第3話 我に返ると、ふと思う。何が覚悟だ阿呆らしい
アースワーム、それは地面や石材などを喰らうミミズ型のモンスターである。
その強さは鋼鉄を簡単に砕く程の力と溶かす胃酸にある。
見た目の悪さはトップクラスだが、強さのランクはA。上から二番目だ。
Aランク一体で街一つは壊滅させられると言われる程の力。
Aランク帯の中でも弱い部類なので、A-と言う方が分かりやすいかもしれない。
ここはまだ出入口の近くだ。だと言うのにどうしてアースワームがいるのだろうか?
だいたいここは海が近く、山などに生息するアースワームが来るような所では無い。
「虫ケラ風情がッ」
「んっ?!」
アースワームの丸い口から泥団子が吐き出された。
尚、この泥団子が命中すると人間は骨まで溶けます。
回避能力の無い俺をお姫様抱っこで逃してくれる。
「⋯⋯ッ!」
見上げる唯華の顔は、鋭く戦闘者の顔だった。怖くは無い。ただ、かっこいい。
“ゼラ堕ちた?”
“惚れたな”
“メイド服ってこんな機敏に動けるの?”
“なんかの能力があるのかなその服?”
“これは終わったな”
“いきなりAとかツイてない。しかもこんなお笑い解放者なんて特に”
“武闘派じゃないとなさすがに”
“ここってどの付近だろ?”
“おしおきの邪魔しやがって”
“さいなら”
“楽しめると思ったんだけどな”
“期待してたけど残念”
俺を支える手に唯華は無意識に力を込める。
「いたっ」
「よくも⋯⋯」
わなわなと震える唯華。この子、冷静に見えたけど内心では煮えたぎる怒りを抱えていた。
「よくも愛情たっぷりの『おしおきタイム』を邪魔してくれたな⋯⋯」
「何よ。おしおきタイムって。阿呆なの?」
だいたいなんだよ愛情たっぷりって! ある訳ないだろ!
申し訳無さと唯華の表情見て虚無状態だったわ!
必死に演技をやろうって頑張ってたわ!
愛情を乗せる余裕も心も持ち合わせていなかったよ!
色々と言いたい事はあるが、カメラがある手前呑み込んでおく。
「ゼラ様、あの下等生物の駆逐命令をいただけないでしょうか⋯⋯怒りで視界が真っ赤になりそうです」
「十分怒ってるわよね? そうね⋯⋯」
指示を出そうとした瞬間、ワームの口から岩石のような礫が飛ばされる。
「ヒェッ!」
驚きと恐怖で唯華にしがみつく。
風切り音が聞こえるのでかなりの速度だろう。
「下劣なミミズもどきめ。二度も可憐なゼラ様を狙うとは⋯⋯生かしておけませんね」
だいたい二人でいるんだからどっちを狙っているかなんて分からんだろう。
⋯⋯それにしても俺って意外に冷静だな。普通に女の子のたわわな胸を押し付けられているのに。
これも変身の影響か。嬉しいような残念なような。
「まぁ良い。あのキモイの倒しちゃなさい!」
「仰せのままに」
“え、戦うの?”
“無謀がすぎる”
“逃げろよ。多分逃げれるよね?”
“キャリーケースが放置されている”
“なんでキャリーケース?”
“鞭打たれてニンマリしていたのに、めっちゃキリッとしている”
“感情の起伏どうなってるの?”
“大丈夫かよ”
“あの女死んだな”
“好きな見た目だっただけに残念だ”
“ばいなら”
“はぁ”
俺を背に唯華は二丁の刺身包丁を構える。
彼女は俺を護る時、あとはテンションやモチベによって強くなる。
それは彼女のアビリティ【
護る対象がいる時に総合的能力を大幅に上げる能力だ。他にもインベントリを他人に使わせないようにもできる。
だがこの能力、自分の
怒りや喜びでも構わない。
テンションが上がれば総合的能力は上がる。
反対にテンションが下がると普段よりも力は出せなくなる。
平常心を保つと普段通りの力が出せるのだ。
簡単にまとめれば、気持ち次第で弱くもなるし強くもなる。
「醜い見た目でゼラ様の瞳を汚し不快な想いをさせた。それだけでも万死に値すると言うのに二度も攻撃を仕向けた。貴様、簡単に死ねると思うなよ」
唯華が怖い。
強気で振る舞うって言うキャラ設定はあるけど、それができなくなるかもしれない。
そうなったら『わからせ』ができてしまうな。ちょっとメリットか?
ゆっくりと近づく唯華にアースワームは泥団子を吐き出す。
命中すれば唯華とて無事ではすまないだろう。
「汚らわしい」
刺身包丁でソレを⋯⋯粉々に切り裂いた。
包丁は無事。飛び散った欠片は地面に落ちるとジューっと溶かした。
「うそぉ」
“え?”
“あれって金属も簡単に溶かすんだど?”
“あの包丁の素材って胃酸に強いのかな?”
“そうなるとめっちゃ高級品なのでは?”
“どうしてAランクモンスターに通じる素材を包丁にしたし”
“高速で動かせば溶ける前に胃酸を避けれるのか?”
