おい七年前の俺、さっさと立ち上がれ。

ツキナミ

 一週間に及ぶ長い試験が終わって数日後、テスト返しの時間が来た。


 大して頑張ってもいないが、運試し気分で良い点数だといいなぁと少し浮かれていると、自分と近い番号の生徒が呼ばれているので、結果を受け取りに立ち上がり、先生のもとに向かう。


 うちの学校では、テスト返しはあいうえお順に名前を呼ばれるので、俺の名前が「み」から始まることもあって、いつも最後のほうに返される。他の人のリアクションを見れて面白いのだが、早く結果を知りたい気持ちで落ち着かない。


「御堂樹。はい、今回も良い感じだな」


「ありがとうございます……まあ、こんなもんか」


 数学1Aの担当の先生の野太い声とお褒めの言葉を聞きながら、解答用紙を受け取る。そこには、赤ペンで70点と書かれていた。平均点が低めなことを考慮すれば、そこそこ良いほうか。


 先生が書く点数の数字、なんかかっこよく見えるんだよな……なんでだろう。


 席に戻ろうとすると、俺がテスト結果を受け取ったのを見ていた、一番前の席に座っている友人から呼び止められる。


「おい樹、どうだった? 見せろよ」


「ほい」


「よしっ! 今回は俺の勝ちだな、樹! 俺は、95点だったぜ」


 こいつは優等生の高木賢治。医学部志望らしく、高校一年の今の段階で既に毎日塾に行って、ずっと勉強漬けで頑張ってる凄いやつだ。普段の学校生活でも物凄く真面目、というわけでもなく、毎日面白おかしく生きている俺の悪友の一人だ。


「やるなぁ、賢治。負けたよ。やっぱりすごいな、お前は。俺はそんなに頑張れそうにないわ」


 まあ、俺も本気で勉強したら、もっと点取れるだろうけどなぁ。そんな根拠のない自信がどこからか湧いてくる。本気で勉強してたら、俺もそれくらいやれるだろうし、やる気が出たら頑張ろう。


 しかし、未だ何かに本気で頑張った記憶はない。


「でも、俺も一問間違えたからまだまだだ。しっかり復習しないと。次も負けないぞ?」


「次は俺も頑張るわ」


「それ、前回も言ってたぞ。一回お前に負けたことで火が点いた俺としては、ライバルとして期待したいけど」

 

 頑張ってもいないのに悔しさを感じていることを自覚し、不思議な気持ちになる。


 最前列の席の近くでだらだら話していると、他の生徒がテスト結果を受け取りに来る邪魔になりそうだったので、ここらで切り上げ、席に戻るため足を進める。


 すると、少し進んだところで突然後ろから肩を組まれたので、その衝撃に思わず振り返る。


「よっ! 樹、何点だった?」


「急に重いって、武人。まーそこそこだなー、やってないにしては良い方じゃね」


「はあ〜。ろくに勉強もしないで70点かよ。地頭いいやつはほんといいよなぁ……やってられないわー」


「武人は?」


「俺はいつも通り、欠点すれすれだぜ、36点。平均が55点だから、大分頑張った方じゃね?」


「全然耐えてるじゃん! おめでとー」


「ムカつくわー、煽ってるのか? この才能マンめ、」


 坊主頭の眩しい、36点くんの名前は桜木武人。武人は前回も欠点のギリギリを生きてい

て、数教科は補修を受けさせられていて、そんな目に合わないために頑張ると豪語していた。結果として本当にぎりっぎり耐えたので、良くやった方だろう。

 

 俺の方は、環境が変わった高校生活でこそ良い点を取ろう、と意気込んだのも束の間、テスト期間に入ってみれば、マンガにアニメにライトノベル、ゲームに動画、あらゆる娯楽の誘惑に負け、今までと変わらず、特に何も頑張らず、なんとなくで取れる点数を取っている。


「はぁー、よかった、これでしばらく補修に怯えなくて済むぜ」


「髪の毛を犠牲にした甲斐があったな!」


「うるせえ! これはそんな理由じゃねえ! 野球部だからだよ!」


 坊主いじりのツッコみに日に日に磨きがかかる武人を笑いながら、自分の席に戻る。


 すると、隣の席のクラスメイトが話しかけてきた。

 

「あ、御堂くん、何点だったの?」


「椿さん。うーん、こんな感じだよ、椿さんは?」


「やった! なんとか勝てた〜。見て見て! 今回は特に頑張ったんだよー?」


 俺の点数を聞いてきたのは、隣の席の椿星奈。俺や武人とは違う世界で育ったのかと思うほど純真無垢という言葉がぴったりなお嬢様だ。腰まで美しい黒髪を伸ばした大和撫子な美人さんだ。前回のテストは総合成績で学年一位だったが、一教科だけ俺が優っていた科目があり悔しかったらしく、彼女にもライバル認定されている。


