第5章:風の反乱
夜の闇に紛れ、エリナたちの計画が動き出した。
サラの協力を得て、エリナとレンは村の中に潜入した。彼らは風の力を使って屋根から屋根へと音もなく移動し、選りすぐりの村人たちに接触していった。
最初に訪れたのは、エリナの幼なじみであるトモの家だった。窓から忍び込んだエリナを見て、トモは驚きのあまり叫びそうになったが、エリナは素早く彼の口を押さえた。
「シーッ、トモ。私よ、エリナ」
トモの目が大きく見開かれた。エリナが手を離すと、彼は小声で驚きを表した。
「エリナ! 本当に帰ってきたんだね。みんな、君のことを……」
エリナは急いで状況を説明した。風の祭儀の真実、そして村を変えようとしていることを。トモは真剣な面持ちで聞いていた。
「わかった。僕も協力するよ。でも、どうやって他の村人を説得するんだい?」
エリナは小さく微笑んだ。
「それはこうよ」
彼女は手のひらを広げ、
そこに小さな風の渦を作り出した。トモは息を呑んだ。
「これが本当の風の力なの。危害を加えるためじゃなく、人々を守るための力」
トモは感動的な表情でエリナを見つめた。
「信じられない……君は本当に風を操れるんだね」
この夜、エリナたちは十数人の信頼できる村人たちに接触した。そして、彼らの協力を得て、さらに多くの人々に真実を広めていくことにした。
数日が過ぎ、村の中に静かな変化が起こり始めた。人々の間で囁かれる噂。帰ってきた風の娘の話。そして、風の祭儀への疑問の声。
長老たちはこの変化に気づき始めていた。彼らは警戒を強め、村の監視をさらに厳しくした。
夜の村はずれ、エリナとレンが次の作戦を練っていたとき、突然背後から声がした。
「お前たちか。村を騒がせているのは」
振り返ると、そこには一人の中年の男性が立っていた。エリナは彼をすぐに認識した。カズマ。村の衛兵長だ。
レンが身構えたが、カズマは両手を上げて平和の意思を示した。
「落ち着け。俺はお前たちを捕まえに来たんじゃない」
エリナは慎重に尋ねた。
「では、何のために?」
カズマは深いため息をついた。
「実は俺も、風の祭儀のことで悩んでいたんだ。妻を祭儀で失って以来な……」
エリナとレンは驚いて顔を見合わせた。カズマは続けた。
「長老たちの言うことが本当に正しいのか、それからずっと疑問に思っていた。そして今、お前が帰ってきて風を操る姿を見て、確信したよ。風の祭儀は間違っていると」
エリナは感動して目に涙を浮かべた。
「カズマさん……」
カズマは決意を込めて言った。
「俺も協力しよう。衛兵たちの中にも、同じように考えている者がいる。一緒に村を変えよう」
この予想外の協力者の出現で、エリナたちの計画は一気に加速した。カズマの協力により、より多くの村人たちに接触することが可能になった。そして、風の祭儀が行われる前日、ついに彼らは行動を起こすことを決意した。
その夜、村の広場に人々が集まり始めた。長老たちが驚いて出てきたとき、エリナが風に乗って空から降り立った。
村人たちはどよめいた。
「風の娘だ!」
「エリナが帰ってきた!」
エリナは風を操り、自分の声を広場全体に響かせた。
「皆さん、聞いてください。風の祭儀は嘘です。風の神は人身御供なんて望んでいません。本当の風の力は、こうして人々を守るためにあるのです」
彼女は風で村人たちを優しく包み込んだ。人々は驚きと感動の声を上げた。
長老たちは慌てふためいた。
「騙されるな! 彼女は背信者だ!」
しかし、カズマが前に出て叫んだ。
「いいや、嘘をついていたのはお前らのほうだ!」
彼は隠し持っていた古い文書を取り出した。それは、風の祭儀が長老たちの権力維持のために作られた偽りの儀式だということを示す証拠だった。
カズマはその『風の真実の書』と題された巻物を読み上げ始めた。
「### 1. 風の力の起源
約千年前、この地一帯が大干ばつに見舞われし折、一人の少女、風を操る力に目覚めたり。彼女、風を呼び、雨雲を引き寄せ、村々を救済せしなり。これ、風の力の最初の記録となり。
### 2. 風の一族の誕生
その少女を始祖として、風を操る能力を持つ者、次第に現れ始めたり。彼ら「風の一族」と称され、周辺の村々より尊敬と畏怖の念を以て見られることとなりぬ。
### 3. 力の乱用と対立
時経つに従い、風の一族の中に、力を私利私欲のために用いる者現れ始めたり。彼ら、他の村々を支配し、自らの権力を確立せんと試みたり。これにより、風の力を持たざる人々との間に深き溝生じぬ。
### 4. 最初の風の祭儀
約五百年前、風の一族の長と他の村々の代表者たち、会合を開き、和平を結ぶための儀式を行うことを決めたり。これ、風の祭儀の始まりなり。当初は、風の一族の若者が他の村にて一年間奉仕する形式なりき。
### 5. 祭儀の歪曲
されど時代下るにつれ、この儀式の本来の意味、忘れられたり。風の一族の長老たち、自らの特別な地位を維持せんとし、儀式を恐怖の対象に変えたり。
### 6. 人身御供の始まり
約二百年前、特に強き風の力を持つ少女生まれたり。長老たち、彼女の力を恐れ、「風の神への生贄」として彼女を殺害せり。これ、人身御供の始まりなり。
### 7. 真実の隠蔽
長老たち、この行為を正当化せんとし、風の神の怒りを鎮めるためには定期的な生贄が必要なりという偽りの教え広めたり。彼ら、古き文書を改ざんし、この慣習が古くからのものと偽装せり。
### 8. 力の衰退
皮肉なことに、この残虐な慣習により、真に風を操る力を持つ者、次第に減少せり。長老たち、これを「風の神の怒り」の証とし、さらに厳しき統制を敷くようになりぬ。
### 9. 反対派の存在
文書には、歴代の長老の中にもこの慣習に反対する者ありと記されておりき。されど、彼らの声は権力を握る者たちにより封じ込められたり。
### 10. 予言
文書の最後に、ある予言記されておりき。「真の風の力を持つ者現れ、古きしきたりを打ち破り、新たなる時代をもたらす」と。
### 11. 真の風の祭儀
本来の風の祭儀は、風と人々の調和を祝う平和なる祭りなりき。それ、如何にして恐怖の儀式に変質せし過程、誠に残念なり」
村人たちの間に動揺が広がる。長老たちは退却しようとしたが、レンと衛兵たちが彼らを取り囲んだ。
エリナは再び声を上げた。
「もう誰も犠牲になる必要はありません。これからは、風と共に生きていきましょう。自由に、平和に」
人々は歓声を上げ始めた。
長年の恐怖と抑圧から解放された喜びが、村全体に広がっていく。
エリナは空を見上げた。風が彼女の髪を優しくなでる。彼女は微笑んだ。長い旅を経て、ついに故郷を変えることができた。
しかし、これで全てが終わったわけではない。風の祭儀の真実を広め、他の村々も解放する必要がある。そして、風の力の正しい使い方を人々に教えていかなければならない。
エリナとレンの新たな挑戦が、ここから始まるのだ。
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