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「ああ~美味しかった!」
「久々に食べたけど、こりゃ人気あるわけだよなぁ」
ホールを任されている店員が、目の前のテーブルに置かれたステーキプレートと、空になったデザートの容器を一度に下げていった。手に持っていた氷だけのガラスコップを置き、お腹をさする。
――会計を済ませよう。そう思い伝票を持って立ちあがろうとすると、白くか細い手に腕を掴まれた。海夏である。どうやら少しのんびりしていこう、ということらしい。その視線だけの意図を汲み取り、もう一度席に着く。海夏はまだ水と氷の入ったガラスコップに手を添えながら、笑顔で話しだす。
「ねぇねぇ、今日どうして海に、静波海岸に来たかったと思うー?当たってたら、全額奢ったげる!」
「え、いや、そりゃ悪いだろ。普通に払うし――」
「いいのいいのっ!私が言い出したことなんだから。ね、それより当ててみてよ」
来たかった理由……。
「あのエセ『自由の女神』を見に行くついでに海も見たかった、とか?」
「はいブッブー!確かにそれもあるんだけど……それが主な理由じゃないんだよねぇ」
そう言って海夏は両人差し指で小さいバッテンを作りながら、いたずらに笑う。……ちょっと可愛いけど、腹立つ顔してんな、コイツ。
「それじゃ、どうして来たんだ?」
「……私たち、付き合ってもう九ヶ月ぐらいになるじゃん?」
そう言って先ほどの悪巧みする子供のような表情から一変、なにかを憂うようなものを纏う。こちらもつい、背筋が伸びる。
「何かさ……絵を描いて、絵を見て。そういうのも良いんだけどさ。このままで、良いのかなぁ~って、最近思っちゃったんだよねぇ」
「……痛いとこをつかれたな」
「あははっ、そりゃお互い様でしょ。それに前にさ、青人くん実家の方に帰ってないって言ってたからさ、どうにかこっちの方で行きたい場所ないかな~って調べてたんだ。そしたら私の地元と同じような場所があったから、ここにしよう!と、思ったんだよね」
「……?」
……実家に帰っていない。それはそうだがいつそのことを話したのだろう?まあ、きっと過去改変によって変わった部分なのだろう。ひとまずそのことは置いておこう。
海夏の地元は確か、福井県の海岸沿いだった。それと今回行った静波海岸が似ているのかどうかも、今考えるべきではないだろう。それより海夏がこうして俺のことを、俺との関係性の中身を考えてくれていたことを思うと、嬉しさと同時に考えていながら行動出来なかった、改変後のどうしようもない俺自身を後悔した。
「そういえば、ここから青人くんの実家って近いんでしょ?帰る前にちょっと寄ってこうよ~!」
嬉々としてそう言う海夏を、なんとも言えない表情で見ていたのだろう。その顔でずっと黙りこくる俺を見て、次第に海夏は表情を曇らせ、こちらの様子を伺う。
「あれ、もしかして……なにか、まずいこと言っちゃった……?」
……改変後でもこのことは伝えていなかったのか。海夏はガラスコップから手を離し、その離した手を膝下へ潜らせた。
伝えなければならない、いま、ここで。でなければ進めない。俺と海夏のこれからは。
「……両親は、事故で死んだ」
「っ!……ごめん、わたし」
「いや、良いんだ。いつかは言おうとしてたことが今になっただけだ。……だからそんな顔するなよ」
「う、うん……ご両親は、いつ?」
「俺が高校生のときに旅行へ行ったんだ、俺抜きでね。自家用車で行ったのが、運の尽きだった。後ろから猛スピードのトラックが突っ込んできて、ね……」
「……」
……なんだかいたたまれない空気感になっちゃったな。どうにかして空気を変えたいところだけど……。俯きながらも話を変えるために、なんとか海夏が食いつきそうな話を出す。
「ま、そんな話は置いといて――」
「そんな、なんて……そんな悲しいこと、絶対言わないでっ」
「え……?」
海夏は何故か涙目で、怒ったようにこちらを見つめる。ふるふると震える、いつテーブルの下から上げたかわからない拳が目につく。……そこまで、他人の不幸を悲しめるものだろうか。
「いい!?ぜっったい、二度と!『そんなこと』って言って片付けないでよっ!?約束だよ!!」
「分かったよ……なんか、ごめんなさい。海夏ママ……」
「わかればよ――ってママってなに!?ねぇ!?」
「よし、そろそろ会計行くかぁ~」
「ねぇママってなに!?ねぇったら!」
不意のママ発言に動揺する海夏をよそに、そそくさとレジへと向かう。その後ろにちょこちょこと続く海夏があまりにも滑稽で、くすくすと笑っていたのは、秘密である。とにかく、あの空気感が和らいだようで、なによりだ。
***
「ふわぁ……送ってくれてありがとう。楽しかったよ、それじゃおやすみ~……気をつけてね」
「あいよ、おやすみ」
マンションの玄関扉が閉まる。それと同時に海夏の姿が視界から消えた。それをきちんと見届けた俺は帰路に着く。
時刻はすでに日付変更後となっている。俺と海夏は『さわやか』を出た後、来た道を戻るようにバスを経由して駅へと向かい、電車を乗り継いでここ、葦野市葦野文化大学前まで帰ってきていた。もともとこの予定だったので、予定通りと言えるだろうが……ここまで無茶なデートも、なかなか無い。やはり俺たちは変わった関係なのだろう。
葦野市ははっきり言って田舎だ。ほとんどの店が二十、二十一時程には閉まるし、ビルなんて建っているわけがないので、星が良く見える。俺は街灯と星、そして下弦の月に見守られながら帰路を歩く。そんな時ふと、何故か海夏とのことではなく、今はもういない両親のことを考えていた。
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