第22話 逃避行(5)
大事をとって二日、僕たちは本村にとどまった。
怪我人に、もしかしたら何か感染したかもしれない女性が二人。
クルルがあんなに嫌がっていたのに素手で鼠魔物をつかんだのは意外だった。
ゴキブリ怖いといって処理をおしつけておきながら、素手でゴキブリをたたきつぶしたようなものだ。さすがにトラウマものだったのか、手洗いも洗濯もかなり執拗にやっていた。着替え多めに用意してあったのは幸いだったが、着替えは別人のものなのでちょっと寸法があわない。だぶだぶだった。
おろおろするだけだったダルドに業をにやして鼠の処理を命じたのは彼女である。
「キチが食べる、言い出す前に、処理」
いや、さすがに僕でもこの汚い見かけの鼠は食べる気にはなれない。魔物の肉ならそれなりにもってきている。猪魔物の燻製を火であぶって脂のにじんできたのを食べるほうがいい。
症状は遅くでてきた。
傷口は超回復のおかげで翌日の夕方にはふさがったが、やはり感染してたらしく、傷が治るとともに高熱がでてがたがたしだした。これは強烈だった。
なんだっけ、げっ歯類がもってる疫病で強烈なやつがあったと聞いたことがあったな。どっかの国の人口がごっそり減ったやつ。
あれじゃないことを祈る。同じ病気がこっちにもあるとは限らないけど。
結局、丸一日、僕はがたがた言い続けた。その間も、備蓄した魔物肉や毒茸の保存食を食べ続けたので超回復は利いているんだと思う。
最後にどっと滝のような汗をかいて熱も寒気も引いた。すっきりした気分だった。
リドやクルルは幸いなことにちょっと気分が悪くなったくらいですんだのは本当によかった。
この滞在はリスクを伴っていたが発見もあった。
カザンが村長の家で秘密の収納を発見したのだ。その存在は彼らの父親と村長だけの秘密で、中には銀貨と銅貨のつまった壺、そしてつまみになりそうな保存食と酒がはいっていた。まあ、これは男同士の秘密だったんだろう。
減った食料の補填と、それとこの先、必要なら買収なども行うため全部リアカーに積みこんだ。貨幣の数え方と交換レートはこのときにクルルに教えてもらった。
銀貨はインス、銅貨はトンスという。レートはだいたい百倍。銀貨は百五十一枚あった。銅貨は三百十二枚。これが大金といえるかどうかはまだ僕にはわからない。
子供たちは「うわあ、これ母さんたちにばれたら大目玉だったよな」とあきれているが、そこまで驚いてないので大金だが、目のとび出るようなというわけではないようだ。クルルはその中から銅貨だけ百枚ほどぬいて小袋にいれて預けてきた。
「一家の主が無一文はまずい。多すぎてもだめ。もっておく。必要な時には言う」
そういう設定だったな。
汗だくだったので、水浴びをしてるところに着替えと一緒にもってきたものだからこっちが少しあせった。着替えは本村で見つけた一番ましな服だったが、元のよりずいぶんましだった。
「キチ、この先のこと。夫婦のふりではなく、本当に夫婦になるしかない、かもあると思う。大丈夫? 」
クルルは器量よし、ではないらしい。気にしているのだろうか。もし魔物の脅威が去らず、あそこに戻れないなら、彼女らだけでやっていくのはきっと難しいのだろう。
「クルルこそ、大丈夫? 」
「キチなら、だいぶまし」
人生をあきらめた人のような言葉が返ってきた。
いや、親に売られ、ここまで流されてきた彼女にとっては人生とは諦めの連続だったのかもしれない。僕だってそうだ。
本村を出立するまで、幸いなことに魔物はあらわれなかった。ただ、一度だけ、遠く分村のほうで何か派手な破壊音が聞こえた。あれはあのミノタウロスもどきが何かしたのだろう。戻る場所は本当になくなったかもしれない。
予定を二日遅れて、僕たちは出発した。
超回復のおかげで、この間に備蓄した魔物肉はほぼ食べつくしてしまったが、それなりに強くなったと思う。
フィジカル面ではほとんど変わらなかったが、アストラル体は一回り大きくなったらしい。これは見えるクルルの感想だ。鼠魔物にかじられたときにその部分のアストラル体が削られていたらしい。魔物は他者のアストラル体も食えるのかもしれない。
それが回復したかとおもったらアストラル体がむくむく大きくなったそうな。
そのせいか、スムーズに動くとはいえないお粗末なリアカーを引くのが前より少し楽になった。といっても病み上がりなので休憩の回数は増やしてもらわないとダメだったが。
本村から砦方面の道をちゃんと進むのは初めてだ。
以前は確認できなかったが、ものの半時間も歩くともう少しちゃんと整備された街道に出た。ちゃんと整備といっても、土むき出しの道が砂利敷になって、道標らしい石碑がぽつぽつ見える程度だが。
村への分かれ道にも石碑はあって、帳簿で見た文字が書かれている。村の名前だ。数字と距離の単位が入っている。数字ではなく半分をしめす記号と距離の単位、読み方はリウらしいが、ほぼ同じなので里と翻訳する。
そこから右なのか左なのかとまどっていたら、クルルにぐいと引っ張られた。
「こっち」
なぜかそれを見てチビ二人がはしゃいでいるし、ダルドは複雑な顔をしている。彼はクルルに恋心を抱いているのではないかと思うのだが、クルルのほうは相手にするつもりはないようだ。
それから森にそって1時間ほど、石碑がたたずむ別のどこかの村への分岐点が現れた。だが、それよりみんなの目を引くものがあった。
路上に散乱する残骸、荷車、中身の生活雑貨をまきちらした背負子、子供の人形やけんだまに似たおもちゃ、裂けた衣類、そして地面に黒々と残る血痕。
襲撃の痕跡だった。
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