闇の生き物

 澪音くんが立っているすぐ近くの窓が開いていて、そこから侵入してきたんだろうってことは理解出来る。

 でも、それ以外がわからないことばっかりだ。


 澪音くんが、【アダマース】にぞくする闇の生き物?

 ヴァンパイアって……。


「え? でもだって、澪音くんはずっと同じ小学校に通ってて……」

「うん、そうだよ。僕たちは普段ふだん人間社会に溶け込んで暮らしてるからね」


「で、でもヴァンパイアなら日光をびたらはいになっちゃうとか」

「古いなぁ。イマドキのヴァンパイアはそんなもの克服こくふくしてるよ」


「で、でも……」


 信じられなくて、否定ひていできそうなことをならべ立てる。

 でも全部言い返されて次の言葉が出てこなくなった。


 すると永遠が私を守るように前に立つ。

 その表情はかたいけれど、驚いてる様子はなかった。


「……澪音、だったよな? もしかしてとは思ってたけど、本当に【アダマース】だったんだな」


 え? 永遠は気づいてたの? いつから?


「西田さんのときからおかしいと思ってたんだ。【アダマース】は普通もっと綺麗にカットされた宝石に呪いをかけるのに、あんな原石に近い小さな石にかけられてるなんておかしいと思ったんだ。……お前が呪いをかけたんだな?」

「あれ? バレてたんだ? やっぱり様子を見に行ったのは良くなかったかな?」


 え? ちょっと待って?

 西田さんって香ちゃんのことでしょ?

 小さな石に呪いって、あのローズクォーツのストラップのことだよね?

 え? あれ、澪音くんが呪いをかけたの?


 もう話についていくのがやっとで、口をはさむ余裕よゆうがない。


「まあいいさ、とにかくバレたならコソコソすることもないよな」


 澪音くんはそう言うと、持っていたネックレスを目の高さまで上げる。

 そしてブラックダイヤモンドに呼びかけるように真面目な様子で口を開いた。


「僕は【アダマース】が一人、三井・ディア・澪音。《ディアブリ・コル》、めた力をよこせ」


 澪音くんの呼びかけに現れたディコルは香ちゃんのときよりずっと大きい。

 そばにいる澪音くんと同じくらいだ。


 光を通さない悪魔の影みたいなそれは、澪音くんの目の前に手を差し出し黒い球を作った。

 その球が大きくなるのに比例ひれいして、ディコルの影が小さくなっていく。


「すごいな……こんなに悪い感情イラルムめた呪い初めてだ」


 ちょっと驚いた様子の澪音くんは、その目の前の黒い球を手に取って食べた。


「え!?」


 た、食べた!?

 美味おいしいの? それ?


 【アダマース】の闇の生き物は、ディコルが溜めた悪い感情を食べるって言うのは聞いていたけど……。


 実際に目にするとなんだかマズそうなものを食べているようにしか見えない。

 でも味わうように飲み込んだ澪音くんはとても幸せそうな顔で言った。


「ぅわ、うますぎ。これほどの悪い感情イラルム、なかなかありつけないよ」


 美味しいんだ……いや、それより。


「……イラルム?」


 聞きなれない言葉につい疑問符ぎもんふをつけてくり返すと、澪音くんは「悪い感情って意味だよ」って教えてくれた。


 その悪い感情イラルムを食べたり、ディコルを呼び出したり。

 普通の人はしないことを続けざまにしている澪音くん。

 なのにそうやって教えてくれるところなんかはいつもと変わりなくて……。


 本当に石に呪いをかけるなんてひどいことをする組織の一員なの?


 って、まだ信じたくない気持ちが強い。

 そんな私とは逆に、澪音くんが【アダマース】だと理解している永遠は警戒したまま彼に話しかける。


「……とにかく、お前の目的はその集めた悪い感情イラルムを食べる事なんだろ? だったらもう用はすんだはずだ」


 澪音くんと私の間に立つ永遠は、ディコルをはらうためのムーンストーンのナイフを取り出し、もう片方の手をのばした。


「そのネックレスをよこせよ。ディコルをはらう」


 永遠の言葉に、澪音くんは軽く鼻を鳴らす。余裕そうに笑いながら、少し長めの金髪を払った。


「素直にいうこと聞くと思う? 悪い感情イラルムを回収したあとはまた人の手に渡るようにしなきゃないんだけど」

「じゃあうばうまでだ」


 緊迫きんぱくした空気にどうしようって気持ちがあせる。

 澪音くんも、柚乃と同じく私の宝石好きを知っても離れて行かなかった人だ。

 少なくとも友達とは思ってたし、せめて穏便おんびんにすませたい。


「澪音くん、そのネックレスをまた別の人の手に渡るようにしたら、またディコルは悪い感情を集めるために人をイライラさせたり悪い考えを持つよう誘導したりするんだよね? おねがい、して? ディコルをはらわせて?」


