銃使いの勇者

岸 耕平

銃使いの勇者

『銃使い』


 その名は大陸中に鳴り響いていた。

 古代文明の遺産である銃という武器を彼は使う。

 射程は弓矢をはるかに超え、威力は高位魔術師の攻撃魔法に匹敵する。

 しかも連射ができるのだ。


 銃を相棒に大陸を駆け回り、魔族を退治し続けた。

 いつしか勇者は人類にとっては希望、魔族には恐怖の象徴となっていった。

 各地の王も彼を頼る。

 向かうところ敵なしだった。


 そんなある日、アークデーモン討伐の依頼を終えて、宿舎へ戻った勇者に仲間が話を切り出した。


「なあ、勇者。ちょっといいか」


 戦士の太い声が部屋に響いた。

 魔法使いと賢者も一緒だ。


「なんだよ。そんな改まって」


 戸惑いを隠しながら勇者は答えた。

 いつも明るい戦士の真剣な顔が、事の重大さを告げていた。


 戦士が後ろを振り返り、魔法使いと賢者を見た。

 ふたりはまっすぐな眼差しを戦士に送った。

 それを受けた戦士は、意を決して様子で再び口を開いた。


「銃を使うのやめてくれねえか?」


 思いもよらぬ言葉に勇者は反応ができなかった。

 頭の中がぐるぐると回り、目の前の戦士がぼやけて見える。

 ようやく気持ちを落ち着けて、言葉をひねり出した。


「えっ……それは、どういう――」


 戦士は顔をそむけ、魔法使いはうつむき、賢者は顔を手で覆っていた。

 三人の態度が、冗談ではないことを物語っている。


「どういうことだよ!? 理由を言ってくれよ!」


 勇者の叫びがこだました。

 すると、もう耐えられないといった感じで、魔法使いが顔を上げて言った。


「弾代が高すぎるのよ」

「へ?」

「今月も赤字じゃ。見ろ」


 賢者が出納帳を開いた。

 収入の欄は主に依頼主からの報酬が記載されていた。

 対して支出の欄は食費や旅費、装備品――そして銃の弾丸。

 たしかに他の項目とは桁が違う。


 にわかには信じられず、勇者は過去のページにも目を通した。

 だが、そこにも残酷な数字が記載してあるだけだ。

 呆然とする勇者を他の三人が複雑な目つきで見ていた。

 その視線から逃れるように、勇者は言葉を吐き出した。


「どうして今まで黙ってたんだ! もっと早く相談してくれれば――」

「すまぬ勇者。そのことは謝る」

「だけどね。魔物を倒して、どんどん自信をつけていくあなたを見てたら……」

「言い出せなかった。だが、もう限界だ。おれたちは名誉を手に入れた。だけどな、名誉だけじゃ飯は食えねえんだ」

「ち、ちょっと待ってくれ」


 慌てて勇者は仲間の言葉をさえぎった。


「収支がマイナスなのに、なんでぼくたちは旅ができてるんだ?」


 その疑問に仲間が答えた。


「そりゃあ、おまえ。貯金をとり崩したり」

「わしの年金を充てたり」

「わたしは実家からの仕送り……。ああ! 父さん、母さんごめんなさい。魔導大学院まで行かせてもらったのに。研究職も内定してたのに。それを蹴って冒険者稼業、仕送りをいまだにもらって……」


 オイオイと泣き出した魔法使いを戦士と賢者が優しく慰めた。

 蚊帳の外に置かれた勇者は、耐えきれずに叫んだ。


「わかった! わかったよ。ぼくは武器を変える。もう銃は使わない」


 勇者の言葉に三人はニッコリと微笑む。


「おまえならそう言ってくれると思ったぜ。勇者」

「さすがわしの見込んだ男じゃ」

「今まで黙ってたけどあなたのこと好きよ」


 仲間の調子の良さに勇者はすっかり脱力してしまった。

 その体を魔法使いが支え、椅子に座らせた。

 他の仲間たちも席につく。


 勇者の次の武器を決める話し合いが始まった。

 しかし――。


「勇者は不器用だからなあ」


 そう、剣はだめ。

 魔法も苦手。

 弓を放てば仲間に当てる。

 それが彼だった。


 だが古代遺跡で銃を発見してから運命が一変した。

 遠距離から一方的に魔物を蹂躙する。

 瞬く間に彼はパーティの主力、そして英雄に成り上がった。

 裏を返せば、銃の使えない彼は役立たずに逆戻りしてしまうということだ。


(そ、それは絶対に嫌だ!)