 ちなみに学年二位で惜しくも敗れた武人には綺麗に全教科勝っていたらしい。


 好きな曲やアニメなど、色々な趣味が合うため、椿さんとはよく話す仲になっている。

 

 人形のように整った容姿でありながら、明るく、優しく、穏やかな性格で、男女を問わず大人気の、誰からも愛される美少女だ。


 かく言う俺も、彼女の魅力に惹かれている一人である。


「100点って、すっごいな~」


「えへへ、頑張りました! これで一勝一敗だね、次も負けないよ?」


 えへん、と胸を張る椿さんの大きな何かに一瞬目を吸い寄せられたが、すぐに自慢げに笑うかわいらしい表情に視線を戻す。


「え、その判定でいいの? 俺一教科でしか勝ったことないのに」


「いいの。でも、次私が勝ったら、私のお願い一つ聞いてね? 私が負けたら御堂君のお願いも聞くから」


「お、いいね。じゃあ、次は本気で頑張ってみようかな。まあ、椿さんのお願いなら、別にいつでも聞くけどさ」


「え、ほんとー?」


 椿さんが首を傾げながらこちらを見つめてくる。意図しない、無意識の表情の威力が高すぎる。美少女+上目遣い+首を傾げる+近距離=死亡。これは避けられない。


「あ、ああ。ほんとほんと、なんでも大歓迎だよ」


「じゃあ今度こそ、カラオケ連れてってね? この前連れて行ってくれるって言ってくれたから、いつ誘ってくれるのかなーって凄く楽しみにしてたんだよ?」


「いやー、ごめんごめん」


「絶対行こうね?」


 そもそも二人だけでカラオケに行くなんてだけでもハードルがかなり高いのに、自信を持てるほど歌が得意なわけじゃないからなあ……。

 

 椿さんに聞かせたいと思えるほど上手くないので、もうちょっと練習したいとは、流石に言えない……。決心が付いたらすぐにでも誘いたいのだが、幻滅されるのが怖くて一歩が踏み出せない。


 返答に困り、少し目を逸らす。


 すると、二席ほど離れたところから、にやにやとした表情で俺たちを見ている武人と目が合った。しまった。完全に忘れていた。


「お二人さん、仲良いね?」


「あっ!」


「ごめん!」


 意識しないうちに、当たり前のように肩が触れる距離にいた俺たちは慌てて距離を離す。


「椿さんって、他の男子にはあんまり近づかないのに、樹にだけ距離近いよね」


「えぇー!? そうかな、えっと、その……そうなのかも……?」


 少し顔を赤くした椿さんが、落ち着かない様子で髪の毛を触っている。かわいい。


「私、女子中出身だし、男の子で話せる人って御堂くんくらいだから……」


 恥ずかしそうにあちこちに目を回した後、もう一度目が合う。

 

「と、とりあえず、授業中だし、席もどろ!?」


 丁度最後の生徒にテストを返し終えたようで、教室の喧噪も落ち着き始めている。


「そーだね」 


「座ろう! 座りましょう! 座ります」


「お前顔真っ赤だぞ、樹。さっさと告白すればいいのに」


 慌てて座ろうとする俺の元に来て、少し離れた椿さんに聞こえないように小声で囁いてくる武人。しかし、勇気が出ない俺は一歩を踏み出せずにいる。椿さんはただ男慣れしていないだけで、別に特別だとかは思われていないだろう。多少仲が良い方だとは思うが、そういう対象としては見られていないと思う。


 もし告白して今の関係が崩れたらどうしよう。


 たくさんのネガティブな考えが頭をよぎり、行動を起こせない。


「まだ、ちょっと無理かな……」


「ほー……はぁーー。ほーーーー……もったいない」


 武人に呆れられながらも、席に戻り、テストの解説を始める先生の声に耳を傾けた。






 先生から今後の連絡事項の話があった後、六時間目の後のホームルームが終わり、帰る準備を進めていると、隣の席から、ねえねえ、と鈴の鳴るような声が聞こえる。


「御堂くん」


「どうしたんだ? 椿さん」


「今日さ、一緒に帰らない?」


 椿さんの突然の誘いに、思わず「えっ」と驚きの声が漏れてしまう。


「だめかな? 昨日の夜配信されたブリモリの新曲のお話しながら一緒に帰りたいな〜って思ってたんだけど……忙しかったかな?」


 ブリモリとは、俺たち二人が共通して好きなアーティストの名前だ。正式名称はBriliant Memoryと言って、一人の作曲家が曲を作っており、それを様々なシンガーが歌い、それをブリモリのチャンネルに投稿している。多様なジャンルを楽しめるのも魅力的だ。しかし、知名度が低く知っている人がほとんどいないため、ブリモリファンという共通点を持っている人はほとんど見たことがない。

 