 できればこんなふうに敵対したくないと思って言葉をかさねた。

 澪音くんはそんな私を見て「うーん」ってちょっと考えてからニヤッと笑う。


 ……なんか、ちょっと嫌な予感。


 思わず警戒すると、案の定澪音くんはとんでもないことを言ってきた。


「そうだなー。かなちゃんが僕に血をくれるならあげてもいいよ? 悪い感情イラルムがあるからほとんど血は飲まないんだけど、こないだかなちゃんの血を味見あじみしたときすっごく美味おいしかったからさ」

「味見? いつ?」


 覚えがなくてビックリする。

 澪音くんが私の血をなめたり飲んだりしたこと、あったっけ?


「保健室で手当てしたときだよ。あのとき血をいたガーゼちょっとなめてみたんだ」

「保健室って……」


 私がひじをすりむいて、たまたま保健室にいた澪音くんに手当てしてもらったときか。

 ……って、ほぼ初対面のときってことじゃない!

 

「まさか、それで私を気にかけてくれるようになったの?」

「ま、そういうこと。近くにいればまた飲めるかなって思って」

「なっ……!?」


 まさか、そんな理由で気にかけてくれてたなんて……。


 正直、ショック。

 でも、すぐにわき上がってきた感情は悲しさよりも怒りだった。


 そう……そんな理由だったんだ。

 じゃあ、私も遠慮えんりょしなくていいよね?


「……いいよ、私の血と交換こうかんってことで」


 ふつふつとわき上がる怒りを胸の奥に宿やどらせて、私は澪音くんの提案ていあんをのんだ。


「おい!?」

「カナメ!?」


 心配の声を上げる永遠とリオくんに「大丈夫だから」って笑顔を見せる。

 リオくんはそれでも納得なっとくできないのか私の腕をつかんで止めた。


「ダメだカナメ、そんなこと――」

「リオくん」


 説得せっとくしようとするリオくんの名前を強く呼ぶ。


「リオくん……私ね、怒ってるんだ。大丈夫だから、まかせてよ」

「っ!?」


 私の言葉で納得したわけじゃないだろうけど、怒りは伝わったのかもしれない。

 リオくんは軽く驚いた顔をして私の腕をはなした。

 引き止めるものがなくなって、私は澪音くんに近づく。


「へぇ、いいんだ? いやだって言われると思ったけど、言ってみるもんだね」

「いいから、ブラックダイヤモンドを渡して」

「……ま、いいよ」


 澪音くんは「ほら」と永遠の方にネックレスを投げた。


「なっ!? くそ!」


 ブラックダイヤモンドからは小さくなったディコルが出たままだ。

 永遠はムーンストーンのナイフでそのディコルを切りつけ、ディコルは『ギャアァァァ!』と断末魔だんまつまを上げて消えた。


 それを見届けてホッと息をつくと、澪音くんに肩をつかまれて引き寄せられる。


「じゃあ、いただきます」


 両肩をつかまれて向き合った澪音くんの口からきばが見えた。

 本当にヴァンパイアなんだ。


 少しの怖さと緊張きんちょうでつばを飲みこむ。

 でも、本当に飲ませてなんてあげない。

 私知ってるんだから、澪音くんの弱点。


 澪音くんの顔が私の首に近づいてきて、もう少しでかみつかれるというとき。

 私はすぅっと息を吸って声を上げた。


「オウちゃん! 出てきて!」

『わかった!』


 頭の中にオウちゃんの声が響くのと同時に、オレンジ色の煙がポケットから出てきてオウちゃんが具現化した。


「ニャァー!」

「え? ね、ねこぉ!?」


 オウちゃんが猫の姿で現れたとたん顔色を変える澪音くん。

 青ざめて、私から離れた。


 そう、澪音くんは猫が苦手なんだ。


 前に学校敷地内に入ってきた猫をみんなが可愛いって言ってる中、澪音くんは怖がって近づかなかった。

 私はアレルギーだから近づけなくて、離れた所から澪音くんと見てたんだ。

 澪音くんもアレルギーなの? って聞いたら、小さいころに引っかかれてから怖くなっちゃったんだって言ってたよね。


 ちゃんと覚えてたんだから!


