桃太郎の裏側
キエツナゴム
桃太郎の裏側
人里に渡り、人を殺した。
多くの命と食糧を奪った。
仕方のないことだった。
鬼は多くの子を産む。
数が増えれば、必要となる食糧も増える。
それでも、島の限りある土地で農地を増やし、家畜を増やし、なんとか工夫して生き延びてきた。
そんな時、直面したのが連年の不作だった。
ギリギリで賄えていた食糧が底をつき、貧しい時代が訪れる。
産まれたての赤子が、物を食えず死ぬのも当たり前になってきた。
頭の悪い俺たちは、『奪う』ということでしか、貧しさを補うことは出来なかった。
だから、これも『仕方のないこと』だ。
『奪おう』としたのだから『奪われる』ことにも許容しなければならない。それが俺たちがしてきたことの報いなのだから。
「おい、鬼。何か言い残すことはないか?」
仲間を殺し、家族を殺したその人族は、今度はその血濡れた刃を俺の方に向けていた。
「煩い。殺すなら、とっとと殺せ」
もうこの世に未練はない。愛した妻も、立ち向かった息子も、既にこの世を去っていた。
先程切られた腹部が痛む。流れる血も先程より少なくなっていた。
「本当に……何もないのか?」
「そうだと言っている」
本当に口煩いガキだ。まさか、こんなガキと畜生三匹ごときに島の鬼全員が殺られるとは思いもしなかった。
コイツはきっと、英雄となるのだろう。村へ戻れば、人を襲った悪鬼を討ち取った戦士として讃えられるのだ。俺の家族や仲間を奪ったコイツが。
もう少し体が動けば、一矢でも報いてやりたかったが、それも辞めだ。身体が動かないし、そもそも、俺の脳がそれを許さない。
これは奴らの復讐だ。復讐に復讐を続けても、何もならないのを俺は知っている。
「違う……」
奴が何やら呟いた。
「違う! そうじゃない筈だ! 何か、俺への憎まれ口とか命乞いとか、そういうのがある筈だろう!」
本当に何なんだ、こいつは。
殺す相手の命乞いを求めるとか、騎士道のつもりか? それとも、命乞う姿を嬉々として殺戮する趣味でもあるのか?
何にせよ、俺に言い残すことなどもう……。
いや、気がかりなことはあるにはある。だが、コイツにそれを言うのはお門違いも甚だしい。
「……何もない。殺せ」
「本当に?」
「あぁ」
一体、コイツは何を期待しているんだ。やはり、命乞いを聞きたい狂人なのだろうか。
どんな表情をしているのか、一目見てやろうと、思い瞼を上げた。そこには、意外な顔をしたガキが立っていた。
奴は、真顔でそこに居た。
それは、笑うでも、憎むでも、憐れむでもない、ただ純粋に物事を知りたがる好奇の目にも見えた。
「なんだ、その顔は」
「俺は…‥僕は、ただ知りたいんです。あなた達鬼が、どういう存在かということを」
「俺たちがどんな存在かだと? そんなの、語るにひとつ、俺達はお前ら人間を襲った。お前らの敵だ」
「えぇ、それは知っています。お爺様とお婆様から聞きました」
『だったら何が聞きたい!』と怒鳴りつけてやりたかったが、既に俺にはそんな力は残っていてなかった。
「ですが、逆に言えばそれ以外のことを知らない。あなた達が人を襲ったのも、僕が生まれる前のことですし、あなた達自身のことについて、何も知りません」
「そんなもん、する必要もねぇだろ。敵は敵。殺すべき者だ」
「そうもいきません。僕達はあなた達を殺した。僕自身は何の恨みもない筈なのに」
奴の目に陰りが見えた。どうも、コイツが悩んでいるのは本心らしい。
「だから、僕は背負わなければならない。あなた達を殺した罪も過去も。それには、あなた達のことを知る必要があります」
「よく瀕死の相手に、そんなことが聞けるな」
