第3話

 私はパロン医師に眠らされて起きたら夜になっていたわ。


 夜は暗くて怖い。


 あの湿った土臭くカビの臭いを思いだしてしまう。


 怖い、怖い。


 怖がる私を心配して側にエメがいたみたい。


「エメ! エメ! 怖い。怖いわ。暗いのは嫌なのっ」


 そうしてエメを抱きしめてまた意識が遠のく。


 あまりの恐怖にこの小さな身体では耐えきれないのだと思う。


 意識を失うと同時にそのまま記憶も無くなってしまえばどんなに楽なのだろう。


 それからも嫌な記憶はふとした時に思いだし、幼い私は泣き叫ぶしかなかった。


 最初は心配していた両親も何日もこの状況が続き、腫れ物のように扱うような、うんざりするような感じになっていて、ついには『皆が怯えて困る、部屋から出てくるな』と言われてしまった。


 どうにも出来ない自分に嫌気がさしてくる。


 私だってこんなに辛い思いはしたくない。


「パロン、先生。もう、死にたい。ココに居たくない。誰も助けてくれない」


 久々に私の様子を見に来たパロン医師に泣きながら言う。


「……そうか。何故そう思うのかい?」

「嫌よ。言えない。だって誰も助けてくれないものっ」

「大丈夫、言えば少し楽になるかもしれないよ?」

「みんな敵だわっ。嫌いよ」

「どうか、教えて欲しい。先生だけでいい。他には誰にも話さないから」


 パロン医師は安心させるようにゆっくりと話かけてくる。


 先生は敵じゃない。先生は本当に私の心配をしてくれているのは分かっている。


 でも、自分でもどうしていいか分からないの。


 でも、このままじゃいけないことくらい理解しているわ。


 私は意を決してギュッと握りしめた手に力を入れながら話す。


「じゃぁ、エメ以外皆下がってっ。そこの助手もっ」


 そうしてエメを残し、他の人達を部屋の外へと追い出した。エメはずっと私に寄り添ってくれている私の大事な侍女。


 彼女なら私の言葉を聞いてもきっと大丈夫なのだと思う。


 彼女は過去に私が牢に収監される時に『お嬢様は何も悪い事などしていません』と最後まで抵抗して殺されてしまったの。


 今この場に居るのはパロン医師と私と後ろに控えているエメだけ。


「先生、これにサインしてちょうだい」


 私が机の引き出しから一枚の紙を取り出し、魔法で書き上げた魔法契約書を渡す。『私が話す内容を一切漏らさない』と書いた紙。


 まさか小さな私が魔法契約書を作ると思っていなかったようでとても驚いていたわ。


 パロン医師は了承し、契約書にサインをした。


「さて、何故三歳のユリア様がこのような魔法契約書を作る事が出来るのか、苦しんでいる理由はなにかな?」

「……私は十九歳で死に、ました」


 ガタガタと震える身体を両手で抑えながら少しずつと話をしていく。


 パロン医師はにわかには信じ難い様子だったけれど、三歳の女の子が話す内容とはかけ離れているが信じる事にしたようだ。その記憶が恐怖を呼び覚ますのだと伝えた。


「先生、ここには居たくないの。私は殿下の婚約者にされてしまう。あの女に嵌められる。嫌よ! 嫌っ。嬲られるのは嫌! 怖い! 助けて、先生!」


 話すうちに記憶が蘇り、恐怖で叫びそうになる。


 すると、先生は少し考えた後、落ち着かせるようにゆっくりと私に話をする。


「ユリア様。魔法で記憶に蓋をする事は可能ですが、何か意図があって記憶を持ったまま時間が巻き戻ったのだとしたら記憶に蓋をするのは不味い。

記憶に蓋は出来ませんが、負担は軽くする事は可能です。

そして思い出す原因となっている王都から今は離れるのが一番の療養でしょう。ですが、精神的な病気として診断する事になるがいいですかな?」


「……先生、この王都から一刻も早く離れたい。殿下の婚約者になりたくない。

殺されてしまうわ! そのためにはどんな病名だって構わないの、あの時、いとも簡単に私のことを見捨てた父や母の顔を見る度に思い出すのっ」


「……わかりました。では診断書にはそう書いておきます。負担を軽くする方法は、そこにいる侍女の助けも必要となってきますがよろしいですかな?」


 パロン医師はそう言いながら鞄から診断書を取り出して書き上げていく。


 エメは覚悟しているとばかりに力強く頷いた。

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