石の声

 朝から転校生が来たりとさわがしい一日だったけれど、なんとか平穏へいおんに終わった。

 私は帰りを急ぐかたわら柚乃にねんを押すように声をかける。


「じゃあ私帰るけど、明後日の約束忘れてないよね?」

「忘れてないよ、まったく。ちゃんとお母さんにも許可きょか取ってるから大丈夫」


 ついつい何度も聞いちゃってるから柚乃はちょっとうんざり顔だ。

 でもずっと楽しみにしてたから仕方ないよね。


 実は今週の土曜日、つまり明後日なんだけれど。

 たくさんのジュエルを持っているっていう柚乃のお母さんのコレクションを見せてもらう約束をしてるんだ。


 柚乃のお父さんはけっこうな資産家しさんかで、柚乃のお母さんに記念日のたびにジュエリーをプレゼントしているんだって。

 その上、お母さんもよく宝石店に行っては気に入ったジュエリーを購入こうにゅうしているとか。

 つまり、私の大好きなキラキラ光る素敵な宝石たちがたくさん柚乃の家にはあるってこと!


 宝石は貴重きちょうなものだし、気軽に見せてとはさすがの私でも言えない。

 でもいつか見せて欲しいなって言ってたら柚乃がお母さんに許可を取ってくれたんだって!


「ぜひ見に来てね、だって」

「やった! 持つべきものはお金持ちの親友だよー」

「その言い方だとお金目当てに聞こえるよ? 気をつけな」


 柚乃の指摘してきに私はあわてて手のひらで口をおおう。

 一拍いっぱく置いてから、息を吐いて心を落ち着かせた。


「ごめん、うっかりだったよ。私はお金じゃなくて宝石目当てなのに」

「いや、それもあんまし変わんないから」


 柚乃はあきれて可哀想かわいそうなものを見るような目を私に向ける。

 でもその表情には“仕方ないなぁ”って親しみのようなものもあるんだ。

 そんな親しみを感じるとなんだか胸の奥がくすぐったい気分になる。


 くすぐったくてあったかい。

 同時に友だちっていいなって思えるから、これが友情ってやつなのかもしれない。


 はずかしいからわざわざ伝えたりはしないけどね!


「まあとにかく私帰るね。キラキラにえてるから!」


 今日はとりあえず図書室の本を借りてこようと思ったら、三冊しかない宝石関係の本は全部貸し出し中だったんだ。

 休み時間に全く宝石に関係するものを見れなくて、心のうるおい的なものがなくなってる気がするの。


 だから急いで帰らないと!


「はいはい、気をつけて帰りなよ」

「うん、じゃあね!」


 手を振り合って柚乃と別れた私は小走りに教室を出ていく。

 その途中のドアのところで、永遠くんと香ちゃんがなにかを話しているのを見た。


「さっきは落とし物拾ってくれてありがとな。それで話があるんだけど……」


 チラッと聞こえた言葉にホッとする。

 香ちゃん、ちゃんと永遠くんにあの水晶返してくれたんだね。

 うたがってたわけじゃないけれど、人まかせにしちゃダメだったかなってちょっと思ってたから……良かった。


 安心した私は、本当の意味で心置きなく学校を後にした。


***


「たっだいまー」


 ドアを開けると同時に声を上げた私は、そのまま手洗いうがいを終えわらせてまっすぐ自分の部屋に向かう。


 キラキラを!

 今はまっ先にキラキラを補給ほきゅうしたいの!


 部屋に入ったとたん私はランドセルをほうり投げ、パワーストーンなどを置いているたなの前に立った。

 そして一番目立つところに置いてある直径三センチくらいの黒水晶くろすいしょうたまを手に取る。

 浄化じょうかのために下に置いてある透明な水晶のさざれ石が、かすかにジャラッと音を立てた。


「ただいま、リオくん」


 キラキラを摂取するならもっと透明度のあるカットされた宝石を見た方がいいんだけれど、これはいつもやってるルーティンみたいなものだからはずせない。


 この黒水晶は父方のおばあちゃんが私にくれたものなんだ。

 明護の家の女の子を守ってくれるように受けがれてきたんだとかなんとか。


 まあむずかしい話はともかく、黒水晶は魔除まよけとか浄化って意味があるからこうしていると心が落ち着く。

 黒水晶はモリオンとも言うから、そこから取ってリオくんって呼んでるんだ。


 リオくんを軽く両手でつつむようにしていたら、私の中がキレイになっていくような感覚がする。

 最後に悪いものを出すように深く息を吐いてからリオくんをさざれ石の上に戻そうとしたら……。


『お帰り、カナメ』

「っ⁉」


 今日の図工の時間のときみたいに頭の中に直接声がひびいた。

 今回は子どもみたいな声で、数時間前に聞こえたものとは違う。

 でも周りを見てもやっぱり誰かがいるわけじゃないし。


 お帰りって……まるでリオくんが言ったみたい。


 まさかね、と思いながら今度こそさざれ石の上に戻すと、今度はとなりに置いてあるトパーズの指輪を手に取った。


「はぁ……綺麗」


 こっちは私がお年玉を使って買った宝石。

 色々迷ったけれど、一番好きなダイヤモンドは小さいのしか買えないしって誕生石であるトパーズにしたんだ。

 トパーズも色や種類によって値段は変わるけど、お店にあった中でこれだ!って思ったものを選んだ。


 うすいオレンジ色のトパーズ。

 キラキラにカットされた宝石はこれしか持ってない。

 お小遣こづかいだけじゃあ他の高い宝石までは買えないし、たくさんの種類が見られるから本の方を買っちゃうんだ。


 トパーズを堪能たんのうしたら次はたくさんジュエルの写真がっている図鑑を見るんだ。

 そう考えながら鼻歌を歌い出したい気分でトパーズの石にふれたら……。


『お帰りカナメちゃん! さっきコハクくんが宝石図鑑勝手に持っていったよ』

「へ!?」


 またまた頭の中に声が響いてビックリする。

 今度は女の子っぽい声でかなり明るい感じ。


 当然周りにそんな子がいるわけないし……。


 でも、コハクって言ってた。

 弟の琥珀こはくのことだよね?