 あの惨めな境遇に戻るくらいなら、死んだほうがマシだ。

 それは極端にせよ、パーティの脱退は考えたほうがいいかもしれない。

 そう思いながら勇者は、おそるおそる仲間の様子をうかがった。


 意外にも仲間たちは勇者を追い出すことなど、みじんも考えていないようだ。

 真剣に勇者の新たな武器を考えている。

 彼らなりに。


「斧はどうだ?」

「それでは勇者というより山賊の首領じゃ」

「魔法の弓矢を作ってもらうのはどうかしら。敵を自動追尾、連射機能付き」

「……銃を使い続けたほうが安くすむんじゃねえかな」


 うーん、と一同は腕を組んで考え込んでしまった。

 しばしの沈黙の後、戦士が言った。


「銃から弾を発射しなくても、道具としては使えるよな」

「でも、それじゃただの棒よ」

「だが勇者の手には馴染んでるはずだ」

「では棒術か」

「それもいいが、先っちょに刃物をつけるんだ。こんなふうに」


 戦士が紙に描いて見せた。

 たしかに強そうではある。


「銃に剣を足して……銃剣ってところか」

「銃剣! いい響きね」

「斬る、突く、払う。すべてできるな。剣と槍のいいとこどりじゃ」

「いや、ぼく剣も槍もだめなんだけど」


 部屋に冷たい風が吹いた。

 戦士は無言で紙を握りつぶした。

 議論に熱中するあまり、勇者が不器用という根本的なところを忘れていた。


「ねえ、銃の問題点って」


 沈黙を破ったのは魔法使いだった。


「弾のコストにあるわけよね。だったら弾を別のもので代用すればいいんじゃないかしら」

「別のものって……。具体的には?」

「簡単よ。魔力」


 一同は声をあげた。

 盲点だった。

 どうしてこの方法に思い至らなかったのか。


「金属の弾を魔弾に変えるだけなら、基本的な構造はいじらずに、最低限の改造でいけるはずよ」

「すげえアイデアだな! 問題解決だぜ」

「魔力はほぼ無限のエネルギーじゃ。財布に優しいのお」

「いや、ぼく魔力わいてこないんだけど」


 そうだった。

 勇者の魔力は枯れ井戸のようにカラカラなのだった。


 再び冷たい風が一同を襲った。

 戦士は思わずくしゃみをし、魔法使いはフードを目深にかぶった。

 そんな中、賢者だけは微動だにしない。

 なにか熟考しているようだ。

 やがてゆっくりと口を開いた。


「勇者よ。お主は社長になれ」


 勇者は絶句した。

 なにを言っているのだろうか、この老人は。

 まさかボケてしまったのか。


 思わず賢者の顔をまじまじと見た。

 だが、その瞳には理性が宿っている。

 どうやらボケてはいない。

 困惑する勇者に賢者が続けた。


「社長になるのだ、勇者」

「ど、どういうことさ。引退勧告ってこと?」

「そうではない。会社を立ち上げて銃を量産するのじゃ」


 思いもよらぬ言葉だった。

 皆が賢者に注目する。

 そもそも……と賢者は言った。


「弾が高額なのは、特注品だからじゃ。誰でも作れるものではないからな。腕のよい鍛冶屋にオーダーメイドで発注すれば、安くなろうはずがない」

「たしかに……」

「銃を量産する。弾の需要が増える。弾も量産する。そのくり返しで、どんどん生産効率があがり、コストも抑えられる。結果、値段が安くなる」

「なんだか途方もない話ね」

「じゃが結局はそれが一番の近道になる。急がば回れと言うではないか」

「そう言われるとやれそうな気がしてきたぜ」


 未来の想像に夢中になる三人。

 そこへ勇者がおずおずと切り出した。


「でも銃をたくさん作るってことは、銃を使う人間も増えるってことだろう」

「そうなるな」


 じゃあ自分の存在意義がなくなるのでは――と勇者は喉元まで出かけた言葉を飲み込んだ。

 恐怖と絶望が彼を支配した。

 そんな勇者の表情を見た仲間たちが慌ててフォローする。


「大丈夫だ。おまえほど銃を上手に扱えるやつはいねえ」

「銃に習熟した人間が増えるには、相当時間がかかるわよ」

「それにお主には、指導者として後進に技術を教える役目がある。銃を使える者が多くなれば、魔族など簡単に駆逐できる。人類のためじゃ」


 三人の言葉に勇者は力強くうなずいた。

 なんだかうまく丸め込まれた気もするが……。


 さっそく勇者たちは会社を立ち上げ、出資者を募った。

 すると各地の王や商人が手をあげた。

 資金を調達すると技術者を集めて研究を開始した。


 数年後、待望の試作品が完成。

 テストを重ね、実戦に耐えられると判定された。

 工場をフル稼働させて量産体制に入った。


 十年後、各国で銃を専門とする部隊が設立された。

 徐々に人類と魔族のパワーバランスが変わり始める。


 数十年後、剣はもはや過去の遺物となった。

 兵士の武器といえば銃である。

 ついに人類は魔族を滅ぼした。

 銃の集団使用、その圧倒的火力が勝因となった。

 すっかり髪が白くなった勇者は、人類の救世主として歴史に名を刻んだ。


 そして数百年後の現在、勇者の評価は一変した。

 銃を大量生産し、戦火を世界にばらまいた大悪人となってしまったのだ。

 今日もニュースで、勇者の銅像が撤去される映像が流れている。


(完)

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銃使いの勇者 岸 耕平 @kishi_kohei

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