第一章:無間道
兄(1)
「何も見えないのか? 何も聞こえないのか? 気配すら感じられぬのか?」
小さい頃から何度も繰り返されてきた……一族の家長である祖父による質問。
「ご……ごめんなさい……何も……」
祖父と父と叔父達は失望の表情を浮かべた。
友達の家にもロクに行った事が無かった当時の俺は、それが普通の家の普通の座敷なのか良く知らなかった。
ただ、
「この子が駄目ならば、私の息子に……」
「おい、ウチの子だって居るぞ」
「いい加減にしろ」
「兄貴こそ、いい加減にしろ。間違いを認めろ……」
いつものように始まる父親と叔父達の喧嘩。
しかし、この日は……とうとう……。
今となっては記憶が曖昧だ。
薄々、気付いていたのか?
子供心に、その可能性から無意識の内に目を逸らしてきたのか?
何だかんだ言って鈍い性格だった俺は……何も気付いていなかったのか?
「
「じゃあ……どうしろと言うんだ、この子の本当の親は、もう……」
「いい加減にしろッ‼」
その叔父の名前は覚えていない。
覚えているのは、俺と妹が「沼田のおじさん」と呼んでいた事と……親類の中では常識人だった事だ。
「お前ら、この子を何だと思ってる? 生きた人間だぞ。お前ら、今、何を口走ろうとした?」
「おい、『お前ら』って、誰の事だ? 一番下のクセに俺達の事を『お前ら』?」
祖父は口を開きかけ……しかし……後にして思えば……俺にも良く有った事だった。
何かを言いたいのに、その「何か」を巧く言葉に出来ない。
そんな間柄なのに……今にして思えば、俺と祖父には似た所が有った。
ただ、一点を除いては……。
その時、俺を除く全員の視線が一点に集まる。
「何だ?」
「まさか……これは……」
俺の父親が意を決したように立ち上がり……。
ゆっくりと……祖父と叔父達の視線が集まっている方に向い……。
この座敷が有る離れの戸が開けられた……。
「そ……そんな……」
「だとしても……女が一族の
「今更……一族が何だ? 俺達の一族が仕えてきた奴らは、もう……」
沼田の叔父が吐き捨てるように言った。
「黙れ〜ッ‼」
血のつながりは薄いとは言え、俺と祖父の間には似た所ばかりだった。
反論出来ない事実を突き付けられた時に上げる……怒りと言うよりも苦悶の金切り声も、そっくりだった。
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