第45話

 私は言葉につまり、ジャンニーノ先生に視線を向けた。


 先生は魔法契約で話す事が出来ないけれど、私に話をしても大丈夫だと頷いた。


「陛下、人払いをお願いしても良いでしょうか?」

「オズボーン伯爵令嬢に不都合になる事を口外する者はいないから大丈夫だ」


 陛下は私の事情を護衛騎士達に聞かれるのが恥ずかしいと思ったのかもしれない。


「王家の秘匿に関することでも?」


 その言葉を聞くとピクリと眉を上げ、陛下はすぐに人を下げさせた。部屋には陛下と先生と私だけになる。


「ジャンニーノは下がらぬのか?」

「えぇ。私は魔法契約を結んでユリア様が倒れる原因を知っておりますから」

「して、ユリア嬢。王家の秘匿とは?」

「陛下、私は一度、時間を戻っております。その魔法を使ったのはランドルフ殿下だと思われます」

「何故そう思う?」

「時が戻る前の私の年齢は十九歳。十歳の頃よりランドルフ殿下の婚約者になり、教育を受けてきました。その記憶があるのは多分ですがランドルフ殿下と私のみ。言葉だけでは信用できないかもしれませんが」

「ふむ。なぜ十九歳でユリア嬢は死んだのか?」


 私は死んだ理由を陛下に話した。そして倒れる原因となった出来事も。


「ふむ。ユリア嬢の話は理解した。確証はないが、思い当たる節はある。ユリア嬢の話はあくまで参考程度に止めておく。もし、それが本当のことなら ヴェーラ・ヴェネジクト侯爵令嬢はユリア嬢に代わり、王太子妃になったのか」

「そこまでは分かりません。私は、先に処刑されてしまったので……」


 私はカタカタと震え始める。


「ユリア様、こちらを向いて」


 先生はそう言うと私に精神耐性の魔法を掛けた。


「落ち着きましたか?」

「先生、有難う御座います。大丈夫です」


 陛下は私の様子を見て何かを考えている。


「ふむ。となると、お茶会の犯人も舞踏会の犯人も洗い直しが必要になるかもしれんな。ランドルフにも話を聞くことにしよう。わざわざ呼びつけてすまなかったな」


 私は陛下に会釈をして執務室を出た。


「ユリア様、この後はどうするのですか?」

「また倒れてもいけないので今日はすぐに伯爵家に戻ります。父も報告を待っているでしょうから……」

「わかりました。馬車まで送りますよ。それと先生は不要です」

「わ、わかりましたっ」


 私は王宮からの馬車に乗り、邸へと戻った。


「ユリアお嬢様、お帰りなさいませ。旦那様がお待ちです」

「……分かったわ」


 旅装を着替える時間も与えてくれないようだ。

 王家といい我が家といい……。

 まったくもうっ!


 ユリアは執務室にふうっと一息吐いてから入った。


「ただいま戻りました」

「あぁ、戻ったか。おかえり。王宮から呼ばれている。明日、登城しなさい」

「お父様、先ほど王宮から戻ったばかりですわ。王都に戻ったところですぐに呼ばれたのです」

「……陛下からはなんと?」

「舞踏会で魔獣を倒した褒美は何がいいかと聞かれました。あと、お茶会の犯人も舞踏会で令嬢を魔獣にした犯人も捕まっていませんのでランドルフ殿下の護衛に当たって欲しいと言われましたわ。拒否しましたけど」

「!! 拒否、しただと? 殿下の側近になるのは光栄なことではないか」

「陛下にしっかりと理由も述べましたわ。考慮すると仰っていました」


 父は私の言葉に複雑な思いを抱いているようだ。


「ところで、この一週間どこに行っていたのだ?」

「旅ですわ。ケルンの街周辺まで足を伸ばしておりました」

「何故、今の時期に? 旅など令嬢に必要ないだろう」

「魔法使いになるため様々な場所に赴き、見識を深めておりました」


 父はイライラして指で机を叩いている。嘘は言っていない。


「ユリアはこれからどうしたいと思っているのだ?」

「私は学院を卒業したら魔法使いとなって様々な国を巡りたいと思っています。母が言うような貴族令嬢としての幸せなどこれっぽっちも望んでいませんわ」

「伯爵位以上の貴族は国外へ出るのに許可が必要だ。魔法使いならなおのこと許可はおりないだろう」

「えぇ。それも含めて陛下にお願いしましたの。王宮が平和になったら良いと仰っていました」

「……そうか。婚約者もいるのだし、少しは落ち着いたらどうだ?」

「私は青春を謳歌しているだけですわ。お父様こそ私をどうしたいのでしょうか?」


 今まで母や弟が邪魔をして聞けなかった事を聞いてみた。父の考え。


「……陛下の意向に従うべきだ。貴族として当然だろう」

「冤罪をでっち上げられ、娘を切れと言われても?」

「あぁ、そうだ」

「そこに疑問は持たないのですか?」

「疑問を持ったところで何になる?」

「……そうですか。お父様の考えは充分過ぎるほど分かりましたわ。私はこのまま寮へ戻ります」

「ユリア、このまま勉学に励みランドルフ殿下に気に入られるように」

「考えておきますわ」


 私は執務室を出た後、無言のまま邸を後にした。口を開けば不満が止め処なく溢れてしまいそうだったから。


 ……分かってはいたわ。


 前回の生であっさり家族から捨てられたのも納得がいった。


 あの時、誰も助けに来てくれなくて辛かった。結局私は駒なのだと自覚しただけ。


 これで心置きなく家族を捨てられるわ。

 先生には悪いけど、卒業したらそのままとんずらしよう。


 私は自分の部屋に着いて湯浴みをした後、すぐに眠りに就いた。


 一週間ぶりの自分のベッド。

 ようやく、落ち着いて眠れた。

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