“なんてこった”
“よー分からんなってきた”
唯華が激しく揺れたかと思うと、次の瞬間にはワームの横にスタンバイしていた。
「輪切りになると良い」
回転斬りがもはや竜巻。
高速の斬撃でアースワームの太く長い身体は削られて行く。
輪切りにされた事で臓物が飛び散り、それも地面を溶かす。
何より特殊な臭みが辺りに広がり、鼻をつまみたくなる。
「おや?」
唯華は数秒でアースワームの身体を輪切りにしてしまった。
しかし、奴は生きようと肉体の再生を始める。
「輪切りでは物足りなかったようですね」
動体視力では追いつけない。最上級の殺意を込めた斬撃の嵐によって⋯⋯肉片を残さない程に粉々に切り刻まれた。
俺を狙った、それだけの理由で唯華はガチギレする。
今後の身の振り方に気をつけようと、心の底から思った。
トロールと違ってアースワームの血液は浴びると融解するので、強制おしおきタイムには入らないだろう。
良かった良かった。
「む?」
「取り逃しましたか。私とした事が」
通常のミミズサイズになったアースワームがプルプルと震えて唯華を見上げている。
目があるかは知らないが、こうなると可愛くも思える。
サイズは重要だね。
「ここはせっかくだしね。メリー、トドメは良いわ」
「ですがゼラ様、コイツは」
「良いと、言っているのよ?」
やりたい事ができたので引いてくれ。その意味を込めて言った。
他意は無かったのだ。
しかし、唯華の脳内処理はどうしてか再び「殺すべき」となった。
「やりたい事があるのよ。このゼラ様の⋯⋯命令が聞けないと言うの?」
「申し訳ございません。一下僕の分際で厚かましい発言をどうかお許しください!」
土下座をする勢いで膝を着いて俺の前に頭を垂れる。
そこで理解する。
『わがままを言った→おしおき』
これが唯華の脳内処理で行われたのだろう、と。
だから俺も瞬時に結論を出す。
「そうね。今からやる事を後ろで見ておきなさい」
「ほうちぷ⋯⋯かしこまりました」
“このメイド放置プレイって言おうとしたな”
“Aランクモンスター瞬殺した事に驚いたのに⋯⋯なんか一気に冷静になったわ”
“これはどっちだ。どっちがこのメイドさんの本性なんだ?”
“もう訳分かんないよ”
俺はアースワームに近づいて、腰を下ろした。
「お前をゼラの配下⋯⋯下僕に加えてあげる」
「そんなゼラ様! 私だけでは不満があると言うのですか! 不満があるなら全て私にぶつけてください。如何なる不満も受け入れてみせます。ええ、それがどんなに苦しく痛みを伴うものだとしても! むしろそうするべきです!」
「アンタは黙ってなさい!」
話がややこしくなるわ!
「ごほん」
話を戻すためにわざとらしく咳払いをする。
アースワームに手を伸ばす。心を通わせる必要がある。
「これは契約よ。お前に居場所を与える。住まう世界を提供しよう。代わりに、このゼラに忠誠を誓え。裏切りなど、考えれない生活を保証してやろう」
安全を与える代わりに俺のために働いて欲しい。
後はアースワームの決断だが⋯⋯ソイツはゆっくりと動いて俺の手の上に乗った。
すると、アースワームの身体に『ゼラニウム』と言う名前が刻まれた。
契約者の名前だ。変身解除するとどうなるんだろ?
初めての事だから分からない事だらけだな。
これは俺のアビリティの一つ【
モンスターと心を通わせ仲間になる契約を結ぶ事ができる能力。
ただし、強制力はあまり無いので今後の態度次第では命令無視、契約破棄、裏切りも有り得る。
「向こうには土の平野が広がってる。アースワームは大地を喰らえば生活できると聞く、後で会いに行くから好きなように過ごすが良い」
食料は問題ないと思っているが、正しいかは分からない。だから後で会いに行く。
アビリティ【
モンスターを管理世界から召喚したり送還したりとできる能力だ。
その世界は今はまだ広くないが、いずれは広くなると思っている。アビリティは鍛える事が可能だからだ。
モンスターの食料を運び込む必要があるため、俺や俺が認めた者も出入り可能だ。
アースワームを送還して、俺は配信を切り上げる事にする。
視聴者は七百人、初回にしては上出来だと思いたい。
それに偶然とは言えAランクの仲間が増えた。
かなりの話題性になるだろう。
後はこのチャンネルコンセプトを好きになってくれる人がどれだけいるか、だろうか。
「それじゃ、今日はこの辺で勘弁してあげる。お兄ちゃんお姉ちゃん達、また来なさいよ」
カメラに向かって言うのってかなり恥ずかしいな。唯華が見ている前なのもあって余計に恥ずかしい。
変身中だから恥ずかしさが抑え気味だが、解除したら途端に羞恥心が俺を攻撃して来るんだよな。
はぁ、そう考えると憂鬱だな。黒歴史を増やすチャンネルだと自覚したくない。
「命令違反をした私へのおしおきは?」
「アースワームを倒したからチャラよ」
「そんなああああああ!」
⋯⋯そこまで絶望しないでよ。
“乙”
“最後に泣いたのはメイドさんかよ”
“中々に好きかも”
“今後に期待”
トロールから手に入った僅かな素材を売り家に帰った。
変身解除する。
「⋯⋯はわわ」
「輝夜様?」
「なーにがメスガキだよ気持ち悪いな!」
蘇る配信時の記憶。嘲笑したくなる俺の存在。
忘れたくて、思い出したくなくて、振り返りたくなくて、狭い家の中をゴロゴロジタバタしまくった。
そうする程、記憶は鮮明に蘇る。
「なにが覚悟はできた、だよ。ばっかじゃないの。はぁ、風に成りたい」
「うわぁ」
その光景は唯華に引かれた。蔑む目を向けられた。
⋯⋯おかげで落ち着けた。ちょっと興奮しそうだったのは、秘密だ。
◆あとがき◆
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