【短編小説】幽霊少女と司書の秘密 ―異能と孤独の彼方から―

藍埜佑(あいのたすく)

第1章:交差する運命

 東京の片隅にある古い図書館。レンガ造りの外壁に蔦が絡み、時の流れを感じさせる佇まいは、この街の忙しない喧騒から少し取り残されたような静けさを醸し出していた。


 そこで司書として働く24歳の呉柳美憂くれやなぎみゆうは、閉館後の整理作業に取り掛かっていた。窓の外では秋の雨が静かに降り続け、図書館内に心地よい雨音を響かせている。美憂は長い黒髪を後ろで一つに束ね、眼鏡の奥の瞳は優しく、しかし何か物憂げな雰囲気を漂わせていた。


「さて、今日も一日お疲れさま」


 美憂は誰に言うでもなく独り言を呟きながら、最後の本を棚に戻そうとした瞬間だった。


「え?」


 目の前の光景に、美憂は思わず声を漏らした。本棚から数冊の本が、まるで重力など存在しないかのように宙に浮かび上がったのだ。そして次の瞬間、それらは一斉に床へと落下した。


「まさか、幽霊……?」


 美憂は恐る恐る周囲を見回した。そのとき、書架の間に一瞬、少女の姿が見えたような気がした。しかし、目を凝らしてもそこには誰もいない。


「気のせい、よね……」


 自分に言い聞かせるように呟いた美憂だったが、胸の奥で何か不思議な予感が芽生えていた。


 翌日、美憂は開館準備を進めながら、昨夜の出来事を思い返していた。現実離れした光景に、まだ戸惑いを感じていた。


 そんな中、開館して間もない図書館に一人の少女が訪れた。


「あの、『花の下にて春死なむ』はありますか?」


 控えめな声で尋ねる少女に、美憂は思わず目を見開いた。長い黒髪を背中で揺らし、大きな瞳をした15歳くらいの少女。どこか寂しげな雰囲気を漂わせている。


「『花の下にて春死なむ』……って、西行さんのことかしら?」

「いえ、お坊さんじゃなくて、日本の推理小説のことなんですけど……」

「あ、北森鴻先生の香菜里屋シリーズのことね。もちろんありますよ。こちらへどうぞ」


 美憂は少女を案内しながら、どこか親しみを感じていた。


「私、星野ほしの琉花るかっていいます。よろしくお願いします」


 少女は丁寧にお辞儀をした。


「呉柳美憂です。琉花ちゃん、北森鴻先生が好きなの?」

「はい、最近読み始めて……」


 二人は本の話に花を咲かせた。琉花の目が少しずつ輝きを増していくのを見て、美憂は心の中でほっとした。


 しかし、琉花が帰った後、再び不可解な現象が起こる。今度は、美憂の目の前で本が宙に浮いたのだ。


「まさか……」


 美憂は図書館の監視カメラを確認することにした。映像には、琉花が手を翳すと本が浮き上がる様子がはっきりと映っていた。


 驚愕する美憂。しかし、琉花の孤独な表情を思い出し、この事実を誰にも言わないことを決意した。


「琉花ちゃん……あなた、一体……」


 美憂の心には、琉花を守りたいという気持ちと、この不思議な能力の真相を知りたいという好奇心が入り混じっていた。

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