白バイ隊の制服の上着は腰に縛り付けてある。暑いのか、ブラウスの袖をくしゃくしゃにまくり上げ、襟もとのボタンも外しっぱなしで、リボンタイはだらしなく緩められたままだ。足元は白バイ警官の白いライダーブーツではなく、黒いコンバットブーツを無造作に突っ込んだように見える。
魔女が運転手側のドアの横に立ち、『窓ガラスを下げろ』と合図をする。運転手はハンドルをグルグル回して窓を全開にする。
「いったい、ボクが何をしたっていうの、魔女のおまわりさん?」
「通行禁止区分違反です。そこの信号の下、黄色い車線に気付きませんでしたか?」
魔女はそう言ってサングラスを外す。全く抑揚がない声を聞いて、どんな女かと思って運転手は見上げて息を呑んだ。
見た目は人間の年齢で十七から十八歳といったところか。しかしその若さにあふれる見た目に似合わないキリッとしたまなざしに端正な顔立ち、ナチュラルメイクでも引き立つその表情はジャガーやピューマのような大型のネコ科のハンターが、そのまま女性になったようだ。
「……キミ、可愛いね。ねえ、仕事なんて放りだして遊びに行かない?」
魔女は運転手の言葉に耳も貸さず、何かの魔術紋章が記された手袋をした手で反則切符に必要事項を記入すると、運転者に突きつけた。
「本日から一週間以内に、最寄りの警察署の会計で反則金を納付してください。納付したことが確認出来ない場合、裁判になることがありますので注意してください」
「……階級章がないね、キミ。バウンティハンター(賞金稼ぎ)?」
「バウンティハンターでも、委託されれば行政執行権はあります。素直に従った方が身のためですよ」
魔女は反則切符を運転手に渡すが、運転手はぞんざいにそれを助手席に投げ捨てる。魔女のオデコには『ブチッ』という聞こえない音と共に血管が浮かび上がるが、運転手は気が付かないようだ。
「ねえキミ、そんなほうきよりもさあ、ボクの……」
運転手がそこまで言った瞬間、遮るように魔女が口を開く。
「ポルシェカレラ1964年製。2リッター空冷水平対向エンジン搭載、リア駆動リアエンジン。地球の文化が誇る傑作です。ハッキリ言ってあなたのようなエンジンの吹かし方も知らないボンクラにはもったいない逸品です。さっさと手放して、犬にでも乗ってください」
運転手はしばらく唖然としていたが、ハッとして我を取り戻すと声を荒げる。
「魔女のバウンティハンターふぜいが、偉そうに言うな! ボクのパパは合同政府の役人だぞ? お前のクビなんか……」
「きゃああああ!」
運転手の声は突然響いた悲鳴に遮られた。ポルシェの前で同じように違反を咎められていた牛鬼が、短気を起こして暴れはじめたのだ。
「お・落ち付いてください!」
「オデがなにしたっていうだ! 線を少し跨いだだけでねえか!」
違反を説明している別の魔女の手には負えそうにないほど、息を荒げる牛鬼のしっぽがポルシェのフロントバンパーをかすめ、ものすごーくほんのちょっと傷をつけた。それを見た魔女はポルシェから離れると、つかつかと牛鬼に近寄り後ろから小突く。
「ああ? なんだ、おめえは?」
牛鬼が振り向いたその瞬間、魔女の強大な魔法力が乗ったパンチが牛鬼の腹部に炸裂した。衝撃で牛鬼はカッと目を見開いたままだらしなくよだれを流して動きを止める。
「貴重なポルシェにキズが付いちまっただろうが!」
魔女がそう言い放って拳を引くと、牛鬼はだらしなく地に伏した。魔女の有無も言わさぬ一撃に周囲は凍りついていたが、一本のテレパシー無線がその静寂を破った。
「ウストニュウェル・ニシアライの信用金庫で銀行強盗発生! 最寄りの各移動は至急現場へ向かってください!」
「ほうき101号、了解しました!」
魔女は自分のほうきに素早くまたがると、矢のように飛び出していった。
「な、何だ! あの魔女……」
「良かったですねぇ、運転手さん」
もう一人の魔女がポルシェのドライバーに話しかける。
「? な・なんで?」
「あそこで牛鬼が暴れなかったら、あなたがあの牛鬼と同じ目に遭っていましたよ。先輩は惑星合体後の貴重な自動車を、ぞんざいに扱う人を許しませんから」
自分だったら数メートルはぶっ飛んでいただろうパンチを目の当たりにした運転者は、恐怖に凍りついた。
「ま、まさか! あ、あれが……」
魔女は、誇らしげに言った。
「そう、あれが私たちの誇るニュウエル・ニシアライほう機隊ナンバーワン、〝シーナ・ザ・ブレット〟です!」
◇
〝銀弾〟と呼ばれる強盗は、〝尾竹橋通り〟と呼ばれていたテルバンブ・ストリートを江戸川方面に北上していく。
車がほとんど通っていないため、〝銀弾〟はどんどん加速していく。ウストニュウエル・ニシアライ・ブリッジに差し掛かると、前方にウストニュウェル・ニシアライ署の警官隊がバリケードを築いている。橋全体に鎧竜を並べ、後方には拳銃をいつでも発砲出来るように構えていた。
