シュナイザー帝国の秘密
ショコお
第1話
⭐︎作者視点〜
彼女の名前はショコラ・アドマイヤー7歳
菫色(薄紫色)の緩いウェーブがかかった髪に若草色の瞳の可憐な少女、裕福で格式あるシュナイザー帝国公爵アドマイヤー家の末っ子。
そう!誰もが羨むお嬢様だ!
・・・と言うのは嘘八百、お嬢様どころか侍女以下の扱いを彼女はこの家に来てから受けている。
なぜかって?
彼女の生みの母親はアドマイヤー家の領地の、マーロ村にあるレストランブルーライト(レストランといいながら実は一杯飲み屋)の娘だった。
彼女は公爵様の子供ではあるらしいが、公爵家にとっては、招かれざる客という事らしい。
公爵様が彼女を公爵家に招き入れた初日に撃沈させられたのだ。
彼女の生まれたマーロ村は、シュナイザー帝国の南東に位置している。
村とはいえ大きく豊かな村で、特産品のオレンジに似た柑橘類はミーカンと呼ばれ王都ミクールにも出荷されていた。
祖父のアイディアでミーカンを薄く輪切りにして天日干したドライフルーツは、日持ちもする上、甘いものが貴重なこの世界では特に重宝されマーロ村に更なる潤いを与えていた。
領主である公爵のヨーネスは、そんな祖父の功労を賞するために視察を兼ねてマーロ村にやって来た。
王都ミクールからマーロ村までは馬車で1週間かかる。
食事も兼ねて祖父の経営しているレストランブルーライトに寄った時、看板娘である彼女の母親を見初めたらしい。
とんでもない話だ。祖父を労う事にかこつけて、18歳の母の純潔を奪い、しかも孕ませて放置なんて。
公爵のスキャンダルと週刊誌で騒がれてもいい大事件にもかかわらず、母親も祖父も自然と受け止め、公爵に子供が出来た事実も伝えず、何の疑問も持たず、何の援助も無いまま今までの7年間彼女を育てて来た。
母親はいつもショコラに
「ショコラはね、お昼の鐘と同時に生まれて来たのよ。
お産婆さんが、産声がお昼の鐘と合わさってまるで讃美歌みたいだったって言ってたわ。
私はショコラを産むので精一杯で、産声しか聞こえなかったのに。
でもね毎日お昼の鐘を聴くと、ショコラが生まれて来てくれた事を感謝するの。
ありがとうショコラ、生まれて来てくれて。」
そう話しているアイはとても幸せそうに微笑んだ。
当の父であるヨーネスとショコラだけが事実を知らなかったが、マーロ村の全ての住人はこの事実は公然でありショコラの父はヨーネスと言うのは常識であった。
母親は美人と言うよりは可憐な少女だった。
珍しい菫色の髪が人目を惹いた。
母親の名前はアイ・ブルーレであるにもかかわらず、村の住人はスミレさんと呼んでブルーライトと共に親しんでくれていた。
ショコラの父であるヨーネスも菫色の髪に惹かれたのであろうか・・・
全ての事情が変わったのは、ブルーライトを増改築して手広くしようとした矢先の事だ。
彼女が7歳の誕生日を迎えた翌日、母親が突然倒れた。
村の診療所では手の施しようが無かった。
母親は朦朧として手にも力が入らない状態だったが、祖父に手伝ってもらいながら手紙を書いていた。
祖父が母親に向かって確認した時、母親はその時だけ強く頷いた。
村の長老の勧めで王都の教会から聖者様に来てもらう事になった。
実際、聖者を個人的に呼ぶ事はできないが、たまたまマーロ村の隣の街ララーノで神事を行う予定があり、その前日にマーロ村にも寄る予定を組み込んでもらえる事となった。
不幸中の幸いだった。村の教会の神父が橋渡しをしてくれて、祖父は胸を撫でおろした。
母親は聖者は呼ばなくてもいいと言って拒んだが、母親の容態を見ていたら聖者を呼べるのに呼ばない選択など出来なかったのだろう。
聖者は不思議な治癒の力と、シャクラ神からの預言を授かる力、神託を持っている事は広く知られていた。
シュナイザー帝国で一般的な宗教はサイファ教である。
帝国が管理する教会では、サイファ教の神シャクラを祀っている。
聖者を呼ぶには多額の寄付金が必要だった。
コツコツ蓄えてきたショコラの為の積立金を当てにするしか無かった。
祖父は積立金を、全て寄付金として教会に注ぎ込んだ。
しかし聖者のいる王都の教会からマーロ村までは馬車で1週間ほどかかる。
聖者様がマーロ村に着く前日に、無情にも彼女の母親は還らぬ人となってしまった。
寄付金として注ぎ込んだお金は、寄付金であるが為に治療をしようとしまいと、返って来るはずは無かった。
聖者様何とか半分でも返してあげて欲しかった。
レストランブルーライトの前に黒地に金の細工が施された立派な馬車が止まったのを、ショコラは二階の窓からぼんやり眺めていた。
母が亡くなって二か月が過ぎた頃だった。
ブルーライトが入っている建物は、一階がお店で二階が住居になっている。
階下から祖父が呼ぶ声が聞こえた。
台拭きかな?
