第22話 聖女が訪問して来た

 家の中でのんびりしている朝、珍しく家のドアがノックされる。


 家に呼べるような知り合いなんてのは当然いないため、不自然で仕方ない。


 「輝夜様、静華様に変身して物陰に隠れてください」


 物陰なんてのは当然少ないので、タンスの影に隠れる。


 中に入れないのは、唯華のアビリティでインベントリに設定されたら命ある者は入れないからだ。


 唯華は包丁を片手に持って、ゆっくりとドアに近づく。


 彼女がそこまで警戒する相手がドアの向こう側にいるのか⋯⋯。


 「あれ? でも律儀にノックしたよな?」


 敵ならば無理やり入って来るか不意打ちはしてもおかしくない。


 だと言うのにノックでしっかりと許可を求めている。


 その疑問の答えを出す前に、唯華がドアを勢い良く開けて刺突を放った。


 空気を切り裂く刃は空を刺した。


 「いきなりの挨拶ですね」


 「なんの用だ聖女」


 「ッ!」


 訪問者はなんと、聖女だった。


 どうして、なんて考えなくても分かるだろう。


 疑問を持つべきなのはどうやって家を特定したかだ。


 静華である俺の事を聞き回って来たのか、唯華の姿を見たのか⋯⋯。


 普段外を歩く時も警戒を緩めない唯華なので、後者は考えにくい。


 たまたま目にしたメイド服は印象に残るかもしれないが⋯⋯。


 今は理由は良いだろう。考えても無駄だからだ。


 「少々お話があるのですが、中に入ってもよろしいでしょうか?」


 「ここは私達の愛の巣です。他の人間は何人たりとも入れる気はありません」


 「ですが、外に漏らしたくない内容なのです。どうかご理解を」


 「いきなりやって来た分際の言葉か?」


 「アポをとる手段を持ち合わせていませんでしたので。ご都合の合う日を申していただけのならその日にもう一度、お伺いに参ります。できる限りお早めの方がありがたいのですが」


 「だったら⋯⋯」


 「適当の年月を喋ると言う行為は貴女様の品格にも関わりますよ」


 聖女が息を殺している俺の方に視線を向ける。


 やっぱり、彼女相手には意味が無いのか。隠れていても見つかってしまう。


 唯華も俺の方を横目で見る。


 「今は時間がある。話くらい聞こう」


 「ご配慮感謝致します。静華様」


 「なぜ⋯⋯」


 「被害者の子供達には名前を言っている。それにここの街でも普通に呼ばれている。驚く事じゃないよ」


 唯華を宥めつつ、聖女を家の中に入れた。


 落ち着いて、怒りを押し殺して冷静に話を聞こう。


 「お茶も出せないからね。おもてなしには期待しないで欲しい」


 「貴様に出す物は一切ありません」


 キッパリ言い過ぎだろ。


 「問題ございません。お気遣いありがとうございます」


 皮肉か? それは何も出さない俺達に対する嫌味なのか?