「今日は部活もないし、全然暇! 俺も語りたかったんだ、『エターナルプロローグ』! 一緒に帰ろうか!」


 一緒に帰ろうというお誘いに、つい脳が硬直したが、好きなものの話を好きな人と話せるなんて幸せはなかなかない。その嬉しさから、思わず大きな声が出る。


「やった! 帰ろ帰ろ〜?」


 そうして俺たちは二人で教室を出た。





 放課後、好きな女の子と二人だけで下校する。


 意識してしまうと一気に緊張してしまい、周囲の視線が気になる。


 趣味の話をする彼女は、いつもよりいきいきしてとても楽しそうだ。そんな表情の彼女が男と二人で歩いているため、周りの生徒からはかなり注目を浴びている


「もしかしたらね? もしかしたらねー? 前の曲のあの歌詞と繋がってるんじゃないかな!?」


「確かに、そうかも……うん」


 にっこりと笑顔を向けながら新曲について語っている彼女も、遅れて廊下を行き交う生徒たちから注目されていることに気づく。俺が微妙に周りを気にしているのに気づいてしまったのかもしれない。


「あ、あはは……なんか、いっぱい見られちゃってるね?」


 パタパタと熱くなった顔を仰ぎながらこちらに視線を向ける彼女が続ける。


「私、男の子と一緒に帰るなんて初めてだよ。ちょっと恥ずかしいね?」


「そうなんだ……俺も落ち着かないから、ちょっと早歩きで行こうか」


「うん、そうだね」


 校舎を抜け、中庭を歩く。


 うちの学校は少し変わった構造で、四角形の校舎の内側に中庭があり、俺たちの教室からだとそこを通って校門を目指すのが最短の帰り道だ。


「ふーっ。あんなに注目されるものなんだね」


「椿さんだからなあ、明日学校に行くのが怖いよ。男連中に絶対問い質されるだろうなあ……」


「何を?」


「そりゃあ、椿さんと付き合ってるのかーって」


「あはは……そう見られちゃってもおかしくないもんね」


「願いを叶える木のせいかわからないけど、うちの学校はみんな恋愛に興味津々だよなあ」


 中庭に生える大木を見上げながら、ため息まじりに言葉が漏れる。すると、椿さんの足が止まり、少し真剣な表情になる。


「恋愛といえば、御堂くんはさ、その……好きな子っているの?」

 

「……あー」


 どうしたら良いものか、言葉に詰まる。あなたです、と伝えられたらどんなに楽だろうか。しかし、好きでもない男からいきなり告白されるというのは、された側からすれば、マイナスのことの方が多いだろう。


 振るのにも気を使うだろうし、そんな噂が出回ったら、一緒の教室にいるだけで居心地が悪くなるかもしれない。優しい彼女は断ることにも心を痛めてしまうだろう。


 伝える勇気が出ないことを、たくさんの言い訳で覆い隠して蓋をする。こうすれば、最悪にはならないと、今までの人生で学んできたから。


「ごめん、言いづらいこと聞いちゃった。やっぱり忘れて?」


「あ、うん……こっちこそごめん。とりあえず、ノーコメントってことで、ブリモリの話に戻ろう!」


「そうだね! うん! そーしよ」


「話を帰る前に俺も一個だけ聞きたいんだけど……ちなみに……椿さんは?」


 彼女の恋バナというか異性についての話はほとんど聞いたことがなく、好奇心を止められず踏み込んでしまう。


 ええっ、と戸惑ってあたふたしている椿さんが本当に微笑ましい。こういうちょっと子供っぽい可愛さまで持っているのは本当にずるい。見ているだけで誰もが笑顔になる。

 

「えーっと、えーっと……」


 言葉につまりながらクスノキの方を一瞥したあと、人差し指を唇に当てた椿さんが、少しの恥じらいを咲かせた悪戯っぽい表情を浮かべ、上目遣いに俺を見上げる。


「ひみつ!」


 俺は死んだ。


「可愛すぎる……」


「ちょっ、御堂くん!?」


「ちーん」


「口で言うセリフじゃないよ! ちょっと御堂くん! 大丈夫!?」


 あまりの可愛さに脳をやられた俺は、ほとんどこの後の記憶がないまま気づいたら家にいた。


 いつも通りの時間を過ごし、ご飯を食べてお風呂に入って、自室のベッドに体を預けてだらだらする。

 

 テストの点が帰ってきたときはいつも、次は頑張ろうと思うが、家に帰ってみるとやる気がでない。いつも適当に過ごしてそこそこの点が取れてるし、いつか本気を出せば余裕だろう。やるべきときが来たら頑張ればいい。


 そんな気持ちで今日も、自由に使える時間を怠惰にだらだら過ごして、眠りにつこうとベットに入る。


 椿さんのあの発言の意図は、なんなんだろう。もしかしたら本当に俺のことが好きなのかもしれない。


 いや、そんなキモい考えはやめよう。あの椿さんが、こんな何者にもなれない俺なんかを好きになるなんて、無課金で最高レアのキャラを完凸するくらいありえないことだ。


 いつもはベッドの中に入っても延々とスマホを触り、寝付けないことが多いのだが、今日はなぜかすぐに眠りに落ちた。






―――――――


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