第15話 不可解な感情

 管理世界にて。


 オーガ達の士気が明らかに下がっていた。


 畑作業もしているが、知識も経験も乏しいためか成果は出にくい。アースワームの力でそれでも成長は早いだろう。


 「さて。士気低下はかなり困ったな」


 反旗を翻したら大変だ。俺達への敵意が出た瞬間、アースワームがオーガを丸飲みにする。


 土さえ食っていれば問題ないアースワームは時々遊んでやれば満足してくれる。


 唯華への恐怖もあってか忠誠心が高く、敵には容赦しないだろう。


 「まぁ、問題は明らかだな」


 全員の腹から声が響く。


 理由は単純明快。空腹だ。


 コイツらの主食は肉となっている。モンスターなのでモンスターの生肉で問題ないだろう。


 「とりあえず買い物に行くか」


 「私もお供します」


 「いやそれは困るぞ」


 「物騒な話を聞いたではありませんか。念の為の護衛でございます」


 「メイド服しか無いのにどうやって?」


 俺の言葉を待ってましたと言わんばかりに、肩を揺らしてフッフッフっと笑う。


 楽しそうでなによりだ。


 「これでも私、2着程私服がございます」


 「まじか。貴族時代もユイの私服姿なんて見た事ないぞ」


 「街に出かける事がありませんでしたからね。私自身制服が気に入っておりました。輝夜様の道具としての自覚が芽生え⋯⋯」


 「それじゃ行って来る」


 唯華の話を切り上げて出ようとしたら、必死に止められた。


 説明は省略し、唯華が私服に着替える。


 「【換装】プライベートモード!」


 貧民地区に住むにしては気品があり質の良い服である。


 フリルの付いたスカートを靡かせ、髪の毛を結んでサイドテールにする。


 大人のお姉さん、そんな雰囲気を醸し出している。


 「⋯⋯あんまり好ましくないけど、一人で出るのも危険か。よろしく頼む。くれぐれも正体がバレないように」


 「貧民で配信を見れる程に余裕のある人は少ないと思います」


 「配信じゃなくても四六時中メイド服でスーツケースを転がしているから目立つ。⋯⋯それにユイは綺麗だからな。余計に目立つ」


 「ナチュラルに褒めますね。おしおきですか?」


 「意味わからん」


 俺は静華モードになって外に出た。


 とりあえず肉の調達だ。


 モンスターの肉を得るのに地上まで行って狩りをするのは効率が悪い。最近はモンスターのエンカウント率も下がっているし。


 精肉屋へとやって来て、内容を確認する。


 「⋯⋯倍に値上がりしてる、だと」


 「静華ちゃん久しぶり」


 「お肉屋さん。お久しぶりです。⋯⋯ちょっと⋯⋯かなり、値上がりしてますね」


 唯華は物陰で気配を殺して俺の見張りをしている。


 一緒に散策したかったのだろう。最初の方は駄々をこねられた。


 念には念をと言う事で離れて行動している。


 「最近モンスターの肉が不足しててね。かと言って動物の肉は貴族向けでさ」


 質は圧倒的に動物の方が高く、その場合は貴族に高く売った方が儲けになる。


 「それは理解してますよ。⋯⋯モンスターが減っているんでしょうかね?」


 「そうだと思うよ。モンスターの出現理由は未だに未解明だから不思議と思っても良いか分からんな。⋯⋯貴重な肉が手に入らなくて困ってるよ」


 「アマテラスからの供給ですら追いつけない深刻な肉不足⋯⋯」


 普段だったら4万で買える肉が8万。今なら買えなくも無いが贅沢はしたくない。


 それにこれは稼ぐチャンスでもある。


 モンスターの肉を集めれば仲間のモンスターの食料不足も解消。不足しているため普段よりも高値で売れる事間違いなし。


 「これはのんびりしてられないな。効率とか言っている場合でもない」


 「静華ちゃん?」


 「また今度来ますね。また!」


 「ああ。またね」


 早足で家に帰り、唯華と共に地上へと向かった。


 今回は配信しないでおく。ゼラモードなのは変わらずだ。


 「配信しないんですか?」


 「何で悲しそうなんだよ」


 「不特定多数に見られながらゼラ様に調教されると考えるだけで⋯⋯ぐへへ」


 「聞いたのが間違った。反省するわ。それよりモンスターを探すわよ。狙いはミノタウロスかオーク」


 この二体は肉が沢山取れて美味い。


 さて、モンスターが減っている理由は分からないが根気強く探していこう。


 肉と金。この二つを手に入れるのだ!


