ギャルはオタクに負かされたい

との

カードゲームで負かされたい。①


 ホームルームが終わり、

 人気のなくなった放課後の一年A組の教室に悔しそうな声が木霊する。


「はぁ……また負けた……もう一回」


 そう言いながら机に突っ伏しているのは青森智樹だ。

 この高校に入って約三カ月。クラス内ではすっかり「オタクくん」の通り名を我が物にしている。

 トレードマークは勿論眼鏡。マッシュルームのような髪の毛は美容室にお金をかけることを避け、千円カットで流行でとオーダーした結果である。決してバンドをやっているとかではない。

 口数も少ない方で、一見、様々なことに対し無気力に見える話し方をするが、その実、好きなものへの熱量はすさまじく、高校生の中には未だ偏見を持っている人も散見されるアニメ好きを一切隠そうとしない姿勢や、他の追随を許さないサブカルチャーへの圧倒的な知識量により、智樹は既に学年のオタク界隈の中心人物と化していた。

 好きなものを好きだと誇る姿は特定の人種のコンプレックスに刺さるようで、オタクくんというのも決して蔑称ではない……と本人は思っているし、仮に蔑称であってもどうでもいいと思っている。


 そんな彼が手に握っているものはカードの束だ。俗にデッキといわれるもので、カードゲームに使う山札のことだが、現在、目の前の敵との再戦に向け、机の上で一枚一枚丁寧に並べ、カードの並びが無作為的になるようにシャッフルしている。使用デッキは青色単色アグロ。

 低コストのクリーチャーを大量に展開し、速攻で勝負をつける王道のデッキだ。アグロというのは英語で喧嘩という意味を持っており、そこから派生して早急に決着をしかけるデッキタイプを多くのカードゲームではアグロという。


 今、智樹がプレイしているカードゲームはスリーピースカードゲームといって、発行部数でギネス記録にもなっている大人気の冒険少年漫画をモチーフにしたカードゲームだ。

 発売してまだ三カ月であり、カードプールはスタートデッキとブースター第一弾しかない状態だが、既に販売枚数で国内トップに手が届きそうという程、人気のあるゲームだった。智樹は高校に入学すると同時にはじめ、その面白さにあっという間に夢中になった。そして強くなるべく、色々な戦術を考えた。しかし、一向に勝てないのだ。


 目の前の女子生徒に。


「これでアタシの二百戦二百勝? いや、さすがにそろそろ勝ってほしいんだけど!」


 智樹を煽るような口調で女子生徒が言い放つ。

 机を挟んで対面しているのは、とてもカードゲームとは無縁に見える人種だった。   

 地毛ではあるが、とても明るい茶色のロングの髪の毛を巻いており、太陽の光でときたまきらりと光っている。制服は指定のものだが、スカートはとても短くなるよう 腰で巻いており、スラリとした脚線美をのぞかせている。シャツの第一ボタンは開け放たれ、思春期男子をドキッとさせるような谷間が見え隠れしていた。

 

 彼女の名前は西村理子。智樹のクラスメイトだ。世間一般にギャルと呼ばれるような派手な見た目をしている。またその派手さだけではなく、その可憐さからも学年で彼女のことを知らない人間はいなかった。大きな瞳に長く巻かれたまつ毛は男子生徒だけでなく女子生徒からも可愛いと人気が高く、一目見ただけで周囲の人間の心を奪ってしまうそんな人間だった。また分け隔てなく誰とも仲良くする内面から人望も厚い。

 そんな彼女は黄色単色のコントロールデッキを使用している。相手の攻撃に耐え、大型のキャラクターを展開し、相手の行動を制限しゲーム全体を自分の思うようにコントロールして勝利を目指すデッキだ。