母が亡くなってから、出来る事は何でも手伝う様にしていた。
ただ、7歳になったばかりの私には、店の手伝いでできる事と言えば、台拭きと床掃除くらいだった。
階下に降りると、母が愛用していた大きなカバンを持った祖父が立っていた。
祖父はそのカバンを持ちながら私の手を引いて店の入り口から外に出た。
外に出ると、さっき二階から見ていた馬車から二人の男性が降り立って、こちらを見ていた。
私は祖父のズボンを掴み、サッと後ろに隠れた。
何やら祖父と二人の男性とで話をしていたが、内容はよく分からなかった。
話が終わると祖父は母のカバンを男性に預けた。
祖父は私をだきしめながら
『公爵様はお前の本当のお父さんなんだよ。ショコラ愛してる。幸せになるんだぞ。』
馬車に乗って訪ねて来た人は、シュナイダー帝国公爵家の当主ヨーネス・アドマイヤーと、執事のセバスチャンだった。
母に続いて祖父がどこか遠くに行ってしまう様に感じ、絶対に離れてはダメだと思い力一杯祖父にしがみ付いたが、7歳児の力では対抗する術はなかった。
バタバタと暴れながら『おじいちゃんおじいちゃん』と叫び声を上げたが、執事によって容易に引き離され抱き抱えられて、母のカバンと共に馬車に押し込まれた。
馬車の窓から見えた祖父は口元を押さえ涙を流していた。
祖父と目があった時、遠くに連れて行かれるのは自分なんだと幼いながらも自覚した。
馬車はゆっくりブルーライトから離れて行った。
馬車の窓から見える祖父の姿がスミレの花より小さくなり風に飛ばされたように消えた。
これまでは裕福とは行かないまでも母と祖父に大事に育てられて来たのに。
祖父一人では小さな子供を育てながら、借金である改築費用を捻出しブルーライトを切り盛りはできないと判断したのかもしれない。
または、母は自分が助からないとわかっていて、父である公爵に手紙を送り親権を渡したのかもしれない。
馬車の中で永遠と続く車輪の音を聞きながら、前の席に向かい合わせで座っているヨーネスと執事が目を閉じているのをただ見ていた。
小刻みに揺れる頭で考えてはみても、正解は分からなかった。
泣いたり叫んだり暴れたりしたら何か変わったのだろうか。
窓の外の流れる景色をただぼんやり見て、不安ではあるが、幼い私には不安を突き詰める事はできなかった。
公爵である父は婚外子のショコラを引き取る事になった事実を、公爵家に連れて帰るまで妻のイザベラにも伝えてはいなかった。
アドマイヤー家では継母(イザベラ)、異母兄(ディロイト)、異母姉(ミーシャ)、そして屋敷に従事している者を含め、突然の家族増員は寝耳に水の状態で大騒ぎとなった。
幼い私は目の前で起きている大騒ぎに、ただただ恐怖し震えた。
そんな私を見て見ないふりをした父であるヨーネスは、メイドの一人にサッと指示を出しショコラを託した。
それから家族の苦情を受け止める事もせず、忙しいからと早々に執務室に篭ってしまった。
私はヨーネスに指示を受けたメイドに手をひかれ、赤い絨毯で覆っている階段を上り二階の北の端の部屋に連れて来られた。
「お嬢様、お世話を任されましたマリノと言います。よろしくお願いします。」
マリノは赤茶の髪をポニーテールにしている。
瞳の色は薄い茶色だ。
「よ、よろしくお願いします。」
私はなんとか返事をした。
案内された北の間は豪勢では無いが、茶色と青を基本とした色使いの落ち着いた雰囲気でまとまっていた。
ベッドと勉強用の机と椅子、二人掛けのソファとローテーブルそれと鏡台がおかれていた。
「ショコラお嬢様、夕食の時間にはまだ二時間ほど時間がございますので、先にお風呂に入られて着替えてから、お食事に向かわれるのがよろしいかと思います」
私はどうしていいか分からなかった。提案に逆らう事も出来ずお風呂に入る事にした。
ブルーライトの二階にある、畳半畳にお湯を溜める桶を置いただけのお風呂とは違い、ショコラがマーロ村でで使っていた部屋くらいの広さがある。
畳四畳ほどの白い大理石でできた洗い場と、浴槽は黒い石作りで、大人が二人で入っても足を伸ばす事ができるほど広々としている。
マリノが
「手伝いますよ」