「ひっ! く、くるなぁ!」


 涙目で後退りする澪音くんにオウちゃんは飛びつく。

 ちょっとかわいそうだけど、でもこっちだって澪音くんが私の血が目的で近づいて来たんだって知って、それなりにショックだったんだから! おあいこだよ!


「カナメ!」


 呼ばれて伸ばされたリオくんの手を取って、永遠がいるところまで戻る。

 そしたらオウちゃんも私のところに戻ってきてトパーズの中に戻った。


「かなちゃん、ひどいよ……」

「澪音くんだってひどいでしょ? 血が目的だったなんて……ショックだよ!」

「そ、それはそれだろ? それに最初は血が目的だったけど、かなちゃんのこと知っていくうちに面白い子だなって思ったし……友だちだと思ってたんだ」

「だったらなおさら血と交換だなんて言わないでよ!」


 澪音くんの言葉が本当でも、ショックを受けたことには変わりない。

 私が怒るのは当然だよね!?


 怒り続ける私に澪音くんは「はぁー」って深いため息をついた。


「あーあ……まあ、今回は仕方ないよな。かなちゃんの血はまた次の機会に取っておくよ」


 って!

 私の血あきらめてないんじゃない!

 友だちの血を吸おうとか、なに考えてるの!?


 また怒鳴ろうと思ったけれど、澪音くんは全開にされていたキッチンの窓わくにヒョイッと飛び乗った。


「じゃあまた明日、学校でな!」


 バイバイ、と軽く手をふって澪音くんは出て行ってしまう。


「……またって、こんなことがあったのに普通に学校来るつもりなの?」


 【アダマース】にぞくする闇の生き物・ヴァンパイアだって私たちにバレたのに。


「まさかとは思うけど……あの言い方だと来るんだろうな」


 永遠もなんだか嫌そうな顔をしてる。

 そうだよね、普通バレたから学校には行けないとかならないのかな?


 疑問だったけれど、その後すぐに柚乃とおばさんが目を覚ましたから話は中断ちゅうだんするしかなかった。



「んー? あれ? なんで私キッチンで寝てたの?」

「そうね、お客さんが来ているのに……でもなんだかスッキリしたわ。イライラしてたの、寝不足だったのかしら?」


 二人で首をひねっていたけれど、明確めいかくな答えは出てきそうにないみたい。

 澪音くんが来ていたことも覚えてないみたいだったから、私たちはさっきの出来事をなにも話さないことにした。


 リビングで待っていたけど中々戻ってこなくて、様子を見に来たら二人とも寝てたってことにする。

 変な話ってなっちゃうけど、知らない方がいいこともあるよね。


「あ、そうだ。これ落ちてましたよ」


 永遠がディコルをはらみのブラックダイヤモンドのネックレスをおばさんに返す。

 なにはともあれ、呪いをはらうことができたし結果オーライってやつかな?


 その後ははじめの予定通りおばさんのコレクションを見せてもらった。


 キラキラ輝く宝石たちに囲まれて、色んなことが吹き飛ぶくらいに幸せ!

 おばさんのコレクションは定番ていばんのものはもちろん、めずらしい石もいくつかあった。


 ディコルがいていたブラックダイヤモンドも、希少性きしょうせいが高い天然てんねんのものなんだって!


 宝石の起源きげんや種類を証明しょうめいする鑑別書かんべつしょも見せてもらった。

 天然てんねんのものだって証明しょうめいに、『NATURALナチュラル』ってちゃんと書いてある。


 鑑別書かんべつしょを見るのも初めてで、つい永遠が引いてしまうくらい興奮しちゃった。

 でも柚乃も「喜んでくれて良かった」って言ってたし、なにも問題はないよね。


 澪音くんや【アダマース】のこと、永遠や石の守護者のシゴトのこと。

 まだ考えなきゃいけないことはたくさんありそうだけれど、今は宝石たちのきらめきを思う存分堪能たんのうしていた。

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