クローズ・西村川

ましさかはぶ子

1 クローズ・西村川




「こんにちは、今日は話題の衣料品店、

クローズ・西村川にしむらがわにやって来ました。

イケメンのオーナーさんがいらっしゃるそうですよ。」


ナチュラルカラーが基本の店舗の前で

女性レポーターがにこやかにしゃべっている。


店構えは前面はガラス張りでその中には

白と黒のトルソーが服を着ている。

男性用と女性用、シックでセンスの良い服だ。


その女性レポーターの横には背の高い男性が立っていた。


黒髪で髪は長く後ろで一つにまとめている。

見た目の良い男だ。

そして黒いシャツと黒いパンツである意味個性のない服だが、

細身で背が高いからか、

すらりとして格好が良かった。


「西村川さん、まずこのように紹介しますので、

その後ご自分のお名前お伺いしますので

お話しいただけますか?」


女性レポーターが西村川を見た。


「はい、分かりました。

オーナーの西村川にしむらがわ黒高くろたかです、で良いですか?」


と彼はにっこりと笑った。

一重瞼の涼やかな目元で、美しい顔だ。

レポーターはそれを見て少しばかりほほを染めた。


「あの、苗字だけでも良いですよ、

その後店内に移動しますので、

先程の打ち合わせの通りに商品の紹介をお願いします。」

「はい、分かりました。」


西村川黒高は彼女を見た。


「でも緊張して失敗しそうなら助けて下さいね。」


優しく彼は微笑む。

レポーターはますます顔が赤くなった。


彼女はさっと黒高に頭を下げると、

一緒にやって来たカメラマンと音声の元に行った。


すみれちゃん、ぼーっとしちゃだめじゃないか。」


カメラマンが苦笑いしながら

菫と呼ばれたレポーターに話しかけた。


「いやあ、小車おぐるまちゃん、綺麗な人だとは聞いていたけど、

ちょっとびっくりしちゃった。」


と菫がぺろりと舌を出す。

カメラマンの小車が苦笑いをする。


「確かにすげえいい男だな。男でもはっとするよ。

モデルをしていても不思議じゃないぐらいだな。」


音声担当なのだろう、

望遠マイクを持った男性が言った。


野竹のたけちゃんもそう思うよね。」

「まあ、あの店主の西村川さんがカッコいいと言う

巷の噂を確かめるコーナーだからな。

店の紹介も兼ねているから取材を受けてくれたんだろうけど。」

「でもその噂、どこから聞いたのか憶えてる?」


菫が二人に聞くと彼らは首をひねった。


「あ、どこだったかな?

調べてくれってメールが来たような。

小車、分かるか?」


カメラを調べながら小車が言った。


「多分依頼主からだろ?

