ケチャップライスに旗を立てないと
酒呑み
そういう法律だから
ケチャップライスに旗を立てないと、法律で罰せられるんだよ。
そう言って君は、テーブルの上に100円ショップの爪楊枝とA4のコピー用紙を広げて笑う。
食べる前までに、旗が立っていたらセーフなんだって。
チョキチョキと器用にハサミを動かし、A4サイズの紙を爪楊枝のポールに合ったサイズに仕上げていく。
へぇ。
僕は嘆息して、君が丁度よいサイズに切ってくれた真っ白な紙の旗を見つめる。
何を描こう。
無難に、日の丸だろうか。
茶色いテーブルの上は、君が色鉛筆を広げたお陰で12色の虹ができている。
早くしないと、冷めちゃうよ。
君はせわしなく色鉛筆を動かしながら、くすくすと笑う。
台所では、今しがた君が作ってくれたオレンジ色のケチャップライスが、フライパンの上で湯気を立てている。
旗を立てないで食べたら。
結局気の利いたアイディアを思いつかなかった僕は、ケチャップライスの旗に1000回は描かれたであろう日の丸の為に赤い色鉛筆を取る。
どんな罰を与えられるんだろう。
君は、僕の顔を見ようともしない。
旗を彩る手元に目を落としたまま、ただ、楽しげに笑っている。
1,000円以下の罰金。
または、2日間の拘留だって。
微妙だ。
いや、ケチャップライス1杯分の値段としては、高い、のか?
できた。
君の声で、僕も日の丸を塗る手を止める。
ねぇ。
私、ここに行きたいの。
君がオレンジ色の山脈の頂上に立てた国旗が、どこの国のものなのか。
僕はどうしても思い出すことができない。
牢屋の中でケチャップライスを食べる。
丸いオレンジ色の頂点に、爪楊枝と紙でできた旗が突き刺さっている。
自傷を防ぐ目的か、爪楊枝の先端は丸く削られている。
拘留は2日間。
明日には自由の身だ。
もう、戻って来るんじゃないぞ。
出所の朝、看守は僕の手に昨夜のケチャップライスに刺さっていた旗を握らせてくれた。
丸い爪楊枝の先端。
旗の模様は、見慣れた赤い日の丸だ。
ケチャップライスには、なんたって日の丸が一番。
看守が微笑む。
ケチャップライスの山に、どんな旗を立てるべきか。
その自由は許されているはずだ。
ねえ。
僕は君に問いかけたい。
君は何処に行ってしまったんだい?
君はケチャップライスの旗に、決して日の丸を描かなかったね。
君は何処にいるんだい?
街中のレストラン、街中の喫茶店、全てのケチャップライスに旗が立っているけれど。
いつの間にか、全て日の丸に変わってしまったよ。
アメリカの星条旗も、フランスのトリコロールも、すっかり見かけなくなってしまったよ。
ねぇ。
僕もささやかながら、ひとつの反抗をしてみたんだよ。
君が旗に描いていた、存在するのかどうかさえわからない国旗を。
僕は今、もう一度見たいんだ。
ケチャップライスに旗を立てないと 酒呑み @nihonbungaku
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