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十三時十分。食べ終わった昼食の容器を片付け、歯を磨いてもう一度、席に着く。なんだかんだ昼間にこうして家でのんびり出来る時間は久しぶりに思う。今日は実に心地の良い天気だ。窓に切り取られた風景に思わず窓を開ける。
カーテン越しに差し込む午後の穏やかな陽射しを受けながら、晩春の風を肌で感じ、吸い込む。今まで鬱屈でしかなかった山々も前よりずっとマシに見えるのは、少しばかり過去が変わったからだろうか。
――しばらく網戸にして窓を開けておこうか。そう思い網戸を閉め、窓は開けたままにしておいた。少しばかり風景が見えづらくなり不満ではあるが、風は相変わらず心地良い。これだけ心穏やかな午後は、久しぶりだ。
画用紙と色鉛筆を机に広げ、昨日の朝以来のテコ入れをする。ウミカ自体はほぼ完成と言っても相違ない出来である。しかし何か足りないパーツ――ディテールが見えてこない。そこにハマるはずの
***
……寝てしまっていた。夜勤明けということもあるだろうが、ここまで深い眠りについたのも久しぶりだ。窓と遮光カーテンを閉め、電気を点ける。時計を見ればすでに二十一時を過ぎていた。そのまま勢いよく立ち上がり、大きく伸びをする。
――ウミカのところへ行こうか。そう考え、いそいそと湯船を準備する。浴槽底に栓をして、赤いマークのついた蛇口を捻る。
行くとしても、今回は過去改変は出来ない。彼女との――海夏との過去を変えるために、もう少し時間が必要だ。そう、時間が。
やがて浸かれるほどのお湯が溜まり、沈む準備をする。――今度で三度目、か。少し躊躇いつつ、衣服を纏ったままゆっくりと、南国海に似た浴槽へと身を委ねた……。
***
……まただ。また、この海か。
見たことのあるオブジェ……アメリカに建っている『自由の女神』そっくりの像の側に寄り添う人々が、遠くの者たちの起こす喧騒に気を取られている。そこから視点を動かし、喧騒の中へと身を任せる。
誰か一人の男が海へと飛び込む。一体、何を追って海へと飛び込むのだろう。天気の良さとは裏腹に、何かとてつもない不幸が海の底から潮風と共に香る。何もわからない――いや、
……見えない、みえないっ!また、遠ざかってゆく……。
「起きて下さ~い!!」
「うわぁ!?」
――毎回こんな感じで起こされている気がする。目覚めると目の前にウミカがこちらを怒ったように覗き込んでいる。俺はというと、いつものようにソファに横たわっていた。
身体を起こしてウミカを見る。ウミカはどこか呆れたようにため息をつきながらこちらを見て、後に俺の横に空いたスペースへと座り込む。いつもと変わらないこの空間の温かさは自然と、以前まで感じていた奇妙な感覚を打ち消しつつあった。
「なにか変えたくなったんですか?」
「いや、今日はそうじゃない。もちろん変えたいものはあるけど……それは今日じゃない」
「ふぅ~ん……慎重なんだか臆病なんだか」
そう言ってスマホを取り出しイジり始めるウミカ。……この空間にもスマホはあるのか。そう思い、いままでハリボテだと思っていた、テーブルを挟んで置かれているテレビを点けてみる、が。何故か点かない。スマホとテレビでは何か違いがあるのだろうか?
……いいや、そんなことはどうでも良い。俺が今日ここに来た目的は一つ。
「なあ、ウミカ」
「なんです~?スマホなら、貸せませんよ」
「いや、別に興味ない」
「じゃあなんですかー?……あ、構って欲しいんですか~?お子ちゃまですねー」
――こ、こいつぅ……!あまりに人を馬鹿にするような発言と、ニヤニヤと小馬鹿にするようにこちらを覗き込むウミカ。思わず震えるこめかみと拳を抑え、冷静に頼み込む。
「少し俺に付き合ってほしい」
「……なにかするんですか?」
「あぁ、実は――」
そこで今描いている絵についてウミカに、こと細かに伝えた。もっともこいつは俺の『深層心理の投影』なのだから、とっくに知っているのかもしれない。
その考えとは裏腹に、ウミカはどこか驚いたような、悲しいような、けれど嬉しそうな。そんな複雑で深いふかい海の底のような感情の渦を纏った顔である。不思議だ……いつもなら軽口ぐらい簡単に思いつくだろうに、その時のウミカはしばらく黙考するように沈黙していた。
「お、おい……なんか言ってくれよ。なんかこっちが恥ずかしいじゃねえか」
それでもこちらを気にも留めず、まるで言葉が届いていない機械のような、そんな様相が視界を伝って脳幹へと叩き込まれる。この間、ただただ自然と温かい光が部屋を包み込む。なんだか不思議な空気感になってきたことに嫌気がさし、ウミカにチョップを繰り出す。
「あいたっ!?」
「おい、お前大丈夫かー?俺の『深層心理の投影』なら、しっかりしててくれよ」
そう言って一歩下がる。ウミカはなにやらボーッとこちらを見て、そして怒ったように手を振り上げてこちらに言う。
「だーかーらっ!お前じゃなくて、ウミカです!……絵に関しては、勝手にしてくださいっ!描きたければモデルにでもなんでもなりますからっ!」
「お、おう……話が早くて助かる。早速なんだが、お前の持ってるものを見せてほしい」
――変なこと言いますね。とこちらを怪訝そうに見ながら、ウミカは自身のオーバーオールのポケットから色々と物を取り出し、テーブルの上に順に置いてゆく。
それから黙々と置かれたものを眺める時間が生まれた。
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