「何で負けるんだろ……もう一回」


 智樹が悔しそうにつぶやく。

 もう三か月になるだろうか。入学してしばらく経ったある日から、放課後こうしてスリーピースカードゲームに興じるのが智樹と理子の日課になっていた。


「いいよー。どうせアタシが勝つし。あ、一応言っとくけど、賭けはまだ有効だよー。がんばってねぇ」

「別にいらないよ」


 そう無気力に智樹は返した。

 本当にその賭けに魅力を感じていないように思えて、理子はそれを悔しく思う。

 賭けとは智樹と理子が初めて対戦をしたときに、何か賭けた方が面白いという話になった際、理子はもしも智樹が自分に勝ったら交際してあげると言った。その発言は既に二百戦以上も前のことだが、未だ有効である。対して智樹が負けた場合はペットボトルの飲み物を奢ることになっていた。そのため、この勝負を始めてから、学校で理子が自分で飲み物を買ったことはない。

 二百戦、全敗。それが今の智樹の戦績だ。何度やっても勝てない。確率的にも天文学的な数字ではあるが、理子がイカサマをしているような気配はないし、彼女はそんなことをする人間ではないと智樹は思っている。すなわち圧倒的な実力さによってこの結果はもたらされているのだが、素直に認めることもできず、もう一戦もう一戦と数を重ねていった。


 ――また負けた……。


 これだけの回数、ともに負けているため、智樹はいつの間にかそのデッキに愛着すら湧いていた。出来ればこのデッキで勝ちたい。しかし、勝つためには手段を選べないのかとも思ってしまう。

 時刻は十七時を回った。部活をやっていない生徒で残っているのはもはや校舎内には智樹と理子だけとなった。季節的に周囲はまだ昼の雰囲気ではあるが、そろそろ下校をしないといけない時刻が迫ってきた。結局二百十戦目を終えたところで理子が帰りの支度を始めた。


「じゃぁね、青森。精進しなよ~」

「うん……また明日」


 気だるそうに話す智樹に手を振りながら、理子は教室を後にした。教室には一人残された智樹が悔しさを嚙み殺す声が反響している。智樹は手に持ったカードのテキストを一枚一枚見ながらデッキケースにしまっていく。敗因がわからない。テキストは全て把握しているし、理子の戦術も予想できる。しかし、気づけばいつの間にか、負け確定の盤面になっていて、まさに理子にコントロールされているような状態だった、


 ――今日も負けちまった……でも明日は勝つ……。


 そう智樹が心に誓ったころ、理子はまだ下駄箱にいた。段々と夕暮れに染まっていく空のおかげで頬の赤らみがばれないのが、幸いだった。


 ――何で勝ってくれないの!! 勝ってくれれば付き合えるのにぃ!


 そう、理子は智樹に惚れていた。だから告白などの手段を取らずに、交際に発展できるこの賭けはいい考えだと、三カ月前は思った。それがまさか三カ月たっても一度も勝ってくれないとは夢にも思っていなかったのだ。


 ――こんなことなら賭けなんてしなきゃよかった……今さら告るのもなんか違う気がするし……ううう……なんでだよぅ……


 賭けを提案した以上、今自分から告白することはそれを反故にしてしまうことになる。それに放課後のこの時間が望まない形でなくなってしまうかもしれない。それはなんとしても避けたい。放課後、智樹との二人の時間は何にも代えがたいぐらい、今の理子にとっては幸せなものだった。


 ――ただ、青森の方もそう思ってくれてるとはわかんないんだよねー……。嫌がってたらさすがに毎日毎日挑んではこないだろうけど。


 毎度毎度勝てないゲームを永遠と挑み続けるのは理子だったら辛いなとは思ってしまう。そこはさすがの智樹といったところで好きが先行してくれているのが幸いしていた。

 智樹は毎回毎回全力で挑んでくる。だからこそ理子も手を抜くことはできない。そんなことは智樹に対して失礼に値すると考えていた。


 ――ま、明日も挑んでくるっていってたし、明日は勝ってくれるでしょう! うん。


 この考えも既に三カ月目だが、そう考える他はない。それに明日の放課後も二人っきりの時間を過ごすことができる。そう考えると、心なしか帰路の足取りもはずんだ。

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