ニュース番組に挟むミニコーナーだったかな?」


小車はカメラの様子を見ながら呟いた。


「うん、今日はカメラの調子はいいな。

途中で止まらないと良いけどな……。」


それを聞いた二人の顔が少しばかり青くなる。

その様子に気が付いた小車がとりなすように言った。


「あ、この仕事が終わったら話があるからな。」

「私、西村川さんと打ち合わせしてきます。」


西村川は店内にいた。菫はそこに行く。

彼はテーブルにシャツを広げていた。


「西村川さん、紹介する商品はそれですよね。」

「そうですよ、職人の手作りのシャツです。」


縫い目が美しいパリッとしたシャツだ。


「高そう……。」

「オーダーは高いですよ、一枚10万円です。」

「ひぇ……。」


菫がおかしな声を上げた。

それを見て黒高が少し笑う。


「でもこれは特別に卸してもらっている既製品サイズですから、

そんなに高くありません。

でもお手頃のものもありますよ。」


と黒高はシャツが何枚もかかったハンガーの什器を持って来た。


「この辺りは5千円からありますよ。

余った生地で縫った物ですから、遊び心です。

サンプルみたいなものですから良心的な価格ですよ。

高いものも良いですが、

ご予算次第ではこちらもお勧めします。

というか実は僕が作りました。」


菫がくすりと笑う。


「高いものをお勧めした方がお店にとっては

良いんじゃないですか?」

「まあそうですね。

でも僕はそこそこ売れればいいと思っていますから。」


西村川はかけられたシャツから一枚を取り出す。


「これなどはあなたにお似合いだ。」


それは薄い緑のチェックのシャツだ。

だがポケットが紫でヨークは黄色だ。


「あー、すごい派手。」

「反対色の紫と黄色ですが緑のチェックでバランスを取っている。

危うくて印象的だがわくわくする色ですね。

それでいてきりっとしている。

マスコミの仕事をしているあなたらしい。」


菫の顔が赤くなる。


「あ、ありがとうございます。」

「お値段も5千円ですよ。

ちょっと値が張りますが一点物としてはお得です。」


西村川が微笑んだ。


「西村川さんはずっとこのお仕事をしているのですか?

モデルさんとかしていたんじゃないですか?」


話題を変えるように菫が言った。


「そうですよ、5歳頃からモデルをしていましたが、

ファッションを作る側になりたいのです。

特にシャツですね。好きなんですよ。

それにシャツの職人の方の知り合いがいて

ここで販売しているんです。」


菫は店内を見渡す。

どちらかと言うとあまり流行には関係ないトラッドな服が多く、

彼の話の通りシャツが目につく。

多分全て彼の趣味なのだろう。

ある意味ここは彼の世界なのだ。


「こだわりがあるお店なんですね。特にシャツなのね。」


黒高がにやりと笑う。


「でもお客様が望むならどんな服もご用意出来ますよ。」


その彼を見て菫が不思議そうな顔をした。

彼女は周りを見渡す。


「どんな服と言っても例えば女性のワンピースは無いですよね。」

「大丈夫です。

今あなたがウエディングドレスが欲しいとおっしゃれば

すぐにご用意出来ますよ。」

「えっ、まさかぁ。」


と菫は笑ったが黒高が室内に入って来た小車を見て

すぐに菫を見た。

彼女ははっとする。

なぜか黒高に心を覗かれた気がしたからだ。


「西村川さん、菫ちゃん、そろそろ撮影を始めよう。

西村川さん、お願い出来ますか。」

「はい、構いません、お願いします。」


音声の野竹が店外で構えていた。

西村川が扉に向かう。

その後を狐につままれたような顔をして

菫もついて行った。




「皆さんこんにちは、

今日は巷で噂のイケメン店主がいる

クローズ・西村川に来ました。」


菫が明るい声でカメラに向かってしゃべり出した。

その隣では黒高がにこやかに微笑みながら立っている。

二人の前にはカメラマンの小車と音声の野竹がいた。


そして黒高にはその二人のほかにもう一人、

男性がいるのが見えた。


小車と野竹と同年代の男性だ。


クリエイターらしい姿で何かしら大声で話しているようだが、

そのそばにいる小車と野竹には何も聞こえていない様子だ。


「では西村川さん、店内の紹介をお願いします。」

「はい、どうぞお入りください。」


と黒高が優雅な仕草で扉を開けた。

扉のベルが鳴る。

撮影隊の三人が中に入って来て、

もう一人も何か言いながら入って来た。


「おい、お前ら、いつになったら映画を撮るんだ。

俺はな、脚本を書いているんだ。

早く映画の準備をしろ。」


ついて来た男が言った。

結構な大声だが、撮影隊の人間には全く聞こえていないらしい。

だが黒高にはその声が聞こえた。

少しばかり怒った声だ。


その時だ、店の奥から一人の男が出来て来た。


彼は黒髪の黒高と瓜二つの男だった。

違うのは髪の毛が真っ白なのと、くっきりとした二重瞼だ。

白いシャツとスーツ、白いネクタイを身に着けている。


黒高がちらと彼を見る。

黒高が頷くと白い彼は大声でしゃべっている男に近づいた。


「いらっしゃいませ、ご用件をお聞きしましょう。」


彼は男に頭を下げてにっこりと笑いかけた。

男ははっとした顔で彼を見た。


「お前……、俺に喋りかけたのか。」

「そうですよ、お店にお越しになったお客様ですから。

わたくしは西村川にしむらがわ白高しろたかと申します。」

「客……、」


話しかけられた男は少し考えこんだ。

しばらくすると彼は白高を見た。


「違う、俺は映画を撮るんだ。店に来たんじゃない。」

「でも今日はこの店に撮影にいらしたのでは?