「瀕死だからこそ、ですよ。今際の際にしか、真の本音は聞けませんから」
なんだそりゃ。どんな人生送れば、ガキの口でそんな言葉が出てくる。存外、人族というのも冷酷なのかもしれない。
「……何が聞きたい。どうせ、死ぬ身だ。なんでも答えてやる」
「助かります」
俺は何故、こんなことを口走っているのだろうか。
奴に同情したからか。言葉通り、死に際だから投げやりになっているのか。
なんだっていい。もう、考えるのも疲れてきた。
「時間もありませんから、単刀直入に。なぜ鬼族は人族を襲ったんですか? お爺様には、『鬼は悪さで人を殺す』と言われましたが、どうも僕にはそう思えません」
「……ただ、食糧が無かったんだよ。食うもんが無くなったから、あるところから奪った。簡単な話だ」
「交渉とか……血の流れない解決法は無かったんですか?」
「俺らは鬼だぞ? 元来、人に恐れられてきた種族だ。和解ならまだしも、鬼に食糧を分け与える人族など聞いたこともない」
「……そうですか。じゃあ、自分達の飢えを凌ぐ為に、人を襲ったんですね?」
「……」
口を噤んだ。言えない理由があるわけではない。ただ、これを言えば、言い訳になる気がしてならないだけだ。
「……鬼を憐れまないと約束するか?」
「それは一体、どういうことでしょう?」
「約束するか、否かのみを答えろ」
奴は、一瞬の逡巡の後、真剣な表情で答えた。
「えぇ。約束します。今後鬼を憐れまないことを此処に……いえ、桃に誓いましょう」
『桃に誓う』と言う謎の文言を無視し、俺は口を開いた。
「子供の為だった。俺たち鬼は、大人になれば強くなり、少しの飯でも身体を動かせるようになる。だが、子鬼は違う。人と同様、しっかりと飯を食わねば、死ぬ」
「そうだったんですね……」
「おい、その声色は辞めろ。約束は守れ」
「えぇ、心得ています」
本当かと疑いたくもなるが、既に俺の体力は底を付きかけていた。
「……悪いが、今のが最後の回答だ。そろそろ迎えらしい。ほら、この首をやるから、終わらせろ」
瞼が重くなり、視界が揺らぐ。体が段々と冷たくなり、痛みがすぅっと引いていく。
あぁ、これで俺も終いというわけか。
「……僕としても聞きたいことは全て聞けました。あなた達を殺す責、全て背負って生きていきます」
「ケッ……そうかよ」
コイツは本当に最後まで生意気なガキだ。もっともらしいことを言ってる割に、声が上擦ってやがる。
「やっぱり……守れないんじゃねぇか、約束」
「これは……違います。哀れみでなく、悲しみです」
「……どちらにせよ、不快なことに違いはねぇよ」
「そうですか。では」
何も見えなくなった世界の中、ガチャリと言う金属音だけが聞こえる。恐らく、奴が剣を取った音だろう。
「最後にもう一度だけ。本当に、言い残すことは無いんですね?」
言い残すこと……辞世の句、か。
本当は、もっと静かに死にたかったんだがな。
俺は、一縷の願いを吐き出すことにした。
「洞窟の奥、隠し扉の向こうにガキと身籠りの女がいる……処遇はお前に任せる」
あーあ。言っちまったよ。
族長にもあれ程、口止めされてたことなのにな。
瞬間、意識が途切れる。
最期に眼に映ったのは、憎たらしいガキの泣き顔だった。
──
数十年後、人里にて元気な赤子が生まれる。その赤子はヒトの身体に額に小さな角を携え、人成らざる怪力であった。
鬼と人との間の溝はまだ深く、その先に光は見えない。
されども、その深淵に木漏れ日を差す程には、赤子の笑顔は明るいものだった。
桃太郎の裏側 キエツナゴム @Nagomu_Kietsu
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