第7話 邂逅(1)

 しなやかでつややかな黒い毛皮につつまれた体が立体的に動いて包囲しようとしている。

 悪いところでこいつらに出くわしてしまったものだ。

 黒山猫と勝手に名付けたこの獣の群れは見た目あきらかに猫族、狼ほどもある大き目の猫族で、猫族のくせに群れで狩りを行う。

 彼らに出くわすのは二回目、いや三回目だ。

 一回目は陽動をしかけて首筋を狙ってきたところをしたたかに殴りつけてやったところ、手ごわいと思ったのかすぐに引き上げてくれた。

 こいつらが別の獣を狩るのを遠目に見たことがあるが老いて動きの鈍った大きな鹿をなぶっていた。たぶん、弱ったもの、弱いものを狩るのが好きなのだろう。

 そして、僕は現在弱り切っていた。

 食べ物をもとめて森にはいっていたところで、角の見事な大きな鹿を驚かせてしまったのだ。

 その結果、森の木を見下ろすほど高くはねあげられ、落下してダメージを受けてしまった。

 地面に叩きつけられてたら命はなかったけれど、森の中なのが幸いして地面ではなく木の上に落下したので右腕骨折、左足も関節が不調で、さらに木の枝にぶつかってあちこち痛いしかすり傷だらけ。

 一日あれば超回復で直ると思うが、ここで変なものに遭遇したらやばい。そう思っていたら出くわしてしまったというわけだ。

 とりあえず、奴らは首をねらってくるので、用意しておいた首防具をまく。綿入れのようなものをいじってつくった不細工なものだが、ないよりずっとましだ。

 予想通りというか、やつらは執拗に首を狙ってきた。ただ、バカの一つ覚えじゃなく時折、足首などかみついて確実に動けなくしようとする。それも、不調の右腕や左足側ばかり狙う。肉食獣の狡猾さだ。

 走れないし、じりじり村にむかって戻るしかなかったが、ただでさえ満身創痍なのに傷が増えていく一方で正直、体力が持つかどうか怪しかった。

 物音がしなければ、だめだったかもしれない。

 誰かか、なにかがうっかり枯れ枝を踏んだらしく、黒山猫どもの後ろのほうからわりあい大きな音がしたのだ。

 僕を狩ることに集中していて、警戒がお留守だった猫どもはびっくりして飛び上がった。そしてささっと姿を消してしまった。

 助かった。

 物音を立てた何かは何だったのかこの時はわからなかった。猫ども同様、音一つたてずに引き上げてしまったようだ。

「助かった」

 ほっと、とにかくほっとした。

 僕を助けてくれたあの物音がなんだったか、気にはなるが今はとにかく安全なところに引きこもって回復を待たないといけない。

 この日もちかえれた食べられそうなものはドングリのような実が袋いっぱい、しいたけに似た初見のきのこ数本。いちどひどい目にあった毒きのこも数本、かなりすっぱいが甘みも強く、虫がよくはいりこんでるいちじくのような果実十数個。肉はほしかったが罠でなんとか取れたのは前にひどいめにあったカピバラのようなげっ歯類と跳ね飛ばしてくれた鹿だけ。カピバラもどきは元気だったので疫病の心配もなく、威嚇してくるのをとがらせた棒でしとめて持ち帰る途中だったのだが、さっきの黒山猫どもにいつのまにかかすめとられていたようだ。びっくりしたとはいえ、すんなり引き上げた理由の一つなんだろう。

 超回復のおかげで死ななきゃなんとかなる、という体なのだが、さすがに初めてのものを生でいきなり口にすることはしない。

 イチジクもどきは生きた虫を噛むのも、噛まれるのも嫌なので貴重な薪を使ってジャムのように煮て食べる。酸味がやわらぐし、甘みも引き立つ。そして考えないようにしているが、煮えた虫が案外いいアクセントになるのだ。

 きのこ類はゆでて食べる。塩がほしいと思った。そしてしいたけもどきは毒だった。弱い毒で、腹痛がじくじく続くという割合いやなもの。ただ、超回復で「慣れて」しまえば普通に食べられそうだ。

 派手なきのこは毒ではなかったが、妙に気分が高ぶる効果があって別の意味でとてもやばいものだった。

 どんぐりは、石臼があったので苦労してこれで挽いた。どうやら皮ごといれるのが正解らしく、中央の穴にいれてまわすとぺったんこにつぶれた硬い皮と粉になった実が出てくる。この皮はたきつけにして粉は水にさらしてから練って使い込まれた石板の上でやいてみた。えぐみは残るが、食えないわけではない。味気なさすぎるので、いちじくもどきのジャムを乗せて巻いて食べるとまあまあましな食事になった。

 肉と塩がほしい。塩は元の住人が壺にいれて大事そうにしまってあったので、節約すればなんとかなるが量的には心もとない。

 そして腹痛と怪我にうんうんいいながら、寝た。

 誰かに見られている気がした。

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