あの、お客様のお名前は、」


白高は彼に言う。


「俺は藪枯やぶがらしだ。

いや、こんな軟弱な仕事は仕事じゃない。

早く映画を撮れ。」


と彼は言うとカメラマンが持っているカメラに触れた。


「あっ!」


カメラマンの小車が声を上げた。

シャツの説明をしている黒高が彼を見た。


「すみません、電源が落ちました。

しばらくお待ちいただけますか?」


小車は慌てた様子でカメラを調べ出した。

菫と野竹の顔が白くなる。


「はい、分かりました。」


黒高はにっこりと小車を見たが、

カメラマンのそばには白高と藪枯がいて何やら喋っており、

藪枯の手はカメラに触れている。

黒高の目にはそれは見えるが

撮影スタッフには見えていないのだ。


「俺の言う事を聞かないからカメラを止めてやった。」


藪枯が怒った顔で言った。


「でも藪枯様、この方々はお仲間ですよね?」


白高が目を細めて彼を見た。


「そうだよ、こいつらと一緒に映像企画会社を作ったんだ。

元々同じ大学の映像好きの仲間だ。

いずれ映画を撮るつもりで会社を作ったんだ。」

「それは凄いですね、

実行力がなければなかなか行動に起こせません。」


白高が感心したように言うと、

藪枯が自慢げな顔で彼を見た。


「そうだろう、俺がいなきゃこいつらだけじゃ続かん。

だがこいつらは最初から今やってるみたいな

小さい仕事ばかり持って来やがった。」


彼は忌々し気に仲間を見た。


「でもこの仕事は生きていくための仕事ではありませんか?

お金がなければ映画も撮れないでしょう。」


白高がそう言うと藪枯の顔が固まり、

そしてカメラから手が離れた。


「あ、動いた。すみません、エラーかな?」


小車が顔を上げた。

黒高が彼を見る。


「このような事はよく起こるのですか?」

「あ、まあ。」


青い顔のまま小車が言った。


「以前からよく起こるのですか?」

「いや、その……、」


小車が口ごもる。

顔色の悪い菫が黒高を見た。


「あの、藪枯さんがいなくなってから

こんな事が増えて……。」


黒高はそれを聞きながら視界の縁にいる

白高と藪枯を意識した。


「藪枯さんはお仲間でしょうか。」

「ええ、そうです。あの、」


音声の野竹が黒高を見た。


「実は音声にも雑音が入るんです。

今日もさっきから雑音が入っていて……。

人が喋っているような怒っているような。」

「そうですか……。」


黒高が腕組みをして少し考えた。

カメラマンの小車はカメラのモニターを見て画面を確かめていたが、

彼はモニターを皆に見せた。


「あの、西村川さん、

気持ちが悪い話ですが、一度これを見て頂けますか?」


カメラの小さなモニターを皆に見せる。

するとそこには先程の電源が落ちる寸前の映像があった。


そこには一人の薄い人影がある。

そしてその人に近づく真っ白な人影が現れた。

その瞬間画面が真っ暗になる。


「あの、俺達が取材に行くと時々人影が写るんです。

でもこんな白い人影が写ったのは初めてだ。」


撮影隊の皆はしんと黙り込んだ。


「あの、藪枯さんと言う方は今どうされているのですか?」


黒高が皆に聞いた。

菫がぼそぼそと喋りだす。


「取材に来てこんな話をするのもおかしな事ですけど、

藪枯は一年程前に事故で亡くなったんです。」


小車がため息をつく。


「俺達と一緒に仕事をしていたんですよ。

会社設立に深くかかわっていたので

プロデュース的立場でしたが、

まあ、小さな会社なのでみんな同じですけど」

「もしかすると藪枯さんが亡くなってから

こう言う事が起きるようになったのでは?」


皆がはっとして黒高を見た。


「西村川さん……、」


少し震える声で野竹が言った。


「何か分るんですか?」


それを聞いて黒高が薄く笑った。


「もう少し事情を聴かせていただきますか?」






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