第4章:帰郷の決意

 風海斎の下での修行から1年が過ぎた。エリナとレンは見違えるほど成長していた。エリナの風と海を操る力は飛躍的に向上し、レンも特殊な能力こそないものの、驚くべき直感と適応力を身につけていた。


 ある朝、風海斎は二人を呼び寄せた。


「お前たちの修行は十分だ。これ以上のことは、実際の経験を通じて学んでいくしかない」


 エリナは深く頭を下げた。


「風海斎様、本当にありがとうございました」


 レンも同様に感謝を述べた。風海斎は二人を見つめ、穏やかに微笑んだ。


「さて、これからどうするつもりだ?」


 エリナとレンは顔を見合わせた。エリナが決意を込めて言った。


「私、故郷に戻ろうと思います。風の祭儀を止めて、村を変えたい」


 風海斎は頷いた。


「よい決断だ。しかし、覚悟はできているか?お前たちを待っているのは、決して容易な道のりではないぞ」


 レンが前に出た。


「僕たちなら大丈夫です。この1年で学んだことを、きっと活かせると信じています」


 風海斎は満足そうに二人を見た。


「よかろう。最後に一つ、贈り物がある」


 彼は二つの小さな石を取り出した。一つは風のように透明で、もう一つは海のように青かった。


「これらの石は、お前たち二人の絆を強める。離れていても互いの存在を感じられるし、必要なときには力を分かち合うこともできる」


 エリナとレンは感動しながら石を受け取った。


「行くがよい。そして忘れるな。お前たちの力は、人々を守るためにある。決して傲慢になってはならぬ」


 二人は深々と頭を下げ、新たな旅立ちの準備を始めた。



 エリナとレンは、風と海の力を操って高速で海を渡っていった。かつての小さな漁船とは比べものにならないスピードだ。


 数日後、彼らは遂にエリナの故郷に近い海岸にたどり着いた。


 海岸に立つエリナの表情は複雑だった。


「2年以上も経ったのに、何も変わっていないみたい……」


 レンは彼女の肩に手を置いた。


「大丈夫。俺たちが変えてみせるさ」


 二人は慎重に村に近づいた。しかし、彼らを待っていたのは予想外の光景だった。


 村の入り口には、武装した衛兵たちが立っていた。その数は、エリナが逃げ出した頃よりもずっと多い。


「どうしてこんな……」


エリナは困惑した。

その時、近くの茂みから声がした。


「エリナ、こっちよ!」


 振り返ると、そこには幼なじみのサラがいた。彼女は急いでエリナとレンを茂みの中に引っ張り込んだ。


「サラ! どうしてここに……」


 サラは息を切らせながら説明を始めた。


「あなたが逃げ出してから、村はすっかり変わってしまったの。長老たちは『風の娘』を取り戻すために、もっと厳しい規律を敷いたわ。今では誰も自由に村を出入りできないの」


 エリナは愕然とした。


「まさか……私のせいで……」


 レンが割って入った。


「違う、エリナ。これは長老たちの仕業だ。俺たちが正さなきゃいけないんだ」


 サラはレンを不思議そうに見た。エリナは急いで紹介した。


「ごめんね、サラ。この子はレン。私の大切な仲間よ」


 サラは意味深な笑みを浮かべた。


「へぇ、仲間ねぇ……? ふーん、仲間、かぁ……」


 エリナは頬を赤らめたが、すぐに真剣な表情に戻った。


「サラ、村の中の様子を詳しく教えて。私たち、風の祭儀を止めるつもりなの」


 サラは驚いた表情を見せたが、すぐに決意を固めたように頷いた。


「わかったわ。私も協力するわ。もう、誰も犠牲にならないで済むように……」


 三人は茂みの中で、これからの作戦を練り始めた。エリナは風を操って周囲に結界を張り、誰にも会話が聞こえないようにした。


 サラが村の現状を説明する。長老たちの支配が強まり、風の祭儀はより頻繁に行われるようになったこと。村人たちの間に恐怖と不信が広がっていること。そして、来週にも新たな「風の娘」が選ばれる予定であること。


 エリナは拳を握りしめた。


「絶対に阻止してみせる」


 レンが提案した。


「まずは村人たちの信頼を得る必要がある。エリナの力を見せれば、きっと希望を持ってくれるはずだ」


 サラも頷いた。


「そうね。でも、長老たちの監視の目を避けなきゃ」


 三人は夜を徹して計画を練った。風の力で密かに村人たちに接触し、エリナの帰還と真実を伝えること。そして、風の祭儀が行われる前に、村全体を動かすこと。


 夜明け前、エリナは決意を込めて立ち上がった。


「よし、始めましょう。私たちの村を、本当の意味で自由にするために」


 レンとサラも立ち上がり、エリナの手に自分たちの手を重ねた。


 風が三人の周りを優しく舞う。それは、まるでエリナたちの決意を後押しするかのようだった。


 村を変える戦いが、今始まろうとしていた。

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