第27話 砦(5)
翌日は大事をとって狩りには出なかった。商人がきているから、いつもならカザンたちを連れて売り買いにでかけるのだが、今は隊長がおらず、そのにらみが利いていない。怪しい動きをしそうな連中は大勢いる。小さい男の子にとって、閉じこもっているのはつまらないことだが、手伝いを多くふってなんとかつなぎとめた。
一度だけ、少しヒヤッとさせられることがあった。
臭いがこもるので、扉をあけて作業していると、昨日ユミ村長から交換で入手した充填剤を亀裂や隙間に埋める作業をしていたリドとカザンがぴくりと反応したのだ。
その視線の先にはどこかの村の農家のおかみさんがやさしい笑みを浮かべて手に飴をのせて小さく手招きしている。
カザンが反射的に飛び出しそうになるのをリドが腕をつかんでとめた。
そして僕がおかみさんのほうを見ると、彼女は慌てて手をひっこめ、会釈だけしてそそくさと行ってしまった。
「ああ、飴もらえなかった」
「ばかね、本気でくれるつもりなら、ここにきてキチにあげていいか聞くわよ。そうでないから、あれは罠よ」
そしてリドは人買いにさらわれた子供がどんな目にあうのか、父親から聞いた話に脚色をくわえて弟に語り出したものだから、カザンは泣き出してしまった。
この三兄弟で一番賢いの、彼女じゃないかしら。
「あの商人、人買いを受け付けてるみたいだね」
クルルが今日も滞在している商人をにらんだ。知らない仲ではないが、今回は見慣れない連中も交じってるようなので取引はしないでおく。昨日の三人組のいちゃもんはまちがってなくって、人数が少ないので食料は予定がわかってる次に訪問してくる商人から買うので間に合う。
それもこれも、秩序の要をになってる隊長が帰るまでの話になる。あと二、三日のはずだ。
あの怪しい男は他の村長たちとも話をしているようだが、なぜかうちにはこなかった。
そして事件は翌朝起こった。
この日は商人たちが中継拠点をもうけているミョルド領都ミョルド市に帰る日であったが、その荷車にハンノキ村の荷車もついてきたのだ。
門の衛兵はさすがにこれをとめてしばらく話をしていたが、ハンノキ村の一行は最終的にそれをふりきるようにして出発してしまった。
商人も出て行ったし、皮の処理が全部終わってしまったので、今日は狩りに出るつもりだった僕は顔なじみになった彼らに何があったか聞こうとと思ったが、同じように何事と思った人たちが大勢あつまってわいわい質問している。
彼らはハンノキ村に戻ったらしい。まだ危険なはずなのに、なぜ戻ったのかは衛兵もしらない。
「もう少しまてば朗報が届けられる。戻られたら隊長が説明するはずだから、と説得したのだが聞く耳をもたなかった」
あの怪しい男になんか吹き込まれたのかと思った。
朗報とはなんだとみんなわいわい問い詰めにかかったが、衛兵が答えるわけがないので、そのまま狩りにでかけた。
まさか、一昨日の三人組に襲われるとは思ってなかった。
まず、三人は偶然であったふりをして親し気に挨拶してきた。
先日のわびをしたいという。で、とっておきの採取ポイントを教えてくれるというのだ。
いやあ、さすがに胡散臭すぎた。ただ、囲むように位置してここでもめがじめたら一斉に襲ってきそうなので、まずはどうするつもりか様子を見ることにしたんだ。
うまくはめたと思ったときに隙ができるから見逃すな、と教官には教わったよ。逆襲は無理だから一か八か逃げろ、ということなんだけどね。
これ。特戦隊に怪しまれた時の対処法ね。
それに、明確な悪意や害意が露呈する前に手を出せばこっちが悪いことになる。それこそ一般人に「●●●」が手を出すご法度を冒すことになって面倒だ。
三人は、先導一人、逃がさないよと後ろに二人ついている。
えーと、この状態からの反撃方法って、と訓練で教わったことを頭の中でおさらいできるくらいには僕は余裕があった。
三人とも普通の人間だ。武器は手にもった天秤棒だけ。ああきたらこうして、などと実際にはやらないことを考えながら歩いていくと目的地についたらしい。
まばらな林が切れたところで、先導する一人はその先には行かず、ここまでこいと手招いている。
崖かな、と思ったが、崖そのものは一度崩れたようでがれきが急な斜面を作っている。その下に魔獣が数匹、何かをあさっているのが見えた。たぶんゴミだろう。普通は食べない肉とかかな。
彼らが何をする気かはもうわかっていた。くるっとふりかえってにらむと、さすががにちょっと後ろめたかったのか一瞬怯んだ。その隙に片方を思い切り突き飛ばした。彼は立木にぶつかって動かなくなったが、生死をどうこういってる場合ではない。先導した一人に背中を向けてしまったし、彼も一瞬遅れで何かしようとするのはわかっていたので、そのまま後ろ蹴りにした。悲鳴をあげて下まで落ちるかと思ったが声の出どころからしてなんとか途中でひっかかったらしい。突き落とし担当のもう一人が天秤棒で殴ってくるのをこん棒で受け止め、切れなかった。普通に受け止めようとしたので勢い負けしたらしい。頭に一撃もらって一瞬意識が飛んだ。
彼がとどめを刺しに来たら危なかったかもしれない。しかし、彼は落ちかけの仲間を助けることを優先したようだ。
なんとか立ち直ってちらっと見ると魔獣たちが駆け上ってくる。
そうか、あいつらアストラル体もくうもんな。それなら死肉より生餌に飛びつくよな。
状況を見て、僕は撤退を決めた。あの数の魔獣はちょっとリスクが高いし、助ける義理はむしろマイナス。おまけにまだちょっとふらついている。自分のダメージがわからんのはよくない。
末端戦闘員は逃げ足が速いのだ。訓練の甲斐もあり、アストラル体の恩恵もあり、彼らの悲鳴の聞こえないところまで移動して、休んだ。
超回復はありがたいもので、軽いものなら数時間でなおる。
そして頭のダメージは思ったよりだいぶ軽かったらしい。
一時間ほどで完全回復とはいかないが、意識もはっきりしてふらつきもなくなってきたので、現場に戻ることにした。
あの三人がどうなったかというのも気になっていたが、あれだけ魔物が集まってるのがもったいなかったのもある。
少し横にまわりこんでみると、魔物たちは崖の途中、上にあつまって何か一心不乱に食っている。いやあ、みないほうがいいなこれ。
崖の下、ゴミ捨て場には一匹だけ小さめのもぐら魔物がいたので、これを手づかみで倒して引き上げた。この小さいのは、ごちそうを独占したい大きいお仲間に追い払われたようだ。
あの三人が全員死んだのか、誰か生き残ったのかは気になったが魔物の食べ方をかんがえると現場を見ても襲われる危険があるだけでちゃんと確認できる保証がない。
ま、砦に戻ればわかるだろう。
面倒ごと、くるならきやがれという気分だった。
まったくろくなもんじゃない。
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