と言ってくれたが、村にいる時でも祖父と母は店の切り盛りで忙しく、4歳になる頃には一人で体を拭き上げ、着替えも出来るようにはなっていた。
ただ勝手が分からない、ここはお願いした方がいい。
「お願いします。」
マリノは木でできた椅子に私を座らせた。
手早く両手で石鹸を泡だてた。
それを小さなタオルに乗せてサッと全身に滑らせ体を洗い上げる。
蛇口をひねるとちょうどいい温度のお湯が出る。
それを手桶に溜めて肩からかけると、体についた泡を一度で流し切った。
マーロ村では髪は濡れタオルで拭くくらいはできたが、1週間に1、2度母に、抱き抱えられ仰向きで小さな桶に頭をさらして洗われていた。
「このまま下を向いて目を瞑ってくださいね。途中で目を開いたらダメですよ。」
と言われてその様に格好をとると、手桶に溜めたお湯をうなじから後頭部に掛けた。
石鹸を泡だて髪につけると、絶妙な強弱で揉み込み、それを何度か繰り返した。
うなじから後頭部に手桶のお湯を何度かかけると、髪の毛もサッパリを洗い上がった。
マリノはクルッと髪をタオルで包み込んで、浴槽に浸かるよう招いてくれた。
「ありがとう」
自然と感謝の言葉が出てきた。
生まれて初めてお湯に浸かった。
ああ気持ちがいい。
何故かクーっと声が出てしまいそうだったのを堪えた。
マリノは特に優しいわけでは無かったが、誠実なメイドだった。
お風呂を出た後、母のカバンの中から適当な服を引っ張り出し着替えを済ませた。
マリノの案内で一階南にある食卓の末席に座った。
食堂は茶色と赤色を基調とした色使いでまとまっていた。
椅子の背もたれの一部だったり、壁紙の模様の一部に赤が使われていて、高級感があった。
すでにヨーネス以外の家族は全員席に着いていた。
イザベラからは鋭い視線で睨みつけられ、ディロイトからは完全に無視され、ミーシャはチラチラとは見るものの兄の手前見て見ないふりをしていた。
時をおかず、ヨーネスが席に着き食事が始まった。
イザベラはショコラの手元や口運びに粗相があったら、真っ先に指摘するつもりだったのたろう。
食事が終わるまでじっと睨みつけていたが、ショコラはボロを出さなかった。
かわりにミーシャがフォークを落としたり、スープを溢したりするのを見て、イザベラは歯噛みしていた。
ショコラは特に教育は受けていなかったが、母にテーブルマナーだけはキッチリ叩きこまれていた。
店に来るお客様の中には、母が忙しくて私の面倒を見られない時、簡単な読み書きと計算を店の片隅のテーブルで教えてくれる人がいた。
それと貴族なのか元貴族なのか分からないが、店の空いたスペースで社交ダンスやカテーシーを教えてくれる人もいた。
私が貴族になる日なんて想像すらした事は無かったけど、このまま行けばマーロ村での経験が少しは役に立ちそうだ。
7歳にしては出来る方の子供だったようだ。
ギリギリセーフだ。子供ながらにホッと胸を撫で下ろした。
貴族のマナーなのか食事中は誰も会話をしなかったが、早々に食べ終えたイザベラが口火を切った。
「貴方、私は認めません事よ。本当に貴方の子なの?
あんなどこの馬の骨とも分からない子供と一緒に食事だなんてもう二度とごめんです。
もし、それでも貴方がそれを強要するなら、実家に帰らせていただきます。」
イザベラの実家はヨーネスと同じくシュナイザー帝国の公爵家で、しかもイザベラの兄はこの国の宰相を務めている。
立場的にも弱いヨーネスはイザベラの暴挙を止める事はできなかった。
「フンッ」と顎を斜めに振り上げて、イザベラが食堂を後にする。
その後ろをディロイトとミーシャが急ぎ足でついて出て行った。
と言うか、ヨーネスはイザベラに謝ったのか?
ショコラは不貞の子になるわけだから、ちゃんと謝らないと・・・
ヨーネスの事が心配だわ!
(作者心の声)
カクシテこの食事がショコラにとっては家族が全員集まる最初で最後の晩餐となった。
ショコラ7歳の秋の事であった。
ヨーネス・金髪 若草色の瞳33歳
イザベラ・銀髪 群青色の瞳 31歳
ディロイト・金髪 深緑色の瞳11歳
ミーシャ・金髪 群青色の瞳9歳
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