〝銀弾〟はそれを見ても驚きもせず、逆に不敵な笑みを浮かべる。
「懲りない連中だ」
「アア、ソウダナ」
ライダーが呟くと、とバイクを覆う銀色のカウルが応えた。
「ダガ、オレタチハ〝銀弾〟ダ、ソウダロウ?」
「ああ、そうだ」
ライダーは被ったヘルメットの下でニヤリと笑うとバイクを加速させる。
バリケードの後ろでは、ウストニュウエル署の交通課課長、オーク族のリドゲッタ・ブカラガが慌ただしく指揮を執っている。
「いいか! 何としてでもここで止めるんだ!」
「隊長、来ます!」
リドゲッタが振り返ると、〝銀弾〟が加速しながら近づいてくるのが見えた。〝銀弾〟はどんどんと加速して来ており、同時に周囲に力場=フィールドを形成していた。加速するごとにそのフィールドはさらに大きくなっていく。
「撃て!」
警官たちは〝銀弾〟に向けて、一斉に撃ち始めた。だが、弾丸は膨れ上がっていくフィールドに阻まれて、〝銀弾〟本体には届きもしない。
「や、ヤバイ! 退避しろ!」
だが時すでに遅く、〝銀弾〟は道路を封鎖した鎧竜たちや警官隊を物ともせず、加速したままバリケードに突っ込んできた。形成されたフィールドは、橋を封鎖した鎧竜たちや警官たちを散り散りに吹き飛ばす。
「ちくしょう!」
地面に突っ伏させられたリドゲッタは、顔を上げて罵声を漏らす。
「リドゲッタ隊長! 大丈夫か!?」
駆け付けたシーナが、ほうきの上からリドゲッタに声を掛けた。
「俺たちに構うな、奴を追え!」
「了解!」
シーナはほうきを急発進させる。
「頼むぞシーナ! 野郎を捕まえてくれ!」
飛び去って行くほうきの後姿に、リドゲッタは懇願するように声を掛ける。その時、リドゲッタの耳に高速のモノが疾走することで発生する、つんざくような空気の炸裂音が届いた。
「なんだ?」
見ると、赤い白バイ隊の制服を着た女性白バイ隊員が、ホンダCB750の白バイに乗ってシーナに匹敵する猛スピードで接近してくる。ただのバイクではないようで、〝銀弾〟のように周囲にフィールドを形成しながら猛スピードで突っ込んでくる。
ゴオッ!
「うわあああああ!」
橋の上に残った警官たちを吹き飛ばしながら、イカレたスピードで白バイが通過して行った。
「な、なんだ? あいつは……」
あっという間に小さくなっていく白バイを見ながら。リドゲッタは思わずつぶやいた。
◇
「停まれ! このクソ野郎、止まれ!」
シーナの怒号が街に響き渡る。
「クソ! ナンダアノ、マジョハ!」
〝銀弾〟が捨てゼリフを吐くのも当然である。ウストニュウエル・ニシアライ市街地の路地を、離されることなくシーナのほうきがついてくるのだ。
「このままじゃカネを届けに行けない!」
うめくライダーが前方を見ると、散歩に出かけた保育園児たちが青信号に変わったばかりの横断歩道を渡り始めている。〝銀弾〟のライダーはニヤリと笑うと、スピードを上げて園児たちを引率する先頭の保護司の前をすり抜けていく。
「きゃあ!」
悲鳴を上げた保護司が停止すると、園児たちの列も横断歩道上に停止した。その園児たちの目に、サイレンを鳴らして〝銀弾〟を追いかけてきたシーナの乗ったほうきが映る。
「!」
シーナは慌てずほうきに急制動を掛け、ほうきを横滑りさせる。そしてほうきを守るかのように抱きしめたまま園児たちの寸前で方向を変えて、商店街の花屋に、バラやらなにやら季節の地球の花やマギテラの花やらをブチまけながら突っ込んで行って停止した。そのすぐ後にリドゲッタが見た白バイが停止する。
「シーナちゃぁぁぁん、だ・大丈夫ですかぁぁぁ?」
「イテテテ……ああ、なんとかな」
花に埋もれたシーナは身を起こしながら答える。
「すごいウデですねぇぇぇ……避けられないと判ったら、すぐさま横滑りさせて魔法力を偏向、自分を犠牲にしても子供たちを守る、なんてなかなか出来ませんよぉぉぉ?」
「大したことじゃねぇよ」
シーナは大量の花の中から身を起こしながら、追って来た白バイ隊員を見る。その時ようやく目の前の白バイ隊員が、自分の所轄に所属している者ではないことに気が付いた。
「……誰だ? あんた?」
「いずれ判りまぁぁぁす、またお会いしましょう、シーナちゃぁぁぁん!」
そう言って白バイ隊員はバイクを華麗にターンさせると、セントラル(都心方面)に向けて発進させた。
「シーナちゃん、無事なのはいいけど花は弁償してもらうよ」
花屋のおばちゃんが、シーナの体の花を取りながらふくれっ面で言い放つ。
「ゲッ! す・すまねえ、おばちゃん。署に請求書を回しておいてくれ……」
シーナはおばちゃんに謝ると、走り去っていく白バイの後姿を見つめた。
『いったい何なんだ、あいつは?』
シーナは走り去っていく白バイの後姿をながめつつ、つぶやいた。
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