 しかし、そんな悪意を一切感じさせない無垢の笑みを浮かべている。


 聖女は強いから聖女に選ばれた訳では無い、のかもしれない。


 「それで、お話と言うのは」


 「まずは⋯⋯」


 二種類以上の話が確定した。面倒だ。そして唯華の殺気が怖い。


 アマテラスと敵対したらここではやって行けなくなる。それだけは避けなければ。


 「先日の誘拐事件の解決への助力、誠に感謝しております。助けられなかった命は多いですが、救えた命も多い。アマテラス様もお喜びになるでしょう」


 そんな神がいるならば、こんな世界を作り上げたのはどうしてか。聞きたくなるね。


 慈悲深いのならこんな世界は用意するべきじゃなかった。


 「そちらの件での謝礼金なのですが⋯⋯」


 「必要ない」


 「静華様?」


 元々関わる気の無かった案件だ。たまたま関わって解決に力を貸したからって金を貰う訳にはいかないだろう。


 貧困な状況でも小さなプライドはあるのだ。


 「ただ、これは僕の意見だ。彼女はどうかは知らない。そして僕は何もしてない。モンスターを倒したのもベルギーレの戦意を奪ったのも彼女の力だ」


 「謝礼金はこの場でお支払いが可能です。お受け取りになりますか?」


 聖女は唯華を見て問う。


 ここは唯華の裁量に任せる事にしよう。俺があれこれ言うのはお門違いだ。


 「愛する主が受け取りを拒否なさったのです。専属メイドである私がお受けになる訳にはいきません」


 「さようですか。素晴らしいお二方です。わたくしの目に狂いは無かった」


 「「それは無い」」


 「え?」


 「「いえなんでも」」


 聖女は本題と言わんばかりに、懐から1枚の紙を取り出した。


 紙である。ペラペラな紙。


 「⋯⋯金持ち〜」


 「何か申しましたか?」


 「いえ」


 小声で言った愚痴が拾われていないか不安になる。


 紙に書かれた内容は、ここの下⋯⋯つまりは地上にSランクモンスターが滞在しているとの事だった。


 「このモンスターの討伐は我々アマテラスが行う事にしました。ですが現在は教皇が不在なため戦力が不安でございます」


 「そこでうちのメイドに白羽の矢が立った、と」


 「さようです。先日お見かけしました貴女様の力は常識外れ、Sランク相手に戦えると判断しました。報酬ももちろんお支払いします。どうか助力をお願いできないでしょうか」


 唯華ご指名なので黙っていると、唯華は一言も発しずに俺の方をジッと見ていた。


 「ふぅ。お断りします」


 「⋯⋯理由をお聞きしても?」


 「純粋に危険だからです」


 Sランクモンスターは本来危険なモンスターなのだ。相性次第では唯華も負ける可能性がある。


 地上での敗北は基本的に死を意味する。


 そんなの、認められる訳が無い。


 「静華様⋯⋯」


 少し嬉しそうな唯華の声が鼓膜を動かした。


 聖女は簡単には食い下がる事は無かった。


 Sランクモンスターがとても危険な存在なのは常識である。聖女も単騎で挑むのは無謀だと判断したのだろう。


 かと言って聖女と肩を並べて戦える人員がアマテラスに入信しているとも限らない。⋯⋯実際にいないからここに来たのだろう。


 「静華様、ご心配痛み入ります。ですが提示された報酬はかなりの高額、お受けするべきだと私は考えます」


 「⋯⋯気は進まないが、戦う本人が良いと言うなら止める権利は無い」


 確かに報酬は良い。だけど、唯華は何においても替える事のできない大切な人だ。


 危険性を考えれば、本気で断りたい。


 ⋯⋯この本心があるからこそ、唯華は受けるのだろう。俺のためになるから。


 「ご了承いただけると言う事でよろしいですか?」


 「お前の提案に乗るのは気分が優れないが、やってやろう。ただ、私は静華様がいないと本気が出せないから一緒に来て貰う」


 「危険ですよ?」


 「私の傍が一番の安全地帯だ」


 唯華の殺気を真正面から受けても聖女は笑みを崩さず、最上の笑顔で依頼承諾を喜んだ。


 ギルドなどを頼らずに直にこちらに依頼をしたと言う事は、それだけ唯華の実力を評価しているのだろう。


 信頼のある相手に仕事を頼む方が確実、世の中そんなモノだ。


 「それでは改めて後日、ご一緒にSランクモンスターを討伐しに参りましょう」


 「その前にお前がくたばってないと良いですね」


 「健康には常日頃気を使っております。ご気遣いありがとうございます」


 本当に心配されていると思っているのか、嬉しそうに微笑んだ。


 なんと言うか、良くも悪くも純粋なんだな。


 毒気が抜かれて行く。


 「質問よろしいでしょうか?」


 「なんでしょうか? 答えられる範囲で取捨選択した後にお答えします」


 「どうして我々をそこまで目の敵にしているのですか。お二人から感じる殺意は常軌を逸してます。まるで親の仇を憎む、そんなドロドロとした殺気です」


 「「⋯⋯」」


 聖女は気づいた上で俺達を頼ったのか。肝が据わってる。


 「それについてはお答えする事ができません。仕事はしっかりしますのでご安心ください。不意を狙って貴女を刺す事もしません。⋯⋯僕は」


 「私もです」


 「かしこまりました。それではまた」


 聖女はドアを丁寧にゆっくりと閉めて、帰って行く。


 俺は元の姿に戻る。


 「良かったのか、本当に。アマテラスの依頼を受けるなんて」


 「報酬は良かったですからね。公私別で考えます。⋯⋯それに、あのような姿を見せられたら毒気が抜かれると言うものです」


 「だな。受けたからにはしっかりやろう。良いか?」


 「もちろんでございます。輝夜様の名に傷は付けません。⋯⋯ただ、ゼラ様では無いのでおしおきが無いと思うと⋯⋯モチベが9割下がりますね。全力が出せないかもしれません」


 「おいおい。そんなんで悦ぶなよ」


 「メイドにおしおきされたら、輝夜様は悦びますよね?」


 「⋯⋯明日に備えて寝るか」




◆あとがき◆

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