第1話 出来れば知りたく無かった
「
僕は、眼の前の机に突っ伏して寝ている黒髪の青年を揺する。
彼――
真田さんは僕と同じ3年生だが、歳は僕よりも一つ上だ。
つまり、彼は1年間留年していたことになるのだが、それには深い理由があった。
真田さんはスポーツ推薦で、この
彼は鍛えられたガッチリとした体つきをしており、それは今までの努力の成果なのだろうと僕は思う。
しかし、1年生の前期で出場した試合にて、体中を何針も縫うような大怪我を負ってしまい、1年ほど入院を余儀なくされてしまったらしい。
その結果、留年。
その時の怪我の影響で二度と激しい運動が出来ない体になってしまったそうだ。
僕と会ったときには本人は既に割り切ったことだと言っていたが、自分が今まで熱心に打ち込んでいたものがいきなりできなくなったとしたら――その虚無感はとてつもないものだろう。
それでも明るく振る舞う彼を、僕は1人の人間として尊敬していた。
「真田さん、そろそろホントに起きてくださいよ。もう授業受けてた人は、僕ら以外みんな帰りましたよ」
僕は空になった教室を見渡して言う。
いくつかの机の上には消しカスが残っており、少し前まで人がいたことを想起させる光景になっていた。
教室の窓の外を見ると、多くの学生が談笑したりしていた。
真田さんは目を少しだけ開いて、
「あと5分……」
と言って、再び目を閉じた。
「それさっきも聞きましたよ? 」
「ほんとにあと10分したら起きる……」
ちなみにこのやりとりは先程から何度もしている。
いい加減起きてくれないと僕も家に帰れない。
今日は折角講義も3限で終わり、バイトも無いので、さっさと家に帰って惰眠を貪ろうと思っていたのに。
窓から吹き込む春風が僕の肌を撫でる。
その温かな風を受けて、僕は真田さんが眠たくなるのも無理はないなと思った。
僕だってこんな心地の良い日は寝て過ごしたい。
だが、僕は真田さんほど怠惰ではない。
そもそも前期が始まって最初の授業で堂々と居眠りするのはどうかとも思う。
僕は大げさにため息を付きながら真田さんに言う。
「分かりました。あと10分待ちます。これが最後ですよ? 起きなかったら音割れASMRをこの大学に響くくらいの音量で流しますからね」
毎度のことながら僕も真田さんには甘いなとつくづく思った。
だが、まぁこれからもそれは変わらないだろう。
時間を潰すため、僕はスマホを起動し、黄色のうさぎのシルエットが描かれたアイコンをタップする。
このアプリこそ今老若男女問わず、大流行しているSNS、
このアプリは、従来のSNSと何ら変わりない平凡なものだったが、運営の対応の良さがあまりにも良いということで人気を博していた。
ちなみに僕は完全に見る専で、鍵垢に設定していてフォロワ―も友人や知人のみだった。
理由は単純明白。
見ず知らずの人と関わるのは怖いからだ。
タイムラインをスクロールして、流し見する。
すると、気になる投稿を1件見つけた。
「げっ……これ水嶋さんのアカウントじゃん……」
僕は顔をしかめながら言う。
僕は彼女のことがあまり好きではない。
――いや、好きではないどころか、むしろ大嫌いで、今も彼女のことを僕は嫌悪している。
今後も一生僕から彼女への評価が変わることはないだろう。
それほど彼女は大きなことをしでかしたのだから。
彼女の投稿には、『付き合いました♡』という言葉ともに、一枚の写真が添付されていた。
その写真には水嶋さんと共にもう1人写っており、2人は手でハートマークを作っていた。
「まーた付き合ったの? あの人も懲りないなぁ……」
彼女は昔から男遊びが激しかった。
すぐに付き合ってそしてすぐに別れる。
僕が見ていたときでも、ずっとその繰り返しで、彼女はいつも男を取っ替え引っ替えしてるようなやつだった。
だが、ある時期を堺にそれも改善されたと思っていたのだが、結局それも意味をなすことは無かった。
「……やーめた。こんなの見てても時間の無駄だし」
そう言って、アプリを閉じようとしていたが、ふと写真の水嶋さんではない方の人物に既視感を覚えた。
「この人どっかで見た覚えがあるんだよなぁ……」
僕は写真をタップし、拡大する。
絵文字で隠れているので顔はわからないが、確実にどこか会ったことがある気がした。
写真を更に拡大し、何か手がかりがないか探る。
すると1つ気になることがあった。
相手方の服装といい、骨格といい明らかに男性のものではないのだ。
その上、よくよく見ると胸の部分にも膨らみがある。
どう見ても相手は女性だ。
「え? 相手女の子? マジ?」
ついに水嶋さんは男に飽きて、女に手を出すようになってしまったのだろうか。
だが、人の恋愛に口出しできるほど、僕は高尚な人間ではない。
別に同性であっても、本当に2人が愛し合っているのであれば、誰もそれを咎めるべきではないと僕は思っている。
「多様性の時代だからね、こういうのもいいんじゃないかな。うん。さて、お二方の幸せを願っ…………」
僕の独り言はそこで途絶える。
「あれ? このストラップ……!?」
ツーショットに写っているカバンに付いた小さなクマのストラップに目が行った。
クマのストラップには首に青いリボンが施されており、文字のようなものが刺繍されていた。
そのストラップは見覚えがあった。
それは何故か。
――そのストラップは遠い昔に、僕がある人に贈ったものだからだ。
「んなああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
その一瞬で全てを理解してしまった僕はとうとう発狂してしまった。
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