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 海夏に追いつき横に並んで、海夏がここに来た理由の一つであるらしいを眺める。その像の周りにはすでに何人かの観光客がスマホのレンズを光らせて立っていた。海夏がほえ~、とかはぁ~、とか言いながらその像を少し離れた位置で眺めている。


 自由の国、アメリカ合衆国のニューヨーク港内、リバティ島に堂々と佇む巨像をご存じだろうか?実際に見た人も、見たことがない人も、きっと誰もが知っている——そう、『自由の女神』像である。この静波海岸には何故か、その像が小さくもシンボルとして建てられているのだ。……どうしてこんな田舎の海岸にこの像が?


俺がこの像の存在を知ったのも、ごく最近のことだ。海夏との……まあ、デートと言えるこの旅の目的地である静波海岸やその近辺にあるものを調べていた時に、初めて知った。どうしてここに建っているのかは、ついぞ分かることはなかったが。


 像を取り巻いていた観光客が別の場所へ移るとともに、俺たちは像に近づき、その堂々たる様をまじまじと見た。……少し見すぼらしい佇まいではあったけれども、見た目はそっくりだし、なによりここの一つのシンボルとして役割をまっとうしているのだから、別に良いのかもしれない。




「なんか、思ったよりショボいね……」


「おい。言ってやんな」


「……ま、せっかく来たし、写真でも撮ろうよ!ほら、もっとこっち来て~!」




 そう言ってスマホのカメラ機能を内カメにし、自由の女神像をスッポリと画面内に納めた形で、その像の邪魔にならないよう、二人してピースサインをしながら画面に映る。




「ハイ、チーズ!」




 パシャリ、と画面内の表情とポーズを崩すことなく二、三枚撮って、画像を確認する。……海夏の写真写りが良い一方、俺はなんだか、半目で引き攣ったような表情をしている。それを見た海夏はクスクスと笑いながら、こちらを向いてくる。




「ふっ、ふふ……!なんか、写真写り悪いねぇ~」


「うっせ。取り慣れてないんだよ……普段誰かと撮ることなんて、ないし」


「にしても悪すぎでしょー!あ、ごめんって、だからそんな拗ねたようにこっち睨まないでよ~」




 ……写真写り、悪すぎでは?そう思いながらも、これはこれでなんだか面白いので、二人で一つのスマホを眺めながらクスクスと笑っていた。ふと、海夏が言う。




「そういえば、こうして一緒に写真撮るの、初めてじゃない?」




 言われてみれば確かにそうだ。過去を変えた先からのことは俺には分からないが、あの十一月時点で一緒に写真を撮ったことがないのは確かであった。俺も海夏もデートや食事よりも、なによりも絵について話している時が楽しかった、ということもある。なんだか一般的な大学生のカップルとはかけ離れた関係ではあったが、俺たちは、それで充分だった。




「ま、たまにはこうして一緒に写真撮るのも、悪くないねぇ~」


「ん、そうだな」




 海夏は少し伸びをして、小さく欠伸をすると、こちらに向き直ってお昼の提案をしてきた。




「結局お昼逃しちゃったし……遅めのお昼、行こっか」


「そういうことなら、あそこに行こう」




 海夏も何かを察したのか、少し嬉々としてお~!、と声を上げる。お察しの通り……静岡にしかないあの、有名店へと向かうため、差し出された右手に左手を重ねて、俺たちは再びバス停へと向かった。












         ***












「こちらげんこつハンバーグでーす。油が跳ねます、紙の端を持って、お持ちくださいー」




 ホールを縦横無尽に駆け回っていた店員がナイフを持ってハンバーグを二つに切ってゆく。そしてプレートへと押しつけ、牛肉がじゅうじゅうと美味そうな音を立ててこちらの食欲を唆る。極めつけにオニオンソースをかけ、芳醇な肉の香りとオニオンソースの香りが混ざり、なんとも言えぬ喜びが胸のうちから湧き上がる。




「それでは油が跳ね終わるまで、少々お待ちくださーい。注文は以上でよろしいですかー?」


「はい、大丈夫です」


「それではごゆっくりどうぞー」




 そう言って颯爽とキッチンに戻ってゆく店員の背中は、いつ見ても良い佇まいだ。そして俺の目の前では――




「これが……噂の、ハンバーグ……っ!!」




 今にもハンバーグをまるまる平らげそうな面持ちで、油跳ねが収まるのを待っている女性がいる。茶色がかった目がキラキラと光り、馬鹿みたいに開かれた口からは、よだれが垂れそうである。……そこまでなるものだろうか?


『炭火焼きレストラン さわやか』。何故か静岡県にしか存在しない、他県からもわざわざ来るぐらい評判の良い料理店である。静岡県民にはごく当たり前のこのお店、他県出身の人たちからは割と羨ましがられる対象でもある。その実、海夏もその一人であった。


御殿場店や『御殿場アウトレット』内に存在するさわやかは実に、四時間以上待つこともあるのだが、ここ切絵町店は、なにより田舎で電車では来られない場所であるためか、他の『さわやか』よりも比較的空いている。こうしてバスから降車しすぐに食べられるぐらいには。




「もう、いいかな……?いいよね!?」


「あぁ。もう食べれるぞ」




 いただきます……!としっかり手を合わせてからナイフをフォークを持って、目を輝かせながら食べ始める。ハンバーグを一口大にナイフで切って、フォークを刺し、口に運んでゆく。目を閉じてゆっくりと噛み締める海夏は、突然目をカッと見開き、しみじみと言う。




「……っ!うまい、美味すぎる……!!」


「なんか感想が『十万石まんじゅう』みたいだな……まあ、確かに美味いけど」




 俺としては食べ慣れた味なので、そこまで感動はしない。どちらかと言えば、俺はこうして海夏と外食をしていることの方が、よっぽど嬉しいのだ。

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