第20話 高校入学②


「あら新入生ね」


 声を掛けて来たのは、スラりとした背の高い女性だった。


 肩程まで伸びたやや青みを帯びた美しい艶髪の毛先は緩く巻かれており、燦燦さんさんと照り付ける陽光の中でも枝毛の一本も見えない。


 端正な顔立ち、そして分厚い冬服の上からでも分かる程に、肢体は引き締まっていて健康的な美を感じさせらる。


 僕達を “新入生” と言う呼び方から察するに恐らく二、三年生だろう。

 生徒会役員かその手伝いと言ったところだろう。


(休日だろうにご苦労なことだ)


「はい。そうです」


「このコサージュを胸に付けて置いてね。新入生の目印だから……私が付けてあげる」


 そう言うと……僕の胸元まで屈んで安全ピンでコサージュを留める。


 シャンプー、リンスいやコロンだろうか? 髪の毛それとも制服? 兎角先輩から漂ってくる甘い良い香りで理性がガンガンと削られて行くのを感じた。


「はい。できたわよあなたも……」


 そういうと春姫さんの方へ屈む。

 内心のもう終わってしまったのかと言う気持ちと、理性が持って良かった。という安堵感で僕の内心は、四色定理で塗り分けられた絵画のように滅茶苦茶になっている。


「胸が大きくて上手く付けられないわね……できた!」


 まるで僕の心は割れたステンドグラスのようだった。

 春姫さんは「やっぱりおっぱいが好きじゃない」。とでも言いたげにジト目でこちらを見ている。


「改めて、入学おめでとう」


「あ、ありがとうございます」


「さ、早く掲示板を見て来た方がいいわよ。後からクラスに入るとそれだけで注目されるもの」


 確かに不用意に目立ちたい訳ではないので先輩の助言には、素直に従おう……


「ご忠告ありがとうございます。では失礼します」


 と言って礼をして立ち去ろうとした時だった。


「あ、先輩探しましたよ……生徒会の人達が先輩を探してて……私、どうしていいか分からなくてぇ~~」


 どたどたとどんくさい足音を立てて、並みの中学生よりも小さな女性が走り走り寄ってくる。


 しかも、ばいんばいんと大きな胸が揺れている。

 するとによって揺れる胸に視線が吸い寄せられる……


「教えてくれてありがとう。乃杏のあ、あなたは性格的にコサージュ付けは向いていないと思うから、私と一緒に付いてきて頂戴」


「げっ! 先輩私、また動くんですかぁ」


 体躯の小さな女性は、やけにハイテンションで不満を述べる。


「そうじゃないと今以上に色んな所にお肉が付くわよ。それに単位オマケして貰ってるんだから、先生方から文句が出ない程度に働きなさい」


「はーい」


 そんなやり取りを見せつけられながら先輩達は目の前から居なくなる。


「凄い先輩だったわ……それになに? あの爆乳……むしろ魔乳だね!」


 そう言って自分の豊かな胸に視線を落とした。


(十分大きいと思うけど、バトルマンガのように胸の大きさもインフレしていくのだろうか?)


「あーキャラ立ってたね! あの二人会話から察するにスレンダーな方が三年生でおっきい方が二年生かな?」


「やっぱり見てたのね、このおっぱい星人!」


 おろし立ての冬服に身を包んだ少年少女達は、普段は見向きもされないであろう掲示板に群がっている。


「僕のクラスはどこかな~~」


 自分の名前を沢山あるクラスの中から探し出すのに苦労していると……


「あ、1組だって……」


 僕の隣で鈴が転がるような声がした。

 自分の名前を探していたら偶然僕の名前も見つけたといったところだろう。


「春姫さんありがとう。春姫さんはもう自分のクラスは見つけた?」


「何を隠そう私も1組なの」


 春姫は大きな胸を張った。

 普通の学校なら姉弟はクラスを分けると聞いたことがあるけど、僕達の場合は純粋な姉弟とは言えないからそういうこともあるだろう。面倒ごとを纏めたとも言う。


「ああ、なるほど……」


「すごいすごい! 私達同じクラスだよ!」


 そう言って抱き着いてくる。

 厚い生地の冬制服からでも伝わってくる大きな胸の柔らかさに圧倒される。


 それに酸素が不足してきて……苦しい。


(まあでもおっぱいで死ねるなら、おっぱい聖人にとって本望か……)


 おっぱいに殉教すれば聖バストゥヌスとでも呼ばれるだろうか?


 心の中で「でも幸せならオッケーです」と言う空耳が聞こえる。

 幻聴が聞こえるほどに、酸欠が酷いようだ。


 暫く胸と女体の柔らかさを堪能していると、元気メーター(物理)の限界を感じ僕は春姫を引っぺがした。


 危なかった……。もう少しでシンクロ率が上がりすぎて、人に戻れなくなるところだった。

 止めてくれてありがとう赤木博士。


 春姫さんが跳ねてはしゃぐもんだから、流石に周りからの視線が集まってきて気恥ずかしさを覚える。

 スカートは絶対防御を発動し、パンチラの一つもすることはない。


(アイアンドーム、イージスシステムはここにあったのか……)


「いい歳しして短いスカートでぴょんぴょん飛び跳ねながら、胸で押しつぶすのは色々と限界を迎えそうだからやめてくれ!」


 全国の童貞ピュア男子の意見を代弁する。

 見せてくれるのも当ててくれるのも嬉しい。だが物事には順序と限度があるのだ。


「でも嬉しかったでしょ?」


 これみよがしにグラビア雑誌のように腕を組むと大きな胸を押し上げ強調する。


「……嬉しいけど僕だって男だってこと忘れないでほしい」


「え、これで勇気くんに何かされても、これまでの信頼分の代金だと思ってる。それで何かされても距離を置けばいいだけだし、お義父さんとお母さんに迷惑かけるようなことはしないって信じてるから……あれ? もしかして勇気くんは我慢できなくなっちゃう?」


「……鋼の意思で耐える……」


 「しない。」と断言できるほど、僕は枯れていない。

 そして理性的でもない。

 家族だけど家族じゃない僕達の関係と距離感には戸惑うことが多い。


「よしよしいい子だね。どーしても我慢できないなら下着までなら使っていいから。じゃぁ私、職員室に行ってくるから教室の雰囲気とか教えてね……」


 そう言って僕の頭を胸元で抱え込む。

 僕は再び引きはがす。


「使わないよ! あと教室の雰囲気ね。了解」  

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