第6話 包み込む感情

それぞれ大きなお盆に乗ったオムライスを

1人で2つ運ぶには少し大変だった。


涼翔の前にお盆を一つ置いて、自分のところに置く。涼翔のお腹がなって『取り敢えず食べようか』と、スプーンを進めた。


半分ほど食べたところで、涼翔が口を開く。


『ぼく、いじめられてて』


さっき買ってあげたペットボトルの水を一口飲んで話を続ける。


『あの、さっきの友達とかじゃなくて・・

中学の一年生の時、同じクラスだったんですけど・・ちょっと色々とあって・・・』


友達がいないだけでなく、いじめられていたとは思ってもいなかった。なんて言葉をかけようかと頭を回転させる。


『そーだったのか・・・大丈夫?』


ましな言葉が浮かばず、ありきたりな質問で返した。


『僕のこと嫌いになりました?』


『なんで、嫌いになるの?』


『僕、いじめられっ子だし。

いじめられっ子と一緒にいたら先輩もいろいろされちゃうかも。』


『もし俺ががいじめられたら、俺はそいつぶん殴るし、スズがまた嫌な思いするような事する奴がいたら・・

俺がそいつをぶん殴る』


右の拳を涼翔の方に突き出した。


少し笑顔の表情を見せる。


『なにされの?』


『・・・・・』


軽率だった。馬鹿だった。

笑顔が少し戻り油断して傷口を広げるような事を聞いてしまった。



『ごめん! 変なこと聞いた。答えなくていい』


即座に弁解したが涼翔は首を横に振り、自分の身に降りかかった事実を話してくれた。



どんな顔をして聞いていただろう。


話が進むたびに、胸が苦しくなりやめて欲しいと思った。


ふつふつと怒りでは治らない感情が全身を包み込んで、殺してやろうと人生で初めて殺意が沸いた。


途中から俺の耳は機能していなかったかもしれない。


耐えきれず、涼翔の隣に座る。


頬をつたる涙が買ったばかりのカーゴパンツを濡らしていた。


涼翔の手を握り、考えずとも言葉が出てきた。


『俺が守るから・・』


唾液を飲み込む。沸いた事のない感情の矛先を向ける場所が分からない。


ただ黙って握った手を強く握りしめた。



『ずっと友達いなぐで・・

学校行っても筆箱隠されたり、無視されたり、服脱がされたり、毎日いじめられて

お母さんにも心配かけるから言えなくて、

学校行きたくなくて、

毎日・・・死にたいって・・・』


カーゴパンツのシミがさらに増えていく。


自分の視界もぼやけてくる。


向けようのない怒り。昔の話に今はどうこうできないと言い聞かせて怒りを鎮める。


涼翔の方を向くと、左肩に顔を埋めて泣いた。右手で頭を撫でながら泣き止むのを待った。


『俺がついているから・・・』


その一言以外、出てこなかった。


周りのこちらを見る目も気にならなかった。



泣き止んだ目は真っ赤になって、給水所に置かれたペーパータオルを取ってきて渡す。


『ありがとうございます。』と濡れた顔をふいた涼翔はお腹をまた鳴らした。


『残り食べようか』


会話はないまま、冷めたオムライスを口に詰め込んだ。



この怒りの感情はどうしようも無いものだ。


今は取り敢えず涼翔を元気つけようと、ゲームセンターへ向かった。


しばらく散策すると、ある景品の前で無言で立ち止まる。


部屋に遊びに行った時に見た記憶がある、猫のマスコットキャラクターのぬいぐるみだった。


『これやろうか?』


大き目のぬいぐるみ。

3本爪のクレーンゲームにお金を入れて動かした。


3回目であと少しのところで、ぬいぐるみかアームをすり抜けて落ちる。


あ〜と涼翔が悔しそうな声を出した。

少し気持ちが戻ってきたようだ。


ちょうど10回目でアームががっしりとぬいぐるみを掴んで、取り出し口の上で開いた。


ぬいぐるみを取り出して元気つけようと、腹話術の真似事をした。


『ボク、ネコマル。スズトクン、ゲンキダシナヨ』


ぬいぐるみを差し出すとギュッと抱きしめて笑顔になった。


『そんな名前じゃないです』





この子はネコマルにしますと名前を気に入ったようだ。


帰りの道中ずっとネコマルを抱きしめながら帰っていた。


『ネコマルを先輩だと思って部屋に置いときます。』


なんとか調子の戻った涼翔と別れた。


ネコマルと3人で、帰り道の何でもない所で撮った写真を、こっそりスマホの待ち受けにした。

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