【朗報】ヒキニート高校生からVtuberに転職しまして……

ヘイ

第1話 東京在住実姉

 

『世界に忘れられた誰か』

 

 その言葉は多分光だったんだ。

 別に、俺は子役だった過去も、アイドルだった時代もない。

 

『もう一度、輝きたくないか?』

 

 一七歳の夏休み。

 今は長期休暇も関係ないけど。

 引きこもり真っ只中の俺は居ない存在として扱われてる。現在進行形ヒキニートは家庭内カースト最下位は当然。

 朝昼晩と飯が出る分だけありがたいと思わなくてはならないのだ。

 

『私は原石の参加を待ってる』

 

 そんな言葉に踊らされた。

 実際、そう言う思いもあった。でも、書類審査でどうせ落ちるだろうとたかを括った。

 

「おぉおおおおお……っ」

 

 どうしてか。

 

「帰りてぇえええ……!」

 

 書類審査が通ってしまった。

 通ってしまったし、冗談のつもりで『ネットで芸能系のに応募したけど。まあ落ちると思うけど、もしかしたら。万が一、いや億が一だけど東京に行くかもしれないから』と勢いで押し通す様な早口で告げたら、母さんには『良い機会だから外に行ってきなさい。東京でしょ? 私もお父さんも仕事だけど、一人で行けるわよね? スマホもあるんだし』なんて言われ。

 しかも。

 

『あ、そうだ。胡桃くるみの所に寄ってきなさい。何だったら泊まらせてもらいなさい』

 

 とまで言われてしまった。

 

「何で姉ちゃんの許可はもう取られてんのぉおお……?」

 

 この俺、深谷ふかや奈月なつきの姉である胡桃には母さんから既に話がされている様子。

 

「ああああああああ!! 嫌だぁああ!! 何で応募したんだ、俺ェエエエ!」

 

 学校に行くのも無理。

 そんなんでバイトも出来るわけなくて、人間として終わってる様な俺が愛嬌振り撒くのが仕事のVtuberになんてなれるわけないだろ、ふざけてんのか。

 

 しかし、だ。

 

 姉には話が通ってる手前、すっぽぬかしてこのまま家に帰って引きこもっては母さんに殺される。

 金まで渡されたし。

 それに。

 

「既に駅に居るし……」

 

 父さんに駅まで送られてしまったのだ。

 家から車で三十分。父さんの仕事場までの途中にある駅だ。ここからなら東京までの新幹線が出るらしい。

 そして今し方、姉ちゃんからの『どれくらいに着くの?』というメッセージ。

 

「に、逃げ場が……ないっ」

 

 俺の東京行きはあの日から父さんと母さんにとっては決定事項だったんだろう。

 

「す、すみません……東京行き。片道でお願いします」

 

 窓口で切符を購入した俺は東京行きの新幹線に恐る恐ると乗り込んだ。

 到着予定は昼十二時過ぎ。姉ちゃんに時刻をメッセージで送ると『迎えに行くから。どうせ家分かんないでしょ?』という返信が来る。

 

「はあ……」

 

 何ともセンチメンタル。

 俺は、特に揺れもしない快適な車内で、高速で流れていく景色を見つめ溜息ばかりを漏らすマシーンになっていた。

 漫画を読む気にもならない。

 ゲームをする気にもならない。そんな微妙な気持ちだ。

 

「…………」

 

 何駅か停まったあたりで、乗り込んできたお姉さんが隣の席に座った事に居づらさを覚えながらも俺は窓の外を見続ける。

 別に面白くもないのに。

 

「東京……人、多い。姉ちゃん、どこ?」

 

 ようやく東京についても、俺は精神的に疲労困憊で。何とか改札を抜けた所でスマホで姉ちゃんにメッセージを送る。

 

「あ、こっちこっち!」

「ね、姉ちゃーん!」

 

 あれほど暴君だった姉ちゃんを恋しく思う事があるとは。

 

「私が暇人でよかったね」

「……ありがとう、ニートで!」

「おい、一緒にすんな」

 

 額にデコピンを喰らう。

 

「あうっ!」

「私は大学生だし。バイトもしてるからね? 本格的に学校行ってなくて、バイトもしてないアンタと一緒にすんな」

「……ごはぁっ!?」

 

 身内の遠慮なさは最強の口撃力になる。

 

「ま、そんな奈月が東京まで来れただけ大したもんだよ。よく頑張った」

 

 頭を撫でられる。

 何この飴と鞭。

 

「それでご飯食べた?」

「食べてないけど」

「お、良かった。私もまだだしご飯にしよう。それとも先に家に行く? ぶっちゃけ帰っても飯作る気ないけどね」

「じゃ、じゃあご飯で」

「で、お母さんにいくら貰ってきたの?」

 

 え、何この人。俺にたかる気なの。

 

「いや、たからないって。冗談だから。で、なんか食べたいのある?」

「えーと……」

「ま、東京だから割と何でもあるよ。私はラーメンの気分だから」

「……ラーメン」

 

 そもそも外食はいつぶりだろう。

 引きこもってから全然ご飯食べに行ってない。

 

「そ。ラーメンで良い?」

「うん」

 

 姉ちゃんだって不味い飯を食いたいわけじゃないんだから、変な所に連れてくなんてことはないだろう。

 

「────それで面接明日なんでしょ?」

 

 ラーメンを食べながら姉ちゃんが聞いてくる。俺は「ああ、うん」と返事をすると。

 

「あんま緊張しても上手くいかないからほどほどに……って言っても出来ないよねー」

「……うん」

「お母さんもお父さんも多分、奈月にそこまで期待してないと思うから」

「ぐふっ!」

 

 心に深々と突き刺さったぞ、今。

 

「それに奈月まだ高校生でしょ? 落ちたって影響ないじゃん。だからダメで元々って考えでいきなさい」

 

 俺だってそのつもりだったけど。

 

「……そっか」

 

 父さんとか、母さんの事とか考えたり。なんか変に大きく考えすぎてたのかも。

 

「俺、ニートでいいんだ!」

「あくまでモラトリアムだからね? そのうち自立しなきゃお母さんに殺されるよ?」

「ゔっ……!」

「まあでも。どうせ落ちたって、ここまで来たんだし。奈月は逃げてない。私が証人だから。逃げてないから、アンタはちゃんと学校行けるって。辛かったら転校するとかも相談すればお父さんたちも考えてくれるでしょ」

 

 姉ちゃんが、俺が知ってるより優しい。

 それにこんなに考えてくれるなんて。

 

「姉ちゃんも大人になってんのかぁ。俺も成長しなきゃなぁ」

「歳の差五歳はそれなりに大きいからね」

 

 なんてニヤニヤ笑ってる。

 

「あ、そうだ。姉ちゃんは就活────」

 

 俺の言葉を聞いた瞬間に目を細めて、テーブルに肘をつく。

 

「黙って食え」

 

 あまりの圧に俺は口答えできずに黙って麺を啜るマシーンとなってしまった。

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