 「行くわよメリー!」


 「はい。ゼラ様」


 意気揚々と出発してから数時間後、正午をまたいでようやくオークを発見した。


 その数3体。


 「やっておしまい!」


 「⋯⋯」


 唯華は動かなかった。まるで屍のようだ。


 「オークを殲滅しなさい!」


 「⋯⋯」


 唯華は動かなかった。まるで屍のようだ。


 「⋯⋯今は配信じゃないのよ!」


 「承知しております」


 「じゃあ行ってよ! 戦ってよ!」


 「⋯⋯」


 返事が無い。以下略。


 俺は唯華の底無しの欲望を見誤っていたようである。


 「⋯⋯どうしよう」


 唯華を動かすには何かをしないといけない。単純なお願いじゃだめだろう。


 ⋯⋯本当にそうか?


 今は配信じゃない。キャラ設定なんて関係ないのだ。


 キャラ崩壊バンザイ!


 「⋯⋯ユイ」


 「ッ!」


 俺は唯華の前まで行き、下から瞳の奥を覗き込むように見上げる。


 人差し指を顎に当て、反対の手でスカートを引っ張る。頬を染めて照れくさそうに!(ここ重要)


 「あの豚を倒して、欲しいな?」


 可愛らしい声を出した。


 「⋯⋯」


 しかし、唯華は全く反応しなかった。


 やはり単純なお願いでは無意味のようだ。さすがは唯華、手強い。


 「ブホッ」


 そう思ったが、彼女は吐血して倒れた。


 「え、ちょっと!」


 「不意打ち過ぎます輝夜様。⋯⋯コレも悪くは無いですね。おまかせください。唯華の名に誓って」


 立ち上がった唯華は能力を使って包丁を取り出した。


 「部位ごとに切り離せばよろしいですよね」


 「ええ。できるかしら?」


 「私はメイドです。そのような家事の延長戦、可能に決まっております。むしろ得意分野ですよ」


 「あはは。そう言われると凄く不安」


 「そんなっ!」


 唯華は悲しさを押し殺すように唇を噛み締めて、スタートを切った。


 地面を砕く脚力で接近し、一撃で命を奪う。


 その後、目にも止まらなぬ斬撃で皮を剥いで肉をブロック型で切り出した。


 その手際は見事なモノで、呆然と見惚れる程には綺麗な動きだった。


 「解体に慣れてるのかな?」


 解体が終わり、血を払ってから俺の元へ駆け寄って来た。


 褒めて欲しそうな想いが隠しきれてない表情を浮かべている。


 それが少し、犬っぽくて可愛いと思いつつ、感謝を述べる。


 「ありがとう。助かったわ」


 「⋯⋯はい」


 唯華は嬉しくなさそうに、小さな返事を短く口から出した。


 とりあえず持ち帰ろうかな。


 唯華のアビリティはここでも大活躍。注意点としては武器などの入っているのと同じ所には入れない事。


 血が着けば錆びる原因になるし、衣服に関しても生臭くなる。


 「管理世界には直接渡せば良いかな。分量を考えよっか」


 「はい」


 モンスターの食料と売る分を考える。


 モンスターの肉は特殊な処理をしないと生身の人間には毒物と変わらないので、売る以外に基本選択肢は無い。


 その特殊な処理は専用の道具やアビリティなどが関わっており、俺らでは不可能。


 天へと帰ると、人々の悲鳴が響き渡る。


 「輝夜様お下がりください」


 唯華が警戒心を全開にする。それだけで緊迫感が増す。


 建物を破壊しながら姿を出したのは異様なモンスターだった。


 ミノタウロスとケンタウロスを混ぜたような、上半身が牛で下半身が馬である。だが手は人に近い。


 人間では無い、真っ黒い豆のような目と俺の目が合った。


 「うっ」


 まただ。


 異質なモンスターから感じる視線もまた異質。


 俺を害そうとか殺そうとか、そんな感じの気配がしない。


 悪意も殺意も感じない純粋な瞳。


 そこから感じるまた別の感情。それが分からない。


 ⋯⋯はっきり言えば、気持ち悪い。


 「ユイ⋯⋯」


 気持ち悪さに怯んでしまったが、今回こそ情報を探りたい。


 だから生かして捕まえて欲しいと言おうとしたが、一足遅かった。


 俺の方へと真っ直ぐ向かって来るモンスター。


 俺を守る事を第一に考えている唯華は問答無用でモンスターを狩る。


 慈悲なんてのは欠けらも無い。確実に、そして一撃で命を刈る。


 「害獣がっ」


 街を壊して来たのだ。被害にあった人が大勢いる。


 唯華の行動は第三者から見ても正しい行為である。


 ⋯⋯でも、やはり。


 俺の心は晴れなかった。


 「一体、なんなんだよ」


 散り行くモンスターを見ながら、俺は悪態を吐いた。






◆あとがき◆

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