恋愛
ある日の放課後。
今日もまた行波先生と2人、貸出当番をしていた。
「秦野。この前の『初心キュン♡ハピネス!!』読んだ?」
「読みました。面白かったです」
「そうだろう。なんせ、俺の選んだ本だからね」
パソコンの画面と向き合いながら、本当に嬉しそうな笑顔を浮かべる行波先生。
その笑顔が何だか先生っぽくなくて、少し動揺してしまった。
あの日、『恋愛ごっこ』とか訳の分からないことを言い出した行波先生だったが、その後はずっといつも通りだった。
「先生が選んだ他の本を読むのも楽しみです」
「また感想を聞かせてよ」
「はい。勿論です」
再び訪れる静寂。
…さて、次はどの新刊を読もうかな。
そう思い、まだ積み重ねられている新刊の山を漁ってみた。
恋愛小説はお腹いっぱいだから。
今度はSFとか読んでみようかな?
何だかんだと考えながら、新しい本と触れ合うこの時間が本当に大好き。
「なぁ、秦野」
「はい」
パソコンの画面越しに声を掛けてくる行波先生。
こちらからその姿は見えず、声だけで返事をする。
「秦野はさぁ。恋愛小説読むと、恋をしたいって気持ちにならない?」
「………別に、なりませんけれども」
急にどうした…。
言葉を少し詰まらせながらも
至って冷静に、先生の言葉をかわす。
「俺はさ、小説の主人公に凄く感情移入をしてしまうタイプだからさ。恋愛小説とか読むと、恋をしたくなるんだ」
「…へぇ…」
私は先生とは違う。
感情移入ではなく、あくまでも第三者目線でその小説と向き合っている。
いちいち感情入れていたら…疲れて小説読めなくなってしまうからね…。
そしてそんな小説を読んで、恋をしたい気持ちになるかと言われたら、絶対にならないと断言できる。
歴史小説を読んで、自分も戦に参加したい、とかそんな気持ちにはならない。
それと同じことだと思うけど。
「…秦野。本当に、恋愛ごっこしない?」
…またそれ。
どれだけしたいの、恋愛ごっこ。
その話はあの時に終わったのでは無かったのか。
「しませんって。興味もありません」
「それは俺に興味が無い? それとも、恋愛?」
「…どちらも」
意味分かんない。
新刊の山から『宇宙センセーション』と書かれた本を手に取る。
次はこれを読んでみようかな。
「先生、私は本当に恋をしたいと思っていません。ましてや、行波先生となんて。失笑です。そもそも、先生と恋愛なんて有り得ません。許されるのは本の中だけです」
「…そうか」
カタカタとパソコンのキーボードを叩く音が響く図書室。
…本当に、何だろう。
行波先生の意図が全くつかめない。
「ていうか…先生って独身なのですか」
「え、既婚者だと思った?」
「思っていました」
独身…。
何歳なのか年齢も分からないけれど。
何となく、独身のイメージは無かった。
「既婚者が恋愛ごっこしよう、とか言っていたらヤバいでしょ」
「だから、ヤバい人だと思っていました」
「おう…心外…」
先生はパソコンの前から移動し、私の横に座る。
そして机に肘をつきながらこちらを向いた。
「俺は、行波隆一」
「…知っています」
「年齢は28歳。職業は、高校の国語教師。趣味は漢文の読解」
趣味が漢文の読解とか嫌だな……なんて思いつつ。
唐突に始まった、行波先生の自己紹介。
意味が分からなくて目が点になる。
「…何ですか、本当に」
「いや、秦野に俺のことを知ってもらおうと思って」
「…不要です。行波先生のこと興味ありませんから」
「辛辣~…」
先生なのに。
何なのこの人。
『先生と生徒』以上の関係は一般的にタブーだ。
たまにニュースでも、生徒との関係がバレて懲戒処分を受けたとか見る。
私でもそんなこと知っているのに。
行波先生は…何を考えているのだろうか。
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