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……本当に戻ってる、のか?
バックヤードを見渡す。時刻は午前三時ちょうど。日付は二月二十二日。机には俺のものと思しき画用紙と色鉛筆が置いてあり、その横にある机には――
着ている服……も、あの日のものだ。きちんと制服まで着ている。
(どうやら、ちゃあんと過去に戻れたみたいですね!)
「うわっ!?」
頭の中で声がする。この声は、ウミカだ。
(ちょ、あんまり大きい声出さないでください!ビックリするじゃないですか!)
(……こうすれば、大丈夫か?)
頭の中で言葉を紡ぎ、ウミカとの会話を試みる。どうやら直接は干渉出来なくてもアイツはこうして、俺の頭の中で会話出来るようだ。ウミカは頭の中でそう堂々と言う。
(今はあの喧嘩が起きたちょーっと前です!ちゃちゃっと変えちゃってくださいよ~?)
(言われなくても分かってるよ)
とにかく今は虹輝とのあの会話を待つとしよう。そうして落ち着き払って、椅子に座る。もちろん、心底落ち着かない状況ではあるが。
虹輝が帰ってくる前に、前回俺がやらかしてしまったことを反芻する。原因は分かってるんだ。あとは――……ん?そういえば……
(なあウミカ。これって、どうやって帰るんだ?)
こう聞くと、向こうでは虚空の音しか聞こえない。シーン……と静まり返っている。急に不安になってきた。
(おい……おいウミカ!まさかわからねぇってことはないよな、な?)
(……えへへ~。……すいませんっ、分かんないです!!)
(は……はあぁ!?)
(ほ、ほらっ!そろそろ虹輝さん来ますよ!)
(ちょ、お前――)
「ふい~スッキリしたぁ~」
ウミカの言っていた通り、後ろのドアから恍惚とした顔をした虹輝がバックヤードに戻って来た。慌てて当時の自分の振る舞いを再現し、いたって冷静な顔で虹輝を迎え入れる。ウミカ……戻ったらただじゃおかねぇぞ……。
こういう時俺は特に返事をすることがないが、なんだか声を掛けておいた方が良さそうなので、虹輝にニヤッとしながら返事をする。
「お、おう。スッキリして良かったな!」
「……お前そんなキャラだっけ?なんかニヤニヤしてて気持ちわりぃし、大丈夫か?」
こ、コイツぅ~……!人が気を遣って笑顔で出迎えてるってのに……!怪訝そうな顔でこちらを見る虹輝に対して――なんもねぇよ大丈夫だ、と頬をピキらせながらも笑顔を崩すことなく返事をする。落ち着けぇ~……もとからこういう奴だったろうがぁ……。
あっそ、とだけ小さく答えタブレットに向かう虹輝を外目に俺も画用紙に向かう。……あれ、こんな絵だったっけ?
あの時描いていたのは、この先の未来で描いている絵と変わらない絵のはずだった。しかし画用紙を見てみると、なにやら得体の知れない女が、この絵を見る者を海へと引きずり込もうとするような……そんな恐怖があった。思わず眉を顰め、腕組みをする。
そうして絵をジッと眺めていると、横からの視線がこちらを刺す感覚がする。遂にきたか……ここからが本番だ。
「どうかしたか?俺の頭にハエでも止まってるか?」
「ちげえよハゲ」
「ばっ……ハゲてねぇし!!てかこのやり取り、もうやっただろっ!」
「……?俺、お前に言ったことあったっけ?」
まずい。一回やったことのあるやり取りだったのでつい言ってしまった。
「あぁ、いや、別に?俺の勘違いだわ……てか、そうじゃないならなんだよ?」
そう問うと、あの日見た顔で、声音で。虹輝は遠慮することなくあの言葉を言う。
「……なんかお前のその絵、気持ち悪い」
来た……!ここからは俺の行動次第でこの先が変わる――ひとまず過去の過ちを避けるため、ここでいたって冷静に、きとんと受け止める。
「どうして気持ち悪いと思ったんだ?」
努めて優しく、そして真っ直ぐそう問う。虹輝は神妙な面持ちで悩みだす。あの時言っていたように、本当に感覚で『気持ち悪い』と思ったんだろうか。言葉を頭で必死に紡いでいるだろう虹輝のアウトプットを待ちつつ、考える。
実際、今の俺がこの絵を見ると、心底気味が悪い。まるで海の亡霊が海の底から生者を引きずりこむような構図である。こんな絵を描いていた記憶は本当にないのだが。しばらくすると虹輝が口を開く。
「こう……お前が一貫してたものがあるだろ?『生きた幻想』、だっけ。だけどコイツは明らかに違う。お前っぽく言えば『幻想の殺人』だ。だから、気持ち悪りぃ」
「……なるほど」
過去の過ちを知っていて、なおかつこの絵に対する違和感を確かに感じるからこそ、納得できる。むしろこの絵を描いた張本人である過去の俺が、この絵に対してその違和感を全く感じていなかったことに、言われ得ぬ恐怖と悲哀を感じた。
続けて虹輝は、これを描いていてその違和感を感じないお前が怖い。最近ちゃんと寝れてるか?などと、絵に対して酷評しつつもこちらを心配してくれた。心なしか、こちらをいつもより暖かく見てくれているような……。
そんな調子で絵を交互に見て、そこで出た言葉をメモしていると、虹輝がなんだか申し訳なさそうにしている。
「その……なんか、突然悪かったな。悪気はないんだ」
「いやいや、大丈夫よ」
こういう所が俺の悪い所だ。そう言って少し俯く虹輝に俺は、あの結末にならなくて良かったという安堵感と、こうやって自分を省みて、悪かったと思ったら素直に謝る、という彼の長所に感心していた。
そう考えていると、軽快な入店音と共に、おはようございます!という、深夜には似つかわしくないベンダーさんの声が店内に響いた。バックヤードからでも聞こえる声に感心しつつ、納品出し作業へと
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