 今年小三の琥珀は、確かにたまにだまって私の部屋に入ってなにか持って行くけど……。


 私はトパーズの指輪を置いてまさかと思いながら琥珀の部屋に行った。



 コンコン


「琥珀ー?」

「え!? な、なに!?」


 琥珀の部屋のドアをノックして開けると、なにかをかくす動作をする弟。

 これは、やっぱり本当に?


「ねえ、あんた私の部屋に勝手に入ったでしょう?」

「は、入ってねぇよ!」


 年々可愛げがなくなっていく弟だけど、こうやって問いつめられたときは目がすっごくキョロキョロ動いていたりして誤魔化しきれてないんだよね。

 分かりやすすぎて、ある意味素直でおもしろかわいい。


 琥珀は絶対ウソをつけないタイプだね。


「ウソつかないの! 宝石図鑑一冊無くなってたし、だまって持って行きそうなのあんたしかいないじゃん」

「なんでこんな早くバレるんだよ!? 最近読んでなさそうなところから取ったのに!」


 すぐにボロを出す琥珀。

 うん、やっぱり素直だ。

 素直すぎてお姉ちゃんちょっと心配だぞ?


「悪かったよ。でもまだうつすの途中なんだ。もうちょっとしてくれよ」


 琥珀は絵が上手で、最近は色んなものを模写もしゃしてる。

 宝石の模写のために持って行ったのか。


「わかった。でも終わったらちゃんと返してね」


 私はそう言い残して自分の部屋に戻った。



「……本当に琥珀が持っていってたんだ」


 ってことはさっきの声は聞き間違いじゃない?


 確認のためにもう一回トパーズにふれてみると。


『図鑑返してもらえた?』


 やっぱり元気な女の子っぽい声が聞こえた。

 思わず手をはなしちゃったけど、その質問に答えてみる。


「後で返してって言ったから今は返してもらってないよ」


 そしてまたふれてみると。


『そうなんだ? コハクくんもちゃんとことわってから持って行けばいいのにね。……って! さっきからわたしカナメちゃんとお話ししてる!?』

「ってことは、やっぱりあなたトパーズなの?」


 今度は手をはなさずに聞き返す。

 まさかとは思ったけれど、石にふれたときしか聞こえないんだからそれしか考えられないもんね。


『そうだよ! わぁ! うれしいな。大好きなカナメちゃんとお話しできるなんて』


 声だけでうれしいって気持ちが伝わってくる。

 なんだか私までうれしくなってきちゃった。


『でもどうして突然とつぜんわたしの声が聞こえるようになったの?』

「え? そういえばどうしてだろう?」


 聞かれて思い返せば、図工の時間に永遠くんの水晶をさわったときからだと思う。

 それをトパーズに伝えると『うーん』と考え中って感じの声がした。


『なんだろう、その水晶。……リオくんならなにか分かるかな?』

「リオくん?」

『うん、リオくん物知りさんだから!』


 明るい声にうながされるように私はもう片方の手で黒水晶のリオくんにふれた。


「えっと……リオくん?」

『うん、話は聞いてたよ』


 さっき『お帰り』って聞こえたのと同じ、落ち着いた雰囲気の男の子の声が聞こえる。

 子どもみたいな声なんだけど、なんだか口調は子どもっぽくない。


『その転校生の子が持っていた水晶が原因げんいんなのは確実かくじつだろうね』

「やっぱりそうだよね」


 不思議と安心する声にうなずきながら、私は変な感じって思った。


 だって、石の声が聞こえてその石たちとお話してるんだもん。

 こんな不思議現象げんしょうもっと驚いてもいいくらいなのに、私はもう受け入れてる。


 リオくんとトパーズが親しみやすい感じだからっていうのもあると思うけど……きっと私自身お話出来てうれしいって思ってるんだろうな。


 どこかワクワクしているのを自覚して、そう思った。


『とにかくその転校生に話を聞くしかないね。カナメ、明日は僕も学校に連れて行ってくれ』

「へ?」

『あんまりいい予感がしないんだ……心配だからさ』

「うーん……」


 強い口調じゃないけれど、本気で心配されてるってのはなんとなく分かる。

 でも宝石なんて本以上に学校へ持っていっちゃダメだろうしなぁ……。

 ってなやんでいると、トパーズも声を上げた。


『えー!? リオくんズルイ! わたしだってカナメちゃんと学校行きたいのに!』

『ズルイとかそういうことじゃないんだよ』

『カナメちゃんが心配だから連れて行ってって言ってるんでしょう? わたしだってカナメちゃんが心配だもん!』


 なんだか小さい子どもみたいにダダをこね始めるトパーズ。

 リオくんも『まいったな……』と途方とほうれているみたい。


『てなわけだから、明日はわたしとリオくんどっちも連れて行ってね!』

「え?」

『そうなるよな。じゃあ、明日はよろしくカナメ』

「え?」


 ちょっと待って、私連れて行く(持って行く)なんて言